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第30章 ファジャルたち姉妹とともに不安な夜を過ごした、あの広間だった
30-5 静寂
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胸がものすごく熱くて、息が苦しい。
そんな場合ではないのは分かっていたけれど、ちょっと休まなければと思い、僕は床にあおむけになった。
頭だけは冷たくて、ぼんやりとする。
でも不安や恐怖もすべて泡のように消えていた。
静寂を破ったのは、地の底から響くようなファジャルの声だった。
「あ、ああ、あああああああああ!」ファジャルは絶叫した。「ミナミ様、ミナミ様、ミナミ様! ああああああああ!」
そんな大声を出さないで、と言おうとしたけど、声が出ない。息がひゅーひゅー漏れただけだった。
いつの間にか、僕はみんなに囲まれていた。
アディ、王女、頭をかきむしるマコーミック氏、魂を失ったかのようなファジャル、彼女を後ろから抱きかかえているリニ。誰もが、こちらを見ている。
僕の手を握ってくれたのは、髪にジャスミンの花を飾った妹だった。
「ミナミ、うそ……。いやよ、こんなの……」
妹は泣いていた。
さっきはあんなに熱かったのに、今度は急に猛烈な寒さが襲ってきた。この島に来てから、一度も経験したことのなかった寒さだった。
青い顔をしたマコーミック氏が英語で何か言っている。
手紙がどうとか、条約がどうとか言っているようだったけど、もう僕には彼の低い声が聞き取れなかった。
死ぬのは、いい。
いずれそうなるのは決まっていた、
でもせめてあと数ヶ月は、王女とアディと島の先行きを見届けたかった。
僕は王女から賜った腰の短剣に、この先何十年か激動の時代を生きることになる彼女の人生が、できるかぎり平穏であることを念じた。
王女が叫んでいる。
「アディ! お願い、なんとかして。ミナミを助けて。お兄さま、どうして何もしてくださらないの? お兄さまは全てを統べる国王なのでしょう?」
アディは布を持ってきて、なんとか止血を試みようとしているようだったが、体を動かされるとめまいと痛みが強くなるばかりだった。
「アディ、ありが…もう、いい……」
何にでもコツがあるものだ。首を上に向ければ、まだかすかに声が出るようだ。
もう王女の顔もアディの顔も見えないけど、二人が僕の手を片方ずつ握ってくれているのは分かった。
王女の髪が、僕の頬を撫でた。
温もりと香りとで、王女が僕の口元に耳を寄せて、最後の言葉を聞こうとしているのが分かった。
「ファ…ジャ……」
と、僕は言った。これだけは、どうしても伝えておかなければならなかった。
「殺さ……ない……苦しめないで……。お願い…王女……」
「分かったわ。ファジャルは殺させない。苦しませない。だから行かないで、ミナミ、お願いよ。ねえ、わたし、いやよ……」
「茉莉……ムラティ……。また、会えます…。百…年……」
そして僕が最後に聞いたのは、聞く者の心を引き裂くような、ファジャルの嘆きの声だった。
許してください、ファジャルさん。
約束を何も果たせませんでした。
そう言いたかったけど、もうその力は無かった。
そんな場合ではないのは分かっていたけれど、ちょっと休まなければと思い、僕は床にあおむけになった。
頭だけは冷たくて、ぼんやりとする。
でも不安や恐怖もすべて泡のように消えていた。
静寂を破ったのは、地の底から響くようなファジャルの声だった。
「あ、ああ、あああああああああ!」ファジャルは絶叫した。「ミナミ様、ミナミ様、ミナミ様! ああああああああ!」
そんな大声を出さないで、と言おうとしたけど、声が出ない。息がひゅーひゅー漏れただけだった。
いつの間にか、僕はみんなに囲まれていた。
アディ、王女、頭をかきむしるマコーミック氏、魂を失ったかのようなファジャル、彼女を後ろから抱きかかえているリニ。誰もが、こちらを見ている。
僕の手を握ってくれたのは、髪にジャスミンの花を飾った妹だった。
「ミナミ、うそ……。いやよ、こんなの……」
妹は泣いていた。
さっきはあんなに熱かったのに、今度は急に猛烈な寒さが襲ってきた。この島に来てから、一度も経験したことのなかった寒さだった。
青い顔をしたマコーミック氏が英語で何か言っている。
手紙がどうとか、条約がどうとか言っているようだったけど、もう僕には彼の低い声が聞き取れなかった。
死ぬのは、いい。
いずれそうなるのは決まっていた、
でもせめてあと数ヶ月は、王女とアディと島の先行きを見届けたかった。
僕は王女から賜った腰の短剣に、この先何十年か激動の時代を生きることになる彼女の人生が、できるかぎり平穏であることを念じた。
王女が叫んでいる。
「アディ! お願い、なんとかして。ミナミを助けて。お兄さま、どうして何もしてくださらないの? お兄さまは全てを統べる国王なのでしょう?」
アディは布を持ってきて、なんとか止血を試みようとしているようだったが、体を動かされるとめまいと痛みが強くなるばかりだった。
「アディ、ありが…もう、いい……」
何にでもコツがあるものだ。首を上に向ければ、まだかすかに声が出るようだ。
もう王女の顔もアディの顔も見えないけど、二人が僕の手を片方ずつ握ってくれているのは分かった。
王女の髪が、僕の頬を撫でた。
温もりと香りとで、王女が僕の口元に耳を寄せて、最後の言葉を聞こうとしているのが分かった。
「ファ…ジャ……」
と、僕は言った。これだけは、どうしても伝えておかなければならなかった。
「殺さ……ない……苦しめないで……。お願い…王女……」
「分かったわ。ファジャルは殺させない。苦しませない。だから行かないで、ミナミ、お願いよ。ねえ、わたし、いやよ……」
「茉莉……ムラティ……。また、会えます…。百…年……」
そして僕が最後に聞いたのは、聞く者の心を引き裂くような、ファジャルの嘆きの声だった。
許してください、ファジャルさん。
約束を何も果たせませんでした。
そう言いたかったけど、もうその力は無かった。
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