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第24章 船頭は王都の船着き場に舟を寄せず、ずっと手前で岸に着けた
24-4 罪科
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僕に向かってひらひらと手を振りながら、若い兵士は言った。
「おい、お前、チナ、いっしょに飲もうや。金は持ってるんだろ」
「わたしは……旅の商人でして……」と、練習してあったとおりに僕は言った。「これから、都の王族方に商品をお見せしに行こうと思っているところで、まだ金はないんですよ」
「商品とは何か」と暗い目をした年上の方の兵士が尋ねた。「宝石か。衣服か」
「あ、そういうものもございます。お見せしましょうか」
「いや、いい」行李を開けようとした僕を制止して、彼はアディと王女を指さした。「この子どもたちは何だ。これも商品か。お前は奴隷商人だろう」
「滅相もない。ただこの子たちに、王族方のお屋敷でご奉公の口がないものかと」
「歳はいくつだ」
「大きいほうが十七、貧弱な方が十五です」僕は心の中で詫びながら、隣りに座った王女の背中をばんばんと叩いた。「こいつはジャワ人です。まあ言葉も通じませんし、力仕事の足しにもなりゃしませんが」
「いやあ、寂しがってる奥方たちに売れるんじゃねえか? こっちの王族は戦で随分死んだそうだからな」若い兵士は下品に口元を崩し、王女の顔にぐいっと顔を近づけてのぞき込んだ。「こいつなんか、女みたいに可愛い顔してるぜ」
王女は体を固くして、若い兵士を睨みつけた。
隣の縁台に座ったアディは、怒りをこらえているのか、荷物の布袋を抱えて、もぞもぞと身じろぎしていた。
「手が小さいな」年上の兵士は何かに思い当たったらしく、王女の全身をじろじろと眺め、いぶかしげに目を細めた。「その子、本当に女なんじゃないか?」
「ご冗談を」僕の笑いは引きつっていたはずだ。「いくら落ちぶれてもそんな商売はいたしません」
「調べろ」
年上の兵士が命じると、若い兵士は素早く王女の背後に回って片腕をねじ上げ、服の上から身体を確かめるつもりか、彼女の下腹部に手を伸ばした。
「てめぇぶっ殺すぞ!」アディが縁台から跳び上がり、布袋を胸の前で持ったまま、若い兵士の背中に体当たりした。
驚いた兵士は王女を突き放してアディの方を向き、抜刀して振り上げようとしたが、急に勢いを失ってその場にしゃがみこんだ。
「痛てぇ……何しやがった、この餓鬼……」
アディが手にした袋からは、中から布を突き破って短剣の刃が飛び出していた。
波打った鋭い刃から、赤黒い血が滴ってぽたりと落ちた。
年上の兵士は慌ててマスケット銃をアディに向けたが、近すぎた。そして遅すぎた。アディの回し蹴りを食らった彼はバランスを崩し、宙に向かって発砲した。
銃声が鳴り響き、店の亭主は草食動物のように道ばたの茂みに飛び込んだ。
アディは兵士の顔に蹴りを二発入れ、マスケット銃を奪うと、倒れた持ち主の頭にその台尻を何度も振り下ろし、血で汚れた銃を忌まわしげに道の上に放り投げた。
「禿のおっさん聞こえるか? お前もこの国の人間だろう。戦は終わってねえぞ!」
「アディ、逃げるぞ」
僕は青い顔をしたアディの肩を叩き、王女の手を引いて走り出した。
刺された兵士は死ぬだろう、と走りながら僕は思った。もう一人も死ぬかもしれない。
死に値する罪が彼らにあっただろうか?
いや、無かっただろう。
でもそんな考えには意味が無かった。
アディは僕の仲間で、王女は僕の妹なのだ。僕は二人のために出来る限りのことをしてから死ななければならない。
それだけだ。
王女は小さな硬い手で、僕の手をしっかりと握っていた。アディはすぐに追いついてきた。
「おい、お前、チナ、いっしょに飲もうや。金は持ってるんだろ」
「わたしは……旅の商人でして……」と、練習してあったとおりに僕は言った。「これから、都の王族方に商品をお見せしに行こうと思っているところで、まだ金はないんですよ」
「商品とは何か」と暗い目をした年上の方の兵士が尋ねた。「宝石か。衣服か」
「あ、そういうものもございます。お見せしましょうか」
「いや、いい」行李を開けようとした僕を制止して、彼はアディと王女を指さした。「この子どもたちは何だ。これも商品か。お前は奴隷商人だろう」
「滅相もない。ただこの子たちに、王族方のお屋敷でご奉公の口がないものかと」
「歳はいくつだ」
「大きいほうが十七、貧弱な方が十五です」僕は心の中で詫びながら、隣りに座った王女の背中をばんばんと叩いた。「こいつはジャワ人です。まあ言葉も通じませんし、力仕事の足しにもなりゃしませんが」
「いやあ、寂しがってる奥方たちに売れるんじゃねえか? こっちの王族は戦で随分死んだそうだからな」若い兵士は下品に口元を崩し、王女の顔にぐいっと顔を近づけてのぞき込んだ。「こいつなんか、女みたいに可愛い顔してるぜ」
王女は体を固くして、若い兵士を睨みつけた。
隣の縁台に座ったアディは、怒りをこらえているのか、荷物の布袋を抱えて、もぞもぞと身じろぎしていた。
「手が小さいな」年上の兵士は何かに思い当たったらしく、王女の全身をじろじろと眺め、いぶかしげに目を細めた。「その子、本当に女なんじゃないか?」
「ご冗談を」僕の笑いは引きつっていたはずだ。「いくら落ちぶれてもそんな商売はいたしません」
「調べろ」
年上の兵士が命じると、若い兵士は素早く王女の背後に回って片腕をねじ上げ、服の上から身体を確かめるつもりか、彼女の下腹部に手を伸ばした。
「てめぇぶっ殺すぞ!」アディが縁台から跳び上がり、布袋を胸の前で持ったまま、若い兵士の背中に体当たりした。
驚いた兵士は王女を突き放してアディの方を向き、抜刀して振り上げようとしたが、急に勢いを失ってその場にしゃがみこんだ。
「痛てぇ……何しやがった、この餓鬼……」
アディが手にした袋からは、中から布を突き破って短剣の刃が飛び出していた。
波打った鋭い刃から、赤黒い血が滴ってぽたりと落ちた。
年上の兵士は慌ててマスケット銃をアディに向けたが、近すぎた。そして遅すぎた。アディの回し蹴りを食らった彼はバランスを崩し、宙に向かって発砲した。
銃声が鳴り響き、店の亭主は草食動物のように道ばたの茂みに飛び込んだ。
アディは兵士の顔に蹴りを二発入れ、マスケット銃を奪うと、倒れた持ち主の頭にその台尻を何度も振り下ろし、血で汚れた銃を忌まわしげに道の上に放り投げた。
「禿のおっさん聞こえるか? お前もこの国の人間だろう。戦は終わってねえぞ!」
「アディ、逃げるぞ」
僕は青い顔をしたアディの肩を叩き、王女の手を引いて走り出した。
刺された兵士は死ぬだろう、と走りながら僕は思った。もう一人も死ぬかもしれない。
死に値する罪が彼らにあっただろうか?
いや、無かっただろう。
でもそんな考えには意味が無かった。
アディは僕の仲間で、王女は僕の妹なのだ。僕は二人のために出来る限りのことをしてから死ななければならない。
それだけだ。
王女は小さな硬い手で、僕の手をしっかりと握っていた。アディはすぐに追いついてきた。
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