上 下
37 / 140
第10章 何が起きたのか、その瞬間にはたぶん誰もわからなかった

10-1 瞬間

しおりを挟む
 僕の頭上で、だん! という大きな音が響いた。

 何が起きたのか、その瞬間にはたぶん誰もわからなかった。目を開けた僕が見たのは、小さなほっそりした影が屋根のひさしを駆け下り、そのまま空中に飛び出して、長身の男の顔に飛び膝蹴りを見舞うところだった。
 男は吹っ飛ばされて民家の壁に頭を打ちつけた。

 飛んできたのはグレーの縞の巻衣サルンを着た細身の女性だった。
 彼女は向いの家ののきにいったんつかまってから、倒れた男の傍らに着地し、男の頸をひと蹴りして、それからアディに向き直った。
 見違えようもない。ファジャルの侍女だった。

「アディ、あなた相変わらず敵の足元を全然見てないわね。それで何度叱られてた?」
 侍女はそう言いながら短剣クリスを抜き、振り向きざま、後ろから斬りかかってきた小柄な男の剣を叩き落とし、その勢いで顔に回し蹴りを入れた。
「さすがねえさん。助かりました。腕は鈍ってないようですね」
「当たり前でしょ」
 侍女は倒れかけた小男のターバンをつかみ、その頭に短剣のつかをがんがんと何度も振り下ろしてから突き飛ばした。
 男は半回転して倒れ、先に倒れていた相棒に折り重なった。
「さっきは背後があんまり無防備なんで心配しましたよ。ファジャル様のお召し替えのお手伝いばかりしていて勘が鈍ったのかと」
「仮にも宮中武官が、あんな下らないやりかたをするなんて思わないでしょう。まして姉弟子あねでしのこの私に」
 侍女は――いや、この女性が本当に「侍女」などであるはずがないけど――よく見ると素足だったが、倒れた二人の男の顔を二、三度ずつ強めに蹴った。
「当分は動けないわ。あとは衛士隊プンジャガに任せましょう。アディ、あなたも王都コタラジャに呼び戻されるだけではすまないわよ。こんなことになったのはあなたの責任だから。港務長官シャーバンダル様から宮中武官長に正式に抗議することになるはずよ」
「俺が悪かったです。姐さん。このことはどうか姫様には……」
 アディが言い終わらないうちに、侍女は彼の腰に回し蹴りを食らわせた。アディは板戸に叩きつけられた。
「痛ててて。姐さん、ひどいですよ」
「このバカ。王室のご信頼に甘えるのもいい加減になさい」
 侍女はアディに背を向けて僕に一礼し、手を差し伸べた。
「ミナミ様、お手を。お邸までお送りします」

 侍女にうやうやしく手を握られて、だけど僕は地べたに座ったまま立ち上がることができなかった。
 暴力と無縁に生きてきた僕にとって、1904年という時代がどんな意味を持つのか、思い知らされた気がした。茉莉がここにいなくてよかった。僕の力ではあの子を守ることができないだろう。

 茉莉には、二十一世紀の安全な世界にいて、僕のために祈っていてほしい。それだけでいい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦国陰陽師2 〜自称・安倍晴明の子孫は、ぶっちゃけ長生きするよりまず美味しいご飯が食べたいんですが〜

水城真以
ファンタジー
「神様って、割とひどい。」 第六天魔王・織田信長の専属陰陽師として仕えることになった明晴。毎日美味しいご飯を屋根の下で食べられることに幸せを感じていた明晴だったが、ある日信長から「蓮見家の一の姫のもとに行け」と出張命令が下る。 蓮見家の一の姫──初音の異母姉・菫姫が何者かに狙われていると知った明晴と初音は、紅葉とともに彼女の警護につくことに。 菫姫が狙われる理由は、どうやら菫姫の母・長瀬の方の実家にあるようで……。 はたして明晴は菫姫を守ることができるのか!?

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

処理中です...