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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

伝承と神話/3:正解率1%の絶望に挑め

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 それから何部屋か仕掛けのクリアし先に進んでいくことになる。リクをして、もしも仮に元の世界に戻ることができたらこいつのスイッチにゼルダを入れておこうと思う程度にはさくさくと仕掛けをクリアしていくシズク。一体このダンジョンの仕掛けには何の意味があるのかと悩むシズクだが、その反面わりと楽しそうに仕掛けに挑んでいたので、おそらくそれがこの仕掛けの意味なんだろうなぁなどと思うばかりだった。

 そうして次の部屋に進んだ一同は、そこがこれまでのダンジョンの雰囲気と違うことに身構えること。石造りのダンジョンの中だというのにオセアニアのマングローブ林を思わせるような水の流れの中に熱帯性植物が自生している。ここまでのダンジョン内の植物が岩の隙間から勝手に生えてきていたようだったが、ここに関しては明らかに人為的に作られているように感じる。その上、建設から数千年が経っているはずなのにしっかりと調和の取れた美しさがあり、それは間違いなく、この部屋が今も誰かに管理されている箱庭であることを暗示していた。

「一応聞くけど、このダンジョンを管理しているギルドとかはないんだよね?」
「そう聞いている。というか、こんなダンジョンの奥、私達でなければ来れないだろう」
「そうですわねお姉様。第一、これまでの仕掛けのほとんどが直近で解かれた形跡がありませんでしたわ」
「でも明らかに管理されている部屋だよねここ。なら、誰が管理しているっていうの?」

 その問いかけに呼応するかのように、一体の神話的異形が姿を現した。それはどう見ても人間ではなかったが、魔物のような不快感や不安感を覚えない。ただ、その立ち振舞は明らかな格上であり、それが少なくとも今の人類が神と崇めるしかない存在であることは誰も理解できた。

「よく来た」

 それがチートによる翻訳なのかはわからないが、少なくともそれは人の言葉を喋った。それが敵意の表明ではなく歓迎の言葉だったことは胸をなでおろす他ない。シズクは改めて頭を下げる。

「人間、綾崎シズクと申します。神域に無許可で足を踏み入れた無礼をお詫び致します」

 基本的に目上の人間にも滅多に敬語を使わないシズクだったが、そんな彼女が敬語を使用してしまうほどこの相手には敬意を、いや、畏怖を感じていたのだろう。

「良い。久々の人間の訪問で、我もうれしい。何か手土産を渡そう」
「それはありがたく存じます」

 そう言うと相手は両手と思われるような部位を前に差し出す。そこには何もなかったはずなのに、気づけばその片方には黄色の果実が載っている。バナナである。

「素晴らしく完熟しておりますわね。とても美味しそうですわ。これを使えば最高のスイーツが作れてもおかしくありませんわね」

 喜ぶリンネに対し、シズクの表情は渋い。バナナを受け取ろうとするリンネを片手で制し、相手のもう片方の部位から何が現れるかを待つ。数秒の間を置いてそこに石が現れたのを確認し、シズクは必死でため息をこらえて笑顔を作った。

「ありがとうございます。この石をいただきます」

 その場にいる全員が気でも狂ったかとシズクを見る。その石は明らかにただの石。宝石の類でもなんでもない砂岩だ。イルマは改めてその石を見つめるが特に魔力のようなものは感じられず、同じくリンネもその石を見つめるが生物化石が含まれているような気配もない。本当にただの石でしかない。

「お、おい。俺達は食材を……」
「リク君は黙ってて」

 リクを黙らせ石を受け取ると、相手はどこか満足気な雰囲気のまま消えていった。数十秒の間を置き、その気配が消えたこと、周囲に隠れている様子もないことを確認し、改めてここまで我慢していたため息をついてから石を投げ捨てた。

「折角の貰い物ではないのですか?」
「あんな石ころに価値なんかないでしょ」
「それでは何故あんなにも美味しそうなバナナではなく石ころを?」
「まぁ、これが神様の靴を舐めるってことなのかな」

 バナナ型神話とは、オセアニアを中心に広く語られる神話体系の1つであり、見るなのタブーと同じく人類種の共有されるアーキタイプである。神話において創世神は人類に石を与えた。人類は「こんな石は必要ない、それよりそのバナナをくれ」と訴えバナナを受け取るのだが、これは創世神によるひとつの試験だった。創世神は言う。「お前たちはバナナを選び、不変にして永劫である石を捨てた。今日よりお前達には寿命が定められる」と。

 日本神話にも同様の話が記載されている。古事記における、木花咲耶姫命と磐長姫命の神話である。後の天皇にその血を繋げることになる天孫瓊瓊杵尊は、国津神である大山積神から二人の姉妹を嫁として貰い受ける。この姉妹、木花咲耶姫命は絶世の美女だったのに対して、磐長姫命はひどく醜かった。お前のような醜女を側におけるか、私は木花咲耶姫命だけいればよいと言って磐長姫命を送り返してしまったことに一人残った木花咲耶姫命はため息をつく。「私はあなた様の繁栄の象徴であり、姉はあなた様の長寿の象徴でした。姉が去った今、あなたの命はもはや不変の物ではなく、また私の命もすぐに尽きてしまうことでしょう」と。

 他にも、ギリシャ神話やギルガメッシュ叙事詩、仏教やグノーシス主義、さらには旧約聖書の中にも同様のエピソードが形を変えて存在している。明らかに価値があるもののすぐに消費されてしまうバナナに該当する物と、実際無価値であるがそこには何かしらの意図が込められた石にあたる物の二択。この二択を人類はいつも間違えてきたのだ。

「まぁ、既に人類には寿命が存在している。そういう意味ではバナナを選んでも良かったのかもしれない。彼が『久々』と言ったということは、おそらく遥か過去に人類はこの二択を間違えているわけだしね。でもね、さっき話したでしょ。正体を理解することもできない神にしか見えない上位存在を前にした時、私達は彼らの期待に答える愛玩動物でなければならない。自分の望みではなく、彼らが満足する物を選ばないといけない。それが現状の生存戦略なんだよ」
「なるほど。本音は?」

 そう聞かれたシズクはきょろきょろとあたりを見渡し、左手の手のひらで右手を隠すように覆った後で、リクにだけ見えるように中指の立てられた右手を示した。
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