80 / 140
第20章 虎は小さな丸い目で王女を凝視し、鼻をひくひくと動かしながら
20-4 深奥
しおりを挟む
ヌグリグデは、村というより家、一軒の巨大な――というよりむしろ長大な――家だった。
木と竹で作られた、高床式の簡素な建物なのだけど、水平方向におそろしく細長くて、端から端まで軽く百メートル以上はある。中は小家族ごとの部屋に仕切られているが、全体でひとつの大家族でもあるのだという。
夕暮れの近づく巨木の森に横たわる長い家の影を前に、僕はまた夢を見ている気分になった。
白檀に似たあの匂いはますます強く、湿り気を帯びて全てに染みついている。
キジャンの父親である族長は、家の中央の部屋に住む半白髪の男で、木や貝殻のビーズを幾何学模様にびっしりと縫い付けた袖無しの上着と、絣織の巻衣を着ていた。
彼はほとんどマレー語を話せなかったけど、王女は島の言葉と祭祀に使う古語とを組み合わせて、どうにか意思疎通ができるようだった。
大祭司には明日会えるということで、何だ分からない肉の煮込み料理を供された後、キジャンの案内で通されたのは、長い家の端っこに近い、竹の壁と竹の床があるだけの、ほとんど真っ暗な部屋だった。
僕らは疲れきっていたし、明日も何があるか分からない。ランプも火もない無いこんな部屋だし、もう眠るより他にできることは無かった。
ぼんやりと横になっていた王女がまず最初に眠りに落ちた。
ダラムの夜は肌寒かった。アディは布を広げて王女の体に掛け、神像か祭壇みたいに伏し拝むと、部屋の反対の隅に寝転がって寝てしまった。
僕は別の隅で横になっていたが、疲労のせいか、神経の高ぶりのせいか、いつまでも眠れなかった。
自分の鼻先も見えないほど真っ暗になった部屋で、アディと王女の寝息を聞きながら、ただ目を閉じていた。
そうしているうちに、いつしか寝息の調子が少し変わっていることに気がついた。
さっきよりも近くで聞こえる。それに、一人分しか聞こえない。
おかしい。
空気の匂いも違う。お香の匂いしかしない。熟しすぎた果物のような熱帯の香りがない。アディや王女の身のまわりに漂う、まだ子どもっぽい甘さを残した人肌の匂いもしない。
僕は目を開けた。
人工的な緑色の光が、部屋を薄ぼんやりと照らしているのが見えた。
光の源は、充電中のスマートフォンだった。
木と竹で作られた、高床式の簡素な建物なのだけど、水平方向におそろしく細長くて、端から端まで軽く百メートル以上はある。中は小家族ごとの部屋に仕切られているが、全体でひとつの大家族でもあるのだという。
夕暮れの近づく巨木の森に横たわる長い家の影を前に、僕はまた夢を見ている気分になった。
白檀に似たあの匂いはますます強く、湿り気を帯びて全てに染みついている。
キジャンの父親である族長は、家の中央の部屋に住む半白髪の男で、木や貝殻のビーズを幾何学模様にびっしりと縫い付けた袖無しの上着と、絣織の巻衣を着ていた。
彼はほとんどマレー語を話せなかったけど、王女は島の言葉と祭祀に使う古語とを組み合わせて、どうにか意思疎通ができるようだった。
大祭司には明日会えるということで、何だ分からない肉の煮込み料理を供された後、キジャンの案内で通されたのは、長い家の端っこに近い、竹の壁と竹の床があるだけの、ほとんど真っ暗な部屋だった。
僕らは疲れきっていたし、明日も何があるか分からない。ランプも火もない無いこんな部屋だし、もう眠るより他にできることは無かった。
ぼんやりと横になっていた王女がまず最初に眠りに落ちた。
ダラムの夜は肌寒かった。アディは布を広げて王女の体に掛け、神像か祭壇みたいに伏し拝むと、部屋の反対の隅に寝転がって寝てしまった。
僕は別の隅で横になっていたが、疲労のせいか、神経の高ぶりのせいか、いつまでも眠れなかった。
自分の鼻先も見えないほど真っ暗になった部屋で、アディと王女の寝息を聞きながら、ただ目を閉じていた。
そうしているうちに、いつしか寝息の調子が少し変わっていることに気がついた。
さっきよりも近くで聞こえる。それに、一人分しか聞こえない。
おかしい。
空気の匂いも違う。お香の匂いしかしない。熟しすぎた果物のような熱帯の香りがない。アディや王女の身のまわりに漂う、まだ子どもっぽい甘さを残した人肌の匂いもしない。
僕は目を開けた。
人工的な緑色の光が、部屋を薄ぼんやりと照らしているのが見えた。
光の源は、充電中のスマートフォンだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【草】限定の錬金術師は辺境の地で【薬屋】をしながらスローライフを楽しみたい!
黒猫
ファンタジー
旅行会社に勤める会社の山神 慎太郎。32歳。
登山に出かけて事故で死んでしまう。
転生した先でユニークな草を見つける。
手にした錬金術で生成できた物は……!?
夢の【草】ファンタジーが今、始まる!!
婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します
高崎三吉
ファンタジー
その乙女の名はアルタシャ。
『癒し女神の化身』と称えられる彼女は絶世の美貌の持ち主であると共に、その称号にふさわしい人間を超越した絶大な癒しの力と、大いなる慈愛の心を有していた。
いかなる時も彼女は困っている者を見逃すことはなく、自らの危険も顧みずその偉大な力を振るって躊躇なく人助けを行い、訪れた地に伝説を残していく。
彼女はある時は強大なアンデッドを退けて王国の危機を救い
ある国では反逆者から皇帝を助け
他のところでは人々から追われる罪なき者を守り
別の土地では滅亡に瀕する少数民族に安住の地を与えた
相手の出自や地位には一切こだわらず、報酬も望まず、ただひたすら困っている人々を助けて回る彼女は、大陸中にその名を轟かせ、上は王や皇帝どころか神々までが敬意を払い、下は貧しき庶民の崇敬の的となる偉大な女英雄となっていく。
だが人々は知らなかった。
その偉大な女英雄は元はと言えば、別の世界からやってきた男子高校生だったのだ。
そして元の世界のゲームで回復・支援魔法使いばかりをやってきた事から、なぜか魔法が使えた少年は、その身を女に変えられてしまい、その結果として世界を逃亡して回っているお人好しに過ぎないのだった。
これは魔法や神々の満ち溢れた世界の中で、超絶魔力を有する美少女となって駆け巡り、ある時には命がけで人々を助け、またある時は神や皇帝からプロポーズされて逃げ回る元少年の物語である。
なお主人公は男にモテモテですが応じる気は全くありません。
俺にとってこの異世界は理不尽すぎるのでは?~孤児からの成り上がり人生とは~
白雲八鈴
ファンタジー
孤児として生まれた上に黒髪の人族として生まれて来てしまった俺にはこの世界は厳し過ぎた。化け物を見るような目。意味もなく殴られる。これは、孤児である俺が行商人を経て、成り上がるまでの物語である。
LUKが999なのに運がいい事なんてないのだが?何かがおかしい。
ちょっと待て、俺は見習いのはずだ。この仕事はおかしいだろう。
デートだ?この書類の山が見えないのか?
その手はなんだ?チョコレートだと?
アイスはさっきやっただろう!
おい!俺をどこに連れて行く気だ!次の仕事!!
言い換えよう。これは孤児から商人見習いになった俺の業務日誌である。
俺はこの理不尽な世界を生き抜けるだろうか。
*主人公の口調が悪いです。
*作者に目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*小説家になろう様にも投稿させていただいております。
*今現在、更新停止中です。完結は目指す心づもりはあります···よ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる