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第17章 水軍提督クンボカルノ王子は「わが弟よ」と言って
17-3 和平
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クンバンムラティ王国には、もはやドゥルハカ王国軍に抵抗する力も術も無いと、アングレック王は昨夜はっきりと僕に言った。
すでに和平交渉が進んでおり、王は港市の近郊で、ドゥルハカ軍を率いるクンボカルノ王子と直接会って話して来たという。
王にとっては父の再従弟にあたる敵の大将、ドゥルハカ水軍提督クンボカルノ王子はその席で、「わが弟よ」と王の肩を抱き、両王国の「行き違いを正し、血族の絆を深め、共に繁栄する」ことを誓ったとのことだった。
「和平案にはどのような条件がついているのでしょうか」
と僕は恐る恐る王に尋ねた。
「まず、今後海賊は全て打ち払い、海域の秩序を守ること。そして英国の公使を宮中に置くことです」
僕は溜息をついた。それは、植民地化の第一歩だ。
条件のリストはさらに続く。
宮廷を王都から港市に移すこと。
港務長官カシム・ビン・アルイスカンダリーを副王として、国政の補佐にあたらせること。
「あれは賢い男だ。ああいう者をうまく使うことだ、弟よ」
そう言って、クンボカルノ王子は巨体を揺すって――国王の目には見えなかったはずだけど、アディによると小山のような大男だという――大笑したらしい。
そして最後に、両王家にとって特に重要な条件が二つあった。
ひとつは、クンボカルノ王子の姪にあたるピピメラ姫をアングレック王の妃とし、このピピメラ姫が将来生む子を、次のクンバンムラティ国王とすること。
それから、アングレック王の妹であるムラティ王女を、クンボカルノ王子の妃とし、もしこのムラティ王女が男子を生めば――
「待ってください」国王の前ではあったけど、僕はつい大声を出してしまった。「王女はまだ子供じゃありませんか」
「しかし間もなく十五になります。成人の儀式もひかえていますし、子を生すこともできる年齢です。たしかに若いですが、それを強く言っても聞き入れられないでしょう。あちらのピピメラ姫は七歳ですから」
「七歳……。なんて馬鹿なことを」
「もちろん、婚儀は何年か先になりますが」
「ムラティ王女の輿入れも、何年か後ということですか」
「クンボカルノ王子はすでに齢四十を過ぎて未だ子が無いので、すぐにでも世継ぎを欲しがるでしょう」
僕は驚きと衝撃でしばらく言葉を失い、そして腹を立てた。
封建社会というのはここまで愚劣なものか。敵将クンボカルノ王子にはもちろん、全てを知りながら陰に隠れて利用することしか考えない英国人にも、ただ淡々と語るだけの国王にも猛烈に腹が立ち、たまらず僕は立ち上がった。
「それで殿下は、七歳のお妃と引き換えに王女を敵の手に委ねるおつもりですか。あんなに殿下を慕っておられる王女を。そんなことが許されますか。僕は許せません」
僕のベッドの枕元には王女からもらった短剣がある。あの短剣で誰かを刺すことで、王女を救えるのではないか。僕は生まれて初めてそんなことを思った。
「あなたの言うとおりです」と王は言った。「しかし、わたくしたち王室のために、民をこれ以上戦の犠牲にすることはできません」
僕は短剣を手に取り、鞘を握る手に力を込めた。
なぜ王女のためにこんなに熱くなるのか自分でも不思議だったけど、感情の高ぶりに任せ、僕は国王に向かって言い放った。
「僕はあなたの臣民じゃない。どうせここは、僕の国でも僕の世界でもないんだ。勝手にやらせてもらいますよ。僕は――、僕は友人として王女をお守りする。アディが味方になってくれるでしょう」
「ミナミさん」
王は身じろぎ一つせず、椅子の上で背筋を伸ばして真正面を向いたままで言った。
「重ねて問いますが、ではあなたは、この世界の方ではないのですね?」
「それが何だって言うんです」
「礼を言います。あなたには誠に申し訳ないが、どうか妹を守ってやっていただきたい」
そう言って王は僕の方に顔を向けた。
「わたくしがあなたにお願いしたかったのは、まさにそのことだったのです。そしてそれが、わたくしがあなたをこの国に呼んだ理由でした」
「……何ですって?」
すでに和平交渉が進んでおり、王は港市の近郊で、ドゥルハカ軍を率いるクンボカルノ王子と直接会って話して来たという。
王にとっては父の再従弟にあたる敵の大将、ドゥルハカ水軍提督クンボカルノ王子はその席で、「わが弟よ」と王の肩を抱き、両王国の「行き違いを正し、血族の絆を深め、共に繁栄する」ことを誓ったとのことだった。
「和平案にはどのような条件がついているのでしょうか」
と僕は恐る恐る王に尋ねた。
「まず、今後海賊は全て打ち払い、海域の秩序を守ること。そして英国の公使を宮中に置くことです」
僕は溜息をついた。それは、植民地化の第一歩だ。
条件のリストはさらに続く。
宮廷を王都から港市に移すこと。
港務長官カシム・ビン・アルイスカンダリーを副王として、国政の補佐にあたらせること。
「あれは賢い男だ。ああいう者をうまく使うことだ、弟よ」
そう言って、クンボカルノ王子は巨体を揺すって――国王の目には見えなかったはずだけど、アディによると小山のような大男だという――大笑したらしい。
そして最後に、両王家にとって特に重要な条件が二つあった。
ひとつは、クンボカルノ王子の姪にあたるピピメラ姫をアングレック王の妃とし、このピピメラ姫が将来生む子を、次のクンバンムラティ国王とすること。
それから、アングレック王の妹であるムラティ王女を、クンボカルノ王子の妃とし、もしこのムラティ王女が男子を生めば――
「待ってください」国王の前ではあったけど、僕はつい大声を出してしまった。「王女はまだ子供じゃありませんか」
「しかし間もなく十五になります。成人の儀式もひかえていますし、子を生すこともできる年齢です。たしかに若いですが、それを強く言っても聞き入れられないでしょう。あちらのピピメラ姫は七歳ですから」
「七歳……。なんて馬鹿なことを」
「もちろん、婚儀は何年か先になりますが」
「ムラティ王女の輿入れも、何年か後ということですか」
「クンボカルノ王子はすでに齢四十を過ぎて未だ子が無いので、すぐにでも世継ぎを欲しがるでしょう」
僕は驚きと衝撃でしばらく言葉を失い、そして腹を立てた。
封建社会というのはここまで愚劣なものか。敵将クンボカルノ王子にはもちろん、全てを知りながら陰に隠れて利用することしか考えない英国人にも、ただ淡々と語るだけの国王にも猛烈に腹が立ち、たまらず僕は立ち上がった。
「それで殿下は、七歳のお妃と引き換えに王女を敵の手に委ねるおつもりですか。あんなに殿下を慕っておられる王女を。そんなことが許されますか。僕は許せません」
僕のベッドの枕元には王女からもらった短剣がある。あの短剣で誰かを刺すことで、王女を救えるのではないか。僕は生まれて初めてそんなことを思った。
「あなたの言うとおりです」と王は言った。「しかし、わたくしたち王室のために、民をこれ以上戦の犠牲にすることはできません」
僕は短剣を手に取り、鞘を握る手に力を込めた。
なぜ王女のためにこんなに熱くなるのか自分でも不思議だったけど、感情の高ぶりに任せ、僕は国王に向かって言い放った。
「僕はあなたの臣民じゃない。どうせここは、僕の国でも僕の世界でもないんだ。勝手にやらせてもらいますよ。僕は――、僕は友人として王女をお守りする。アディが味方になってくれるでしょう」
「ミナミさん」
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「重ねて問いますが、ではあなたは、この世界の方ではないのですね?」
「それが何だって言うんです」
「礼を言います。あなたには誠に申し訳ないが、どうか妹を守ってやっていただきたい」
そう言って王は僕の方に顔を向けた。
「わたくしがあなたにお願いしたかったのは、まさにそのことだったのです。そしてそれが、わたくしがあなたをこの国に呼んだ理由でした」
「……何ですって?」
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