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第12章 持って来たのは本、十数冊の革装の本

12-3 不安

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 本を閉じると、ファジャルは今日もまた、扉の外に控えている侍女にコーヒーを持って来るようにと命じた。
 そして椅子に戻ると、僕の肩に頬を寄せるようにして、小声で言った。
「ご病気はもう良くおなりなのに、わたくしがここにお邪魔するのはご迷惑ではありませんか?」
「いいえ。とんでもない。とても助かっています」
「父はわたくしがこの部屋に出入りしていることを喜んでいます。おそらく父は……」ためらいがちに、ファジャルは言った。「ミナミ様を、お国へ帰さないつもりです」
「近頃、自分でもよく分からないのです。国へ帰りたいのか、それともこの島に残りたいのか」

 僕がそう言うと、ファジャルは目を大きく見開いて、何か言おうとするみたいに唇を少し開いた。ブルーブラックの大きな瞳が揺れ動いていた。

「僕が、もしこの国に残ったとしたら、ずっとこんなふうにあなたと過ごすことができるのですか?」
「でもそれは、お父さまが……」
 ファジャルの体が、ゆらりとこちらに傾いてきた。
 彼女の額が僕の肩先に当たり、結い上げた髪が僕の頬に触れた。髪は濡れたように冷たくて、胸の奥をざわつかせる甘い香りがした。

 僕は見えない力にあやつられるように腕を伸ばし、ファジャルの右肩を手の中に捕えた。肩はすべすべとして冷たく、薄い肉の下に折れそうな骨があった。
 彼女の肌が徐々に温もりと湿り気を帯びてくるのを僕は感じた。でもそれは僕自身の体温と汗のせいだったかもしれない。
「ファジャルさん……」
 自分の声が、まるで他人の声みたいに聞こえる。
 腕の中のファジャルは、その声に弾かれたように一瞬ふるっと震え、いつのまにか僕の腰に回していた細い腕にぐっと力を込めた。
 そして顔を上げ、柔らかい唇を僕の頸動脈のあたりに押し付けた。甘い息が頬にかかり、巻衣の下に押さえつけられた乳房の弾力を脇腹に感じた。
 唇は僕の首筋をなぞって上に移動し、耳に押し当てられた。熱く湿ったささやきが、耳の奥にじかに流れこんできた。
「ミナミさまが、もし、本当に、心からそう望んでくださるのでしたら……」
 耳から頭の芯に入ってきた熱いものが、背筋を流れ落ちるのを僕は感じた。

 その時、扉の外で侍女の声がした。
「失礼します。ファジャル様、ミナミ様」
 ファジャルは僕の耳から唇を離して振り向き、その同じ唇で、少し苛立いらだちの混じった声で言った。
「リニ、コーヒーなら後でいいわ。後で持って来て」
 言い終わると、ファジャルは再び僕に顔を寄せ、鼻先で僕の頬をすっと撫で、頬に、と言うよりほとんど口角に近い場所に、軽く唇を当てた。
 侍女が硬い声で言う。
「申し訳ございませんが、ファジャル様とミナミ様をお連れするようにとの、港務長官シャーバンダル様からのお言いつけです。急を要するお話だそうです」

 僕らは互いの腰に腕をまわしたままで、少し体を離して顔を見合わせた。薔薇色に染まった美しい顔に、かすかな不安の影が差した。
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