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第16章 王都は、港市の混乱が嘘だったみたいに平穏で
16-2 謁見
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広場から王宮に戻り、いったん部屋に戻って休んでいるうちに、自分で思っていたよりも疲れていたらしく、僕はまた眠り込んでしまった。
日が傾き始めた頃に、部屋の外から「ミナミ様」と呼ぶ女性の声があった。「ミナミ様、いらっしゃいますか?」
はっと胸をつかれた気がして、ベッドから跳び起きて扉を開けると、声の主は見覚えのある王女付きの女官のひとりだった。
「王女様がお呼びです」と、若い丸顔の女官は表情一つ変えずに言った。
女官に連れて行かれたのは、正殿の玉座の間、つまり初めてここに来た日に国王に謁見したあの十二、三畳ほどの広間だった。
金箔張りの玉座に、主の姿は無かった。代わりに、その前に金錦織りの大きなクッションが置かれ、真ん中に正装のムラティ王女が横座りしていた。
黄色地の金襴の巻衣を着て、鞘と柄に貴石を散りばめた短剣を紫の帯に差し、結い上げた髪に金花とジャスミンの生花を飾った王女は、お姫様というよりは幼い女王のように見えた。
ただ、彼女の両脇に侍立しているのは宰相でも港務長官でもなく、宮中武官の正装で澄ました顔のアディと、何度か見かけたことのある白髪混じりの女官だった。
「ミナミ、そこに座って」
王女に促されて、僕はクッションの前に敷かれた色柄織りの筵に正座した。
「あなたが無事で嬉しいわ」と王女は言った。「まだお国の妹さんのところに帰れないのは、とてもお気の毒だけど」
「ありがとうございます」と僕は答えた。「でも、きっと、なんとかします」
「こんなことになってしまったけど、できるだけのお手伝いはするつもりよ」
「王女様にはいくら感謝しても足りません」
僕は頭を下げた。
「顔を上げて、ミナミ。今日呼んだのは、わたしからお礼を言うためなの」
お礼?
王女は姿勢を正して、少しトーンを低めた声で言った。
「ヒロミ・ミナミ。ご不在のお兄さま――国王殿下の名代として、わたくしラトゥ・ムダ・プトリ・グデ・ムラティ王女から、あなたに謝意を伝えます。あなたは……あなたは……えーと」
「比類なき」と女官がささやいた。
「……比類なき武勇を、その身を以て示し、わが臣民ファジャル・ビンティ・アルイスカンダリーの命を救いました」
ファジャル……。
僕は思考の止まった頭で王女の顔を見上げた。王女様、僕は確かに彼女を助けました。でも……。
王女は後ろ手でクッションの後ろをごそごそと探り、一振りの短剣を取り出した。
黒檀のような木で作られた鞘には、細かい浮き彫りが施されていた。草の蔓とも海の波とも見える曲線の間に、花と魚が見え隠れしている図だった。
「その功に報い、この短剣をあなたに授けます」
王女はクッションの上で体を起こし、水平に握った短剣を僕に向かって差し出した。
でも、僕はそのファジャルを裏切ったのです。そして今彼女は、アディの言うとおりだとしたら、王女様に弓を引く側にいるのかもしれないのです。
「私は、そんな褒賞をいただけるような人間では……」
王女はきっとした視線で僕の逃げ口上をさえぎり、首を横に振った。
「それは、あなたが決めることではないわ。決めるのはわたしです」そして腕をいっぱいに伸ばして、僕の顔の前に短剣をぐっと突き出した。「ミナミ、受け取って。あなたはわたしの民を一人救った。それは間違いのないことよ」
なぜだろう。どうしてもこの子には逆らえない。
僕は両手でおずおずと短剣を受け取った。
日が傾き始めた頃に、部屋の外から「ミナミ様」と呼ぶ女性の声があった。「ミナミ様、いらっしゃいますか?」
はっと胸をつかれた気がして、ベッドから跳び起きて扉を開けると、声の主は見覚えのある王女付きの女官のひとりだった。
「王女様がお呼びです」と、若い丸顔の女官は表情一つ変えずに言った。
女官に連れて行かれたのは、正殿の玉座の間、つまり初めてここに来た日に国王に謁見したあの十二、三畳ほどの広間だった。
金箔張りの玉座に、主の姿は無かった。代わりに、その前に金錦織りの大きなクッションが置かれ、真ん中に正装のムラティ王女が横座りしていた。
黄色地の金襴の巻衣を着て、鞘と柄に貴石を散りばめた短剣を紫の帯に差し、結い上げた髪に金花とジャスミンの生花を飾った王女は、お姫様というよりは幼い女王のように見えた。
ただ、彼女の両脇に侍立しているのは宰相でも港務長官でもなく、宮中武官の正装で澄ました顔のアディと、何度か見かけたことのある白髪混じりの女官だった。
「ミナミ、そこに座って」
王女に促されて、僕はクッションの前に敷かれた色柄織りの筵に正座した。
「あなたが無事で嬉しいわ」と王女は言った。「まだお国の妹さんのところに帰れないのは、とてもお気の毒だけど」
「ありがとうございます」と僕は答えた。「でも、きっと、なんとかします」
「こんなことになってしまったけど、できるだけのお手伝いはするつもりよ」
「王女様にはいくら感謝しても足りません」
僕は頭を下げた。
「顔を上げて、ミナミ。今日呼んだのは、わたしからお礼を言うためなの」
お礼?
王女は姿勢を正して、少しトーンを低めた声で言った。
「ヒロミ・ミナミ。ご不在のお兄さま――国王殿下の名代として、わたくしラトゥ・ムダ・プトリ・グデ・ムラティ王女から、あなたに謝意を伝えます。あなたは……あなたは……えーと」
「比類なき」と女官がささやいた。
「……比類なき武勇を、その身を以て示し、わが臣民ファジャル・ビンティ・アルイスカンダリーの命を救いました」
ファジャル……。
僕は思考の止まった頭で王女の顔を見上げた。王女様、僕は確かに彼女を助けました。でも……。
王女は後ろ手でクッションの後ろをごそごそと探り、一振りの短剣を取り出した。
黒檀のような木で作られた鞘には、細かい浮き彫りが施されていた。草の蔓とも海の波とも見える曲線の間に、花と魚が見え隠れしている図だった。
「その功に報い、この短剣をあなたに授けます」
王女はクッションの上で体を起こし、水平に握った短剣を僕に向かって差し出した。
でも、僕はそのファジャルを裏切ったのです。そして今彼女は、アディの言うとおりだとしたら、王女様に弓を引く側にいるのかもしれないのです。
「私は、そんな褒賞をいただけるような人間では……」
王女はきっとした視線で僕の逃げ口上をさえぎり、首を横に振った。
「それは、あなたが決めることではないわ。決めるのはわたしです」そして腕をいっぱいに伸ばして、僕の顔の前に短剣をぐっと突き出した。「ミナミ、受け取って。あなたはわたしの民を一人救った。それは間違いのないことよ」
なぜだろう。どうしてもこの子には逆らえない。
僕は両手でおずおずと短剣を受け取った。
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