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第17章 水軍提督クンボカルノ王子は「わが弟よ」と言って

17-2 村落

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 村に入ると、農夫や女性たちは皆顔見知りらしくアディに丁寧に会釈した。港市バンダル王都コタラジャでの事変の影響はまだ及んでいないのか、村人は何事も無い様子で煮炊きをしたり、竹かごを編んだり、積み藁で素焼きの壺を焼いたりしていた。

 田舎とはいえここは明らかに王都の文化圏で、王宮前広場を小さく質素にしたような広場に面して、彫刻の施された三角屋根の小さな家が並んでいた。
 その中でも比較的大きいのが、アディの従兄である村長の館だった。

 村長は用水路の検分に出かけて留守だったが、やはりアディの従姉で、僕と同じくらいの歳と思われる村長夫人が僕たちをもてなしてくれた。
 足を洗わせてもらい、割竹を並べたベランダスランビに座って川魚の燻製をご馳走になっている間、村長夫人は米酒を注いだり白飯をよそったりしながらアディと話していた。

「可愛い子じゃないの。あんたの許婚いいなずけ?」
「おい、失礼なこと言うなよ。この人は姫様……の侍女で、王室の御用で一緒に内陸ダラムへ行くんだよ」
「へえ。美人ちゃんと一緒とは結構な御用だね。で、そっちの旦那は?」
「この人は……ええと、新しい宮中顧問官プナセハットダレム殿だよ」
「あら。それならそうと早くおっしゃってくださいよ」夫人はわざわざ僕の正面に来て、米酒の杯を差し出した。「アディをよろしくお願いしますね。こき使ってやってくださいな」

 この村の女性のほとんどがそうだったのだけど、この夫人も腰に絣織イカット巻衣サルンを一枚巻いたきりで、上半身には銀の首飾り以外に何も着けていなかったものだから、僕はまともに顔を見ることも返事もをすることもできず「あ、いえ、どうも」などと口ごもりながら下ばかり見ていたので、夫人は笑いだしてしまった。

 風の通るベランダは涼しく、なだらかな棚田は目に優しかったが、暗くならないうちにアディの村に着くためには、日が傾き始める前に出発しなければならなかった。
 干し飯と干し魚をくれた夫人に丁重に例を言い、僕らは再び東へ向かった。

 丘陵地帯に入ると農村風景は終わり、道は幅を狭めながら森の中へ入って行った。

 行けば行くほど地形の起伏は大きくなり、左右にくねくねと曲がりながら上り坂と下り坂が交互に現れる。
 谷底には必ず川が流れており、膝まで水に浸かりながら流れを渡っては、滑りやすい土の斜面を登る、という苦行を何度も繰り返さなければならなかった。

 体力的に、僕が二人の足を引っ張りつつあるのは明らかだった。でもアングレック王との約束を破るわけにはいかない。

 アディとともに王女を無事内陸ダラムまで送り届け、大祭司カイヌウェランという人物に助力をい、助言をあおぐこと。それが王と約束した僕の使命であり、僕自身の目的でもあった。

 王女と、茉莉と、僕のために。
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