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第7章 川を下る船団は大小三十隻以上に及び
7-1 船団
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川を下る船団は大小三十隻以上に及び、先頭が王都の船着き場を出発してから僕らの船が漕ぎ出すまでにずいぶん時間がかかった。
緑色の屋根を頂く港務長官の乗船は、両舷に並んだ十二人の漕ぎ手の力で、赤や白の長い旗をなびかせながら船団の中央を航行していた。
その周りを、銅鼓や横笛などの楽隊を乗せて演奏しながら行く船や、薄布のカーテンで目隠しされた港務長官家の貴婦人たちの屋形船、武装した護衛の一団を載せた軍船などが、カフェオレ色の広い川をゆっくりと下っていく。
僕らの乗った小舟は船団の後ろの方に位置し、屋根というほどのものは無いけど後部に布製の簡単な雨覆いがあって、もし雨が降っても荷物の間にしゃがんでいればとりあえず頭から濡れる心配は無かった。
船頭は五十過ぎぐらいに見える陽気な男で、僕には分からない島の言葉で歌を歌ったり、訛りのきつい言葉で冗談を言ったり始終にぎやかだった。
木々や大きな家の多い王都にいるとそれほど強く感じなかったこの島の昼間の太陽が、遮るもののない川面では頭上から強烈に照りつけてくる。それで僕らを含め水夫や船客の多くが平たい編笠を被っていて、どこかで見たような風景だなと思ったら大名行列に似ていた。
いや、これはむしろ本物の大名行列そのものと言ったほうが良いのかもしれない。
僕とアディの乗った小舟は、貴婦人たちの船のうちの小ぶりな一隻の近くを並走していて、内容は聞こえないけど若い女性たちが何かおしゃべりして笑い合う声と、船がさざなみを掻き分ける水音と、船団に驚いて飛び交う鳥たちの声と、楽隊の奏でる気だるい金属音とが、強くなったり弱くなったりしながらずっと続いていた。
僕の護衛と手助けをアディに命じてくれたのはもちろんムラティ王女だった。しかしアディ自身は、ダラム行きを断ったためにしばらくの間王女に一言も口を利いてもらえなかったらしい。ただ、出発間際になって船着き場に現れた王女が、アディに何か声をかけて布包みのようなものを手渡すのを僕は見ていた。
「アディ、王女は何をくれたんだ?」
「見たいか?」
アディは自慢げに、白い布の包みを開いて見せた。中には黄色い金襴織りの帯のような布が、折り畳まれて入っていた。
「これは、王女の着物?」
「祭礼で姫様が舞いを舞われたときの衣装さ。お守りとして下さったんだ」
「旦那、それは姫様の胸当てだよ」と船頭が口を挟み、それから島の言葉で何かアディをからかうようなことを言って笑った。
アディが真剣に怒って振り返り、やはり島の言葉で言い返すと、船頭もやり返してまた笑った。
アディが船の上で立ち上がり、短剣でも抜きそうな顔色をしていたので、僕は彼の腕を引っ張った。
「落ち着けよ。おっさんなんてどこの国でもあんなもんだ」
「不敬な思い違いをするなよ」アディはむすっとして僕に言った。「王族の心臓の近くにあった物には霊力が宿るんだ。普通はお身内にしか下さらない神聖なものだぞ」
そういえば、僕も王女の心臓の近くにあったものをもらったな、と思い出したけど、アディに言うと面倒なことになりそうなので黙っていた。あのお香は雨覆いの下にある僕の荷物の中に入っている。
緑色の屋根を頂く港務長官の乗船は、両舷に並んだ十二人の漕ぎ手の力で、赤や白の長い旗をなびかせながら船団の中央を航行していた。
その周りを、銅鼓や横笛などの楽隊を乗せて演奏しながら行く船や、薄布のカーテンで目隠しされた港務長官家の貴婦人たちの屋形船、武装した護衛の一団を載せた軍船などが、カフェオレ色の広い川をゆっくりと下っていく。
僕らの乗った小舟は船団の後ろの方に位置し、屋根というほどのものは無いけど後部に布製の簡単な雨覆いがあって、もし雨が降っても荷物の間にしゃがんでいればとりあえず頭から濡れる心配は無かった。
船頭は五十過ぎぐらいに見える陽気な男で、僕には分からない島の言葉で歌を歌ったり、訛りのきつい言葉で冗談を言ったり始終にぎやかだった。
木々や大きな家の多い王都にいるとそれほど強く感じなかったこの島の昼間の太陽が、遮るもののない川面では頭上から強烈に照りつけてくる。それで僕らを含め水夫や船客の多くが平たい編笠を被っていて、どこかで見たような風景だなと思ったら大名行列に似ていた。
いや、これはむしろ本物の大名行列そのものと言ったほうが良いのかもしれない。
僕とアディの乗った小舟は、貴婦人たちの船のうちの小ぶりな一隻の近くを並走していて、内容は聞こえないけど若い女性たちが何かおしゃべりして笑い合う声と、船がさざなみを掻き分ける水音と、船団に驚いて飛び交う鳥たちの声と、楽隊の奏でる気だるい金属音とが、強くなったり弱くなったりしながらずっと続いていた。
僕の護衛と手助けをアディに命じてくれたのはもちろんムラティ王女だった。しかしアディ自身は、ダラム行きを断ったためにしばらくの間王女に一言も口を利いてもらえなかったらしい。ただ、出発間際になって船着き場に現れた王女が、アディに何か声をかけて布包みのようなものを手渡すのを僕は見ていた。
「アディ、王女は何をくれたんだ?」
「見たいか?」
アディは自慢げに、白い布の包みを開いて見せた。中には黄色い金襴織りの帯のような布が、折り畳まれて入っていた。
「これは、王女の着物?」
「祭礼で姫様が舞いを舞われたときの衣装さ。お守りとして下さったんだ」
「旦那、それは姫様の胸当てだよ」と船頭が口を挟み、それから島の言葉で何かアディをからかうようなことを言って笑った。
アディが真剣に怒って振り返り、やはり島の言葉で言い返すと、船頭もやり返してまた笑った。
アディが船の上で立ち上がり、短剣でも抜きそうな顔色をしていたので、僕は彼の腕を引っ張った。
「落ち着けよ。おっさんなんてどこの国でもあんなもんだ」
「不敬な思い違いをするなよ」アディはむすっとして僕に言った。「王族の心臓の近くにあった物には霊力が宿るんだ。普通はお身内にしか下さらない神聖なものだぞ」
そういえば、僕も王女の心臓の近くにあったものをもらったな、と思い出したけど、アディに言うと面倒なことになりそうなので黙っていた。あのお香は雨覆いの下にある僕の荷物の中に入っている。
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