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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

趣味と実益/2:呼吸を止めて2週間、真剣な目を続けてほしい

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 あくまで理論上の話だが、我々が数年に渡って苦しみ、今なおその爪痕を忘れさせないかの疫病は、実のところ、たった1ヶ月で根絶が可能だった。これは感染初期に限った話ではなく、今この瞬間でもその方法を取れば世界から根絶が可能である。それは、全世界のすべての人間が2週間自室に閉じこもり誰とも交流を行わないことだ。この時に発症していたものが全員完治すれば、晴れて地球上からウィルスの脅威が消え去る。それでも、これが机上の空論にもならない夢物語であることは誰にでも想像できるだろう。

 そもそも2週間自室に閉じこもれと命令されてもそれは難しいと感じるのが多くの人の感情論であり、従わない人間が少なからず存在してしまう以上、それがさらに命令を拒否する動機を強化する。単純な心情のみではなく、2週間経済活動を停止することはすなわちその間の収入がゼロになるということであり、また、電気ガス水道と言ったインフラも停止することになる。それは事実上様々なインフラに依存しきった文明人に対する死刑宣告に等しく、2週間閉じこもれという命令は実質2週間息を止めろという命令であるとも言える。共産党による一党独裁がその無茶な命令を可能にしてしまっていたかの国にしても、実際国内での感染拡大はゼロにはできなかった。この考え方は誰もが思いつく簡単で絶対的な解決法だったが、実際のところもう少しだけ先を考えればどうシミュレートしても成功するはずのない愚策であることがわかってしまう。

 ただ、それはあくまでインフラに骨の髄まで依存し、現状の生活を維持するため資金コストが非常に高く2週間の無収入が死に繋がってしまう現代人だからの話であり、10世紀前後の文明水準のこの世界ではその愚策を実現することが可能だ。もちろん、別に大丈夫だろうと勝手な判断を行う人間の感情を抑制することは難しいだろうが、それはこの街1つの問題ならば治安維持組織による監視と暴力でクリアできる。シズクはそれをやると宣言していたのだ。

 しかし、リクにとっては幸いなことに、幼馴染がその暴挙を現実に行うことはなかった。何故なら、同じことを行う組織が既に存在していたからだ。それは驚くべきことに、豚玉ループとオークの群れだった。

「どういうことなの……? マッチポンプってわけ?」
「何してるブー! 家に戻……あ、勇者シズクブー! ラーメン毎日美味しくいただいてるブー!」

 とてとてとコミカルな足取りで駆け寄ってくるループは、とてもではないが想像していた悪しき切れ者の姿には見えない。

「いやいや、これ、あなたの策略だよね? パンデミックによる人類根絶、それがあなたの目的だよね?」
「そうブー。そのうち実現するとは思ってたけどホントに成功しちゃったブー。でも、今は困るブー! だって、ブーは食神決戦を楽しみにしてるんだブー! このままじゃ大会は中止になるブー! それは嫌だブー! だから今回は流行を抑えきるブー! どうせそのうちまた発生するから、また今度でいいブー!」
「公私混同すごいね」

 シズクの想像の中の魔王は、一切の感情を廃し世界に対して最も合理的な方法を選択するサイコパスすら通り越した無感情のマシンである。故に、その魔王によって作られ統制されている魔物もまたそうであるはずだと考えていた。だがそうではなかった。彼らにもまた人間と同じ感情が存在し、それが合理的な計画に待ったをかけている。これは明らかにおかしい。もしも魔王が本気で人類を根絶する決意をしたのならば、まずは世界の魔物からも感情を抹消するべきで、魔王にはそれが技術的に可能だったはずなのだ。

 そして、それをせずに計画を進めようとした時、こうして理想的な行動が感情によって阻害されてしまう事態が発生することは想像に容易い。なら、魔物から感情を奪わなかったことには、何か理由があるはずだ。果たしてそれはなんなのか。そう考え込むシズクを、影から現れた人物が諌める。

「シズク。宿に戻れ。理由の説明が必要か?」
「テスタメントさん?」
「ループ、ここは任せてもらおう。お前は街の見回りを続けてくれ」
「わかったブー!」

 どたばたとコミカルな走り方で去っていくループの背中に一瞬唖然とするが、感情をリセットしてテスタメントに問いかける。

「どこまであなたの入れ知恵なの?」
「どうだろうな。ともあれ、ウィルスという不可視の存在を説明しよう」
「いや、それは知ってるから不要。むしろ、何か私に手伝えることはあるかな」
「そうだな、ならば……少し付き合ってもらおう。あの男は何故か私の言葉に耳を貸さないのだ」

 ここでようやくシズクも今回のパンデミックの引き金を引いた存在に対する予測が確定する。こんな形で決着がついてしまうのは残念ではあるが、それ以上に言葉ではとても言い表せない憐憫さが湧き上がってしまう。あの発明王は、異世界でもテスラに勝てないのだ。
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