10 / 140
第3章 暗い部屋を三つ通り抜けて奥に進むと
3-2 王国
しおりを挟む
穏やかな目で虚空をみつめたまま、青年は言った。
「わが名を名乗りましょう。しかしわたしの身分では、先に名乗るわけにもいきません。ご客人、まずはあなたから名をお教えいただきたい」
「ヒロミ・ミナミです。ミナミがわたしの家名です」
「ミナミ殿、ではわが全名を名乗りましょう。わが名は、クンバンムラティ島の主・あらゆる民族と信徒の庇護者・回教王にして正法王・アングレック・イスカンダル・シャー」
ここに来てから見聞きすることは全て奇妙だったとはいえ、やはり僕は驚いた。
彼は自分がこの国の王だと言い切ったのだ。
クンバンムラティ王国?
そんな国は無いはずだ。少なくとも国際社会に認められた独立国として、そのような名前の国は無いはずだ。
「……では、ここはマレーシアやインドネシアといった国の領域ではないということですか?」
「港務長官、客人がおっしゃるような諸国を知っているか」
「存じません、殿下。聞かぬ名です。この海域の国々ではありますまい」
マレーシアもインドネシアも知らないなんて。ここはそこまで孤立した島なのか? 何か特異な政治的事情があるのか。それとも……。
「電話《テレポン》を……電話をお借りできませんか」
「テレポンとは?」と港務長官は首を傾げた「どのようなものですかな。もしこの国で手に入るようなら準備させましょう」
「電話とは、つまり……」
僕は次の言葉が思いつかなかった。
ここは本当に、ただの浮世離れした離島なのか。それとも何か、今まで知っていたのとは別の世界なのか。それともここの連中全員で芝居を打っているのか。どれもありそうで、どれも馬鹿馬鹿しい。
このまま、茉莉に会えないのかもしれない。
僕はめまいを感じて、アディの隣に座り込んでしまった。
その時、背後から、トトトトと床板を走るネコのような足音がした。
振り向く間もなく、アディと僕の間を赤いものが裸足でひらりと駆け抜けたかと思うと、玉座の青年の足元にぺたんと横座りして、片手を青年の膝に置いた。
それは、赤い金襴の巻衣に象牙の柄の短剣を帯び、頭上に結った髪に金の花飾りをつけて正装したあの少女剣士だった。
「ご客人の前だ」と青年が言った。「不作法な振る舞いはいけないよ」
「ご客人じゃないわ」と少女は言った。見た目以上に幼く聞こえる声だった。「お友達です。さっき広場でお目にかかりましたもの」
「ではまた広場で遊んでいたのだね? みだりに外へ出てはいけないというのに」
「そんなことよりお兄様、ご客人はお疲れみたい。お休みさせてさしあげては?」
「そうか。それは申し訳なかった」青年ははじめて顔を動かして、少女の方に向けた。「これはわが妹、ラトゥ・ムダ・プトリ・グテ・ムラティ王女です。ご覧の通りわたしは目が見えぬ故、幼いながらいろいろ力になってくれています。強く、優れた、良い子です」
少女は王の片手を握り、にこにこしながら僕を見ていたが、兄の言葉を聞いて頬を赤らめた。
両親が健在だった頃は、茉莉もよくこんな顔をしたものだった。
「わが名を名乗りましょう。しかしわたしの身分では、先に名乗るわけにもいきません。ご客人、まずはあなたから名をお教えいただきたい」
「ヒロミ・ミナミです。ミナミがわたしの家名です」
「ミナミ殿、ではわが全名を名乗りましょう。わが名は、クンバンムラティ島の主・あらゆる民族と信徒の庇護者・回教王にして正法王・アングレック・イスカンダル・シャー」
ここに来てから見聞きすることは全て奇妙だったとはいえ、やはり僕は驚いた。
彼は自分がこの国の王だと言い切ったのだ。
クンバンムラティ王国?
そんな国は無いはずだ。少なくとも国際社会に認められた独立国として、そのような名前の国は無いはずだ。
「……では、ここはマレーシアやインドネシアといった国の領域ではないということですか?」
「港務長官、客人がおっしゃるような諸国を知っているか」
「存じません、殿下。聞かぬ名です。この海域の国々ではありますまい」
マレーシアもインドネシアも知らないなんて。ここはそこまで孤立した島なのか? 何か特異な政治的事情があるのか。それとも……。
「電話《テレポン》を……電話をお借りできませんか」
「テレポンとは?」と港務長官は首を傾げた「どのようなものですかな。もしこの国で手に入るようなら準備させましょう」
「電話とは、つまり……」
僕は次の言葉が思いつかなかった。
ここは本当に、ただの浮世離れした離島なのか。それとも何か、今まで知っていたのとは別の世界なのか。それともここの連中全員で芝居を打っているのか。どれもありそうで、どれも馬鹿馬鹿しい。
このまま、茉莉に会えないのかもしれない。
僕はめまいを感じて、アディの隣に座り込んでしまった。
その時、背後から、トトトトと床板を走るネコのような足音がした。
振り向く間もなく、アディと僕の間を赤いものが裸足でひらりと駆け抜けたかと思うと、玉座の青年の足元にぺたんと横座りして、片手を青年の膝に置いた。
それは、赤い金襴の巻衣に象牙の柄の短剣を帯び、頭上に結った髪に金の花飾りをつけて正装したあの少女剣士だった。
「ご客人の前だ」と青年が言った。「不作法な振る舞いはいけないよ」
「ご客人じゃないわ」と少女は言った。見た目以上に幼く聞こえる声だった。「お友達です。さっき広場でお目にかかりましたもの」
「ではまた広場で遊んでいたのだね? みだりに外へ出てはいけないというのに」
「そんなことよりお兄様、ご客人はお疲れみたい。お休みさせてさしあげては?」
「そうか。それは申し訳なかった」青年ははじめて顔を動かして、少女の方に向けた。「これはわが妹、ラトゥ・ムダ・プトリ・グテ・ムラティ王女です。ご覧の通りわたしは目が見えぬ故、幼いながらいろいろ力になってくれています。強く、優れた、良い子です」
少女は王の片手を握り、にこにこしながら僕を見ていたが、兄の言葉を聞いて頬を赤らめた。
両親が健在だった頃は、茉莉もよくこんな顔をしたものだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!
戦国陰陽師2 〜自称・安倍晴明の子孫は、ぶっちゃけ長生きするよりまず美味しいご飯が食べたいんですが〜
水城真以
ファンタジー
「神様って、割とひどい。」
第六天魔王・織田信長の専属陰陽師として仕えることになった明晴。毎日美味しいご飯を屋根の下で食べられることに幸せを感じていた明晴だったが、ある日信長から「蓮見家の一の姫のもとに行け」と出張命令が下る。
蓮見家の一の姫──初音の異母姉・菫姫が何者かに狙われていると知った明晴と初音は、紅葉とともに彼女の警護につくことに。
菫姫が狙われる理由は、どうやら菫姫の母・長瀬の方の実家にあるようで……。
はたして明晴は菫姫を守ることができるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる