上 下
176 / 178
第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

正攻法とチート/6:ここからはじまるチートライフ

しおりを挟む
 計画通り、提供数では全選手中トップを記録していた。しかし、それのみで優勝が決定されるような差ではない。実際、参加者による評価スコアではテスタメントが上回っている。その状態で、僅差の勝利だった。確かにトマトジュースの美味しさが評価されたことは事実だったが、それ以上に後半のテスタメントの失速が大きい。
 そもそも言語学において「美味しい」を意味する言葉が存在するか否かは、その言語が広まっている国の生活水準に相関がある。つまり、貧しい国ではそもそも何か食べるものがあること自体が幸福であり、食べ物に対してまずいと美味しいという評価の概念が発生しないのだ。こうして国が豊かになるにつれ美味しいことが食事における優位性になるのだが、ではさらに国が豊かになるとどうなるのだろうか。今度は食に対して、健康と安全という概念が加わるのだ。近年話題の低糖質や減塩などという概念は、そもそも活動エネルギーを確保するための食事という概念からして正反対だ。
 シズク達が今居る異世界の生活水準は決して高くはなかった。しかし、魔王が流通を掌握したことによるこの10年での経済成長は著しい。さらに、ループが行った食神決戦という催しは、街1つではなく世界人類の食文化の水準を大きく上昇させた。その結果、ついにこの世界でも食に対して「安全性」という評価基準が生まれつつあった。そして奇しくも、その流れを決定付けた人物こそエジソンだった。
 黒死病を黒い魔物や呪いと考えてしまうレベルの医療水準だった世界に、イルマとシズクの功績によって病理学の概念が広まりつつあった。そこへトウテツの肉を原因とするパンデミックとロックダウンは、人々に食の安全性という概念の重要さを強く印象付けた。その勢いのまま当日となったのだ。
 テスタメントのカレーの味が劣化した原因は、電気の魔法の才を持った魔道士がアイドルにトチ狂って無意識に暴走し、金属製のスプーンに僅かな帯電を発生させた結果である。しかし、理外の天才であるテスタメントと現代知識を持つシズクを除けば、そんな種に気付くものが居るはずがない。
 一昔前ならこの奇妙な現象も呪いだとか神のいたずらだとか言われたかもしれない。実際に、2006年にインドのムンバイにおいて、突然海水が甘くなるという事件が発生した。公式には原因不明とされてはいるものの、この海がゴミの大量廃棄と重化学工業の汚染水によって酷い状態にあることは事実であり、具体的にどのような化学物質が甘みを誘発させたのかがわからないにしても、原因が環境汚染によることは明白だ。しかし、信心深いインドの国民はこれを神の奇跡ととられ、中にはこの水を汲んで持ち帰りありがたがった者も多く居たという。低い教育水準と厳しい生活水準の地域にのみ手を貸す奇跡を紡ぐ神の正体見たりである。
 ところが、直前のパンデミック騒ぎによって得られた知見は、これを危険な食べ物が原因であると認識させてしまった。カレーという食べ物が未体験のものであること、そして奇しくも、それがあまりにも美味しすぎたことが、逆に危険性を加速させてしまった。
 その上で僅差の勝利だった。もしもアイドルのゲリラライブがなければ、もしもポッセスのアイドルに対する信仰心のボルテージが少しでもずれていれば、もしも直前にエジソンの暴走がなければ、そもそも、イルマがペニシリンを発見し、シズクが不妊虫放飼を成功させなければ、この逆転は発生しなかったと言える。ならばもう、この勝利は奇跡ではない。仮に奇跡と認めるとしてもそれはせいぜい1%だろう。残りの99%は、努力の成果である。

「ちょっと待ったブー!」

 が、その結果に異議を唱える。

「おかしいブー! この結果はおかしいブー! 集計に不正がないにしても、テスタメントのカレーが突然美味しくなくなったのはおかしいブー! これはズルだブー! チートだブー! やり直しを要求するブー!」

 そう叫ぶループはシズク視点で言えば敗者であり、負け犬の遠吠えとも言える。しかし、シズクも少なからずその叫びが理解できないわけではない。まだシズクには、この勝利の要因の99%が自身の努力であると自惚れられる心構えがないのだ。

「そうだな、ループ。確かにこれは不正、チートであると言えるだろう」

 そしてテスタメントがその発言に同意する。これもある意味当たり前である。だが、これを認めて勝負をやり直したとして、勝てるのかと言えばそんなわけがない。この訴えは却下させざるをえないのだが、心情的にも状況的にもどう却下させる言葉を紡ぐかがなかなか思い当たらない。少なくとも下手なことを言えば取り返しがつかなくなる。背中に流れる冷や汗を感じつつ状況を見守るシズクだったが、ここからの展開は想像とは真逆に進む。

「しかし、仮にこれが何かしらの妨害工作であったとして、はて。この大会に、妨害を禁ずるルールは記載されていただろうか?」

 そう述べたのは、当のテスタメント本人である。まさか彼の口からそんな言葉が出るとは、シズクはもちろん、ループすら想定外である。

「確かに、大会の趣旨を考えれば、料理人としての世界一を競う戦いであり、いかに己の技を高めるかという点が重要視されているかは明白だ。誰も料理人同士がお互いの目を盗んで鍋に異物入れ合う戦いなど望んでいない。しかしそれでも、そうした妨害行為を禁ずる旨が伝えられていないことは確かである。そもそも私にとっての料理は片手間の戯れである。私の目的は世界の真実を示すこと。シズクはそれを『科学』と呼んでいたと記憶している。そんな科学において最も重要な概念は、いかに常識を打ち破るか。そう、例えば……」

 そういってテスタメントは手元から卵を取り出す。先が読めたシズクは思わず微笑む。

「この卵を立たせる簡単な方法は、こうだ」

 そして彼は卵の下部をキッチンに叩きつけた。その様子にシズクは一周回って哀れみを覚える。アメリカ大陸をインドと勘違いし先住民をインディアンと名付けてしまったコロンブスの業績は、実際のところ最初にアメリカ大陸を発見したのはアメリゴ・ヴェスプッチであるという論の広まりに加え、近年ではもっと遥か前にスカンジナビアのヴァイキングが北アメリカに上陸していた痕跡の発見によりいよいよもって張り子の虎となっている。それでも彼が卵を立たせる方法で「固定概念の排除」を主張したことは、近代の科学や経済などに至るあらゆる学問の重要な哲学的概念と言えるだろう。それを知らないはずのテスタメントが、あっさりとそのコロンブス唯一の業績を奪っているのだ。それは哀れみも湧く。これだから天才というやつは。

「普通に考えれば。そんなことを言う時点でそれは気付けなかった敗者の泣き言でしかない。私は敗者なのだ。私は彼女のチートに気付けなかったのだから。チートは批難されるものではない。称えられるものだ。だから私はこう宣言しよう。綾崎シズクはチートを行った。それは、尊敬に値する彼女の力であると」

 そう宣言したテスタメントが、改めてこちらに目をやる。シズクは力強く頷いて、宣言した。

「そうだよ。これこそがチートの力だ」

 自信満々で己のチートを誇り、敗者にどや顔を決めるシズクは改めてここで、テンプレート的な異世界転生主人公と呼べる存在になった。尤も、リクはどうにも納得していない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...