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第3章 暗い部屋を三つ通り抜けて奥に進むと
3-4 美技
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特に始まりの合図もなしに、二人は打ち合いはじめた。
武官だと言うだけに、アディはさすがにたいしたもので、王女と互角に渡り合っていた。
いや、むしろ小さな身体でアディと対等に戦う王女こそ普通じゃないと言うべきか。
しかし、激しい打ち合いが続くうちに、それはだんだん戦いのようには見えなくなった。王女もアディも風を切る勢いで棒を振り下ろし、打ち込み、薙ぎ払うのだが、それが互いの肌に触れることは決して無い。まるで、自分の攻撃を相手が必ず防いでくれると信じているかのように。
リズムを合わせ、力の波に共に乗り、右を打ち、左を守り、押したり引いたりしながら、ひたすらに棒と棒だけがぶつかり合う。
力としては互角に見えたが、形や動きの美しさでは王女の方が遥かに勝っていた。というよりむしろ、僕の目には、王女が美しく舞うためにアディが力を尽くしているようにさえ見え始めた。
日が傾き始める頃だった。はじめは騒いでいた子どもたちも今は静かに見入っている。竹の鳴る音が打楽器のように複雑なリズムを刻む。
この低い位置から水平に見ると、王女の身のこなしはますますバレエに似て見えた。
うちの茉莉も、あれくらい逞しければ……。
と思ったが、いや、それは違うのかもしれない。
茉莉は茉莉で、あの少女とは別な形で、あの少女と同じくらい強く闘ってきたのかもしれない。両親に死なれて以来、僕が彼女を守ってきたのと同時に、彼女も僕を守ってくれていたのかもしれない。
王女の動きに少し疲れが出てきたかな、と思いはじめた頃、足が滑ったのか、アディが一瞬わずかにバランスを崩した。その隙を見逃さず、王女がアディの肩に軽く一太刀を入れた。
子どもたちがわっと歓声を上げる。島の言語なのでよくは分からなかったが、「姫様が勝った」と口々に叫んでいるようだった。
当の二人は勝ち負けというよりなんとなく照れくさそうに、汗ばんだ紅い顔を見合わせていた。
アディは笑顔で僕の方に戻ってきた。
「姫様はわがままで困るよ」
「素晴らしいものを見せてもらったよ。君は強いな」
「見てただろ? 姫様の勝ちさ」
「どうだろう。僕には分からなかった。しかし確かに王女も強いね。あの小さな身体でなぜあんなに強いんだろう」
「道理の分からん奴らから兄君をお守りするためさ。最初に姫様に剣をお教えしたのは俺だったんだけどな。今は俺よりよほど上手にお使いになる」
「才能だね」
「まったくな。素晴らしいお方だよ。だが姫様は姫様だ。あの方が王子にお生まれになればよかったのに、と言う奴もいる。武門《サトリア》の家の娘にお生まれになった方がよかったのではと言う奴もいる」
「君と同じ階級にか?」
アディは恨みがましいような目で僕を見た。
「姫様は姫様だよ。あの方のあの腕を使わせないために、俺たちみたいのがいるんだ」
子どもたちがアディに手を振って、四方へ帰っていく。ひとりムラティ王女だけがまた駆け寄ってきて、僕ににっこりと微笑みかけてから、アディに向き直った。
「今日はありがとう。次はちゃんと勝つからね」
そう言うと少女は竹の棒を投げ捨てて、王宮に向かって走っていった。
その姿が見えなくなるまで見送ると、アディは立ち上がった。
「さあ、行こうか。港務長官殿の屋敷に案内するよ。あんたとゆっくり話したいらしい」
武官だと言うだけに、アディはさすがにたいしたもので、王女と互角に渡り合っていた。
いや、むしろ小さな身体でアディと対等に戦う王女こそ普通じゃないと言うべきか。
しかし、激しい打ち合いが続くうちに、それはだんだん戦いのようには見えなくなった。王女もアディも風を切る勢いで棒を振り下ろし、打ち込み、薙ぎ払うのだが、それが互いの肌に触れることは決して無い。まるで、自分の攻撃を相手が必ず防いでくれると信じているかのように。
リズムを合わせ、力の波に共に乗り、右を打ち、左を守り、押したり引いたりしながら、ひたすらに棒と棒だけがぶつかり合う。
力としては互角に見えたが、形や動きの美しさでは王女の方が遥かに勝っていた。というよりむしろ、僕の目には、王女が美しく舞うためにアディが力を尽くしているようにさえ見え始めた。
日が傾き始める頃だった。はじめは騒いでいた子どもたちも今は静かに見入っている。竹の鳴る音が打楽器のように複雑なリズムを刻む。
この低い位置から水平に見ると、王女の身のこなしはますますバレエに似て見えた。
うちの茉莉も、あれくらい逞しければ……。
と思ったが、いや、それは違うのかもしれない。
茉莉は茉莉で、あの少女とは別な形で、あの少女と同じくらい強く闘ってきたのかもしれない。両親に死なれて以来、僕が彼女を守ってきたのと同時に、彼女も僕を守ってくれていたのかもしれない。
王女の動きに少し疲れが出てきたかな、と思いはじめた頃、足が滑ったのか、アディが一瞬わずかにバランスを崩した。その隙を見逃さず、王女がアディの肩に軽く一太刀を入れた。
子どもたちがわっと歓声を上げる。島の言語なのでよくは分からなかったが、「姫様が勝った」と口々に叫んでいるようだった。
当の二人は勝ち負けというよりなんとなく照れくさそうに、汗ばんだ紅い顔を見合わせていた。
アディは笑顔で僕の方に戻ってきた。
「姫様はわがままで困るよ」
「素晴らしいものを見せてもらったよ。君は強いな」
「見てただろ? 姫様の勝ちさ」
「どうだろう。僕には分からなかった。しかし確かに王女も強いね。あの小さな身体でなぜあんなに強いんだろう」
「道理の分からん奴らから兄君をお守りするためさ。最初に姫様に剣をお教えしたのは俺だったんだけどな。今は俺よりよほど上手にお使いになる」
「才能だね」
「まったくな。素晴らしいお方だよ。だが姫様は姫様だ。あの方が王子にお生まれになればよかったのに、と言う奴もいる。武門《サトリア》の家の娘にお生まれになった方がよかったのではと言う奴もいる」
「君と同じ階級にか?」
アディは恨みがましいような目で僕を見た。
「姫様は姫様だよ。あの方のあの腕を使わせないために、俺たちみたいのがいるんだ」
子どもたちがアディに手を振って、四方へ帰っていく。ひとりムラティ王女だけがまた駆け寄ってきて、僕ににっこりと微笑みかけてから、アディに向き直った。
「今日はありがとう。次はちゃんと勝つからね」
そう言うと少女は竹の棒を投げ捨てて、王宮に向かって走っていった。
その姿が見えなくなるまで見送ると、アディは立ち上がった。
「さあ、行こうか。港務長官殿の屋敷に案内するよ。あんたとゆっくり話したいらしい」
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