38 / 140
第10章 何が起きたのか、その瞬間にはたぶん誰もわからなかった
10-2 処分
しおりを挟む
港務長官の部屋に入ると、窓際の長椅子に、四人姉妹が並んで座っていた。
おそろいの薄紅色の巻衣をつけ、銀の花を髪に飾り、膝の上に一枚の大きな布を広げて、皆で刺繍をしているところらしかった。
僕に気づくと、ファジャルがはっとしたように僕の顔を見上げ、泣きそうな顔になった。
服も化粧も顔もそっくりで区別がつかないと思っていた四人だが、いちばん右のその娘がファジャルだと、瞬時に見分けがついた自分に僕は少し驚いた。
「お前たち、席を外しなさい」と、テーブルの向こうから港務長官が命じた。「ファジャルもだ。私はミナミ君と二人で話をしたい」
三人の姉たちに促されて、ファジャルも一緒に部屋を出ていった。
僕は大きなテーブルの前に、港務長官と向い合せに座った。港務長官は、フィリピンの正装に似た白いシャツ姿で、痩せた顔には心なしか疲労の色が見えた。
「港市の治安を預かるものとして、私はまず君に謝罪せねばなるまい。二人の賊は既に衛士が捕縛した。君は彼らの死罪を望むかね?」
「いいえ」
そう尋ねるということは、生きているのだろう。侍女が二人を殺してしまったのではないかと思っていたので少しほっとした。
「もっと早く注意を促しておくべきだった。君は珍しい国の人間だし、川での一件でちょっとした有名人だ。君を憎む者も、利用価値があると考える者も少なくない」
「この僕にどんな利用価値があるんです」
「考えることはそれぞれに違うだろう。とにかく、気をつけたまえ。案内人を振り払ったりされては、君の安全に責任を持つことは難しくなる」
僕は頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「アディには王都に帰ってもらうよ。王室の命を違え、客人の君をあえて危険にさらしたのだ。その罪は殿下がお裁きになる」
「しかしあれは、僕のために……」
「なに、彼は王室の、殊に王女の覚えがめでたい」と言って港務長官は苦笑した。「厳罰に処せられることはなかろう」
「それならいいのですが」
「それより、君の帰国についてだが」港務長官はテーブルの上に少し身を乗り出した。「残念だが、今すぐにというのは少し難しい」
それが残念なことなのかどうか、僕にはもうよく分からなくなっていた。
おそろいの薄紅色の巻衣をつけ、銀の花を髪に飾り、膝の上に一枚の大きな布を広げて、皆で刺繍をしているところらしかった。
僕に気づくと、ファジャルがはっとしたように僕の顔を見上げ、泣きそうな顔になった。
服も化粧も顔もそっくりで区別がつかないと思っていた四人だが、いちばん右のその娘がファジャルだと、瞬時に見分けがついた自分に僕は少し驚いた。
「お前たち、席を外しなさい」と、テーブルの向こうから港務長官が命じた。「ファジャルもだ。私はミナミ君と二人で話をしたい」
三人の姉たちに促されて、ファジャルも一緒に部屋を出ていった。
僕は大きなテーブルの前に、港務長官と向い合せに座った。港務長官は、フィリピンの正装に似た白いシャツ姿で、痩せた顔には心なしか疲労の色が見えた。
「港市の治安を預かるものとして、私はまず君に謝罪せねばなるまい。二人の賊は既に衛士が捕縛した。君は彼らの死罪を望むかね?」
「いいえ」
そう尋ねるということは、生きているのだろう。侍女が二人を殺してしまったのではないかと思っていたので少しほっとした。
「もっと早く注意を促しておくべきだった。君は珍しい国の人間だし、川での一件でちょっとした有名人だ。君を憎む者も、利用価値があると考える者も少なくない」
「この僕にどんな利用価値があるんです」
「考えることはそれぞれに違うだろう。とにかく、気をつけたまえ。案内人を振り払ったりされては、君の安全に責任を持つことは難しくなる」
僕は頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「アディには王都に帰ってもらうよ。王室の命を違え、客人の君をあえて危険にさらしたのだ。その罪は殿下がお裁きになる」
「しかしあれは、僕のために……」
「なに、彼は王室の、殊に王女の覚えがめでたい」と言って港務長官は苦笑した。「厳罰に処せられることはなかろう」
「それならいいのですが」
「それより、君の帰国についてだが」港務長官はテーブルの上に少し身を乗り出した。「残念だが、今すぐにというのは少し難しい」
それが残念なことなのかどうか、僕にはもうよく分からなくなっていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦国陰陽師2 〜自称・安倍晴明の子孫は、ぶっちゃけ長生きするよりまず美味しいご飯が食べたいんですが〜
水城真以
ファンタジー
「神様って、割とひどい。」
第六天魔王・織田信長の専属陰陽師として仕えることになった明晴。毎日美味しいご飯を屋根の下で食べられることに幸せを感じていた明晴だったが、ある日信長から「蓮見家の一の姫のもとに行け」と出張命令が下る。
蓮見家の一の姫──初音の異母姉・菫姫が何者かに狙われていると知った明晴と初音は、紅葉とともに彼女の警護につくことに。
菫姫が狙われる理由は、どうやら菫姫の母・長瀬の方の実家にあるようで……。
はたして明晴は菫姫を守ることができるのか!?
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる