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第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

ユートピアとディストピア/2:佐藤栄作曰く。持たず、作らず、持ち込ませず

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 大量の水が流れる音が響く。一同を乗せた水力駆動式のエレベーターは、ヒロザの事務所があった中層階を既に3分前に通過しており、やがて地上600m、155階にてその扉を開いた。

「なんだここ、真っ暗だぞ。窓がないのか?」

 困惑する一同の前で燭台に火が灯り、そこから伸びる一筋の灯りが一匹のネズミを照らす。

「この街も変わらないな。どうした? 必死でハム車を回すゴールデンハムスターを見るような目で俺を見やがって。忘れちまったのか? 俺だよ俺! 魔王直属八苦が一体、偽王ネスだよ!」

 その決め台詞と同時に一斉に燭台に火が灯され、左右に待機していたおびただしい数のネズミが飛び出し、ネスの前でラインダンスを始めた。

「全世界のネズミ大好き女子高生の皆さん大喜びのねずみ算ジョーク、まずは2匹のつがいから。魔王様が住まう魔王城は世界一高い山の山頂。そこまでの案内を俺にお願いしたいって? 申し訳ないが、それはちょっと難しいな。俺は方向音痴だし、なにより、地図チーズは食べちまったからさ」

 決め顔と同時に一瞬ラインダンスを止めたネズミ達が、ネスと同時に一斉に大声で鳴き叫ぶ。

「チュッチュワァァアアアア!!」

 ここまで唖然としていたイルマが露骨な舌打ちを打ち、楽しそうなラインダンスをしていた子ねずみ達のど真ん中に光魔法を撃ち込んだ。

「ふざけないでください。私はネズミが嫌いです」
「まぁ落ち着けよ女子高生。俺達はお互い言葉を持つ。平和的な話し合いといこうぜ」
「魔物訛りが強すぎて何言ってるのかさっぱりわかりません。保菌者は消毒します」
「まぁ落ち着き給え、イルマ君。相手もああ言っているんだし、こちらはわざわざご招待いただいたんだ。話くらい聞いてあげようじゃないか」
「カイさん、しかし」
「イルマ」

 シズクの低く落ち着いた声は、音が凍りついていたようだった。思わずどきりと心臓が跳ね、イルマはネスに向けていた手のひらを下げた。

「流石だぜ、勇者の騎士様と神農様は話がわかる」
「お褒めいただき光栄だ」
「私はあなたから神農と呼ばれることを認めたつもりはない」
「これは失礼。では、なんとお呼びすれば?」
「タダ飯食いのシズクとでも」
「オーケー、シズク」

 偽王ネスはジャイアントラットの魔物であるが、その体は他の個体のゆうに5倍。立ち上がると1mになる姿は、ネズミそのままの外見にしてはかなりの巨体に感じる。その巨体の全身を使って大げさなジェスチャーで会話を行うその姿は、まさに道化、トリックスターと呼ぶにふさわしい。

「それで? わざわざご招待いただいた要件は?」
「魔王様との戦いのことだ。シズクはもう知ってるかもしれないが、俺達魔王直属の七難は、今は魔王様の元を離れて好きにやらせてもらってる。で、そんな俺からの提案だ。魔王様を倒そうとするのはやめてもらえないか?」
「断る。と、言った上で理由を聞こうか」
「そんなものシンプルだ。魔王様は人間の未来を考えて、共存共栄を願っている。アスクレの祭壇を提供したことがその証拠だ。だいたいの人間の暮らしは、今の魔王様が魔王に就いてから格段に良くなっている。それは事実だろう?」
「そうだね。それは事実。でも、あなた達が八苦と称して人類根絶を目論むことも知っている。その共存共栄の施策も、人間の経済を支配し、最終的に梯子を外す形で簡単に人間を滅ぼそうということでしょう?」
「さて、どうだろう。だが、実際に多くの賢い人間は魔王様のお心を理解し、一部の国では軍縮も進んでいる。あんたのとこもそうだろう? 勇者の騎士」
「いかにも。おかげでマイハニーは無職に成り下がった」

 レーヌさんは王国騎士団隊長と聞いていたが、そういう事情だったのか。だとすれば、やはり現状の人類はかなりの劣勢に追い込まれている。

「とにかく、俺から言えるのは、俺達魔物の言葉と態度の両方を信じて欲しいってことだよ。俺達魔物はみんな、ジョークを言うが嘘をつかない。お前と同じだろ? シズク」
「そうだね。嘘はつかないけど、秘密は喋らないところもいっしょみたい」
「秘密は全国の女子高生の武器だろう?」
「ごめんね、私、大学院生だったの。あなたのストライクゾーン上すぎるかな?」
「いいや、犯罪者にならないで済むのはむしろありがたいぜ。一階下のラウンジで夜景を見た後、俺の部屋に来ないか?」
「濃厚接触者になってイルマから焼き払われるのはちょっとなぁ」

 軽口を叩き合うようだが、誰もシズクにツッコミを入れない。それは、彼女の言葉が今まで聞いたこともないほど冷たく、殺意に満ちているためである。

「それならやっぱり、このアトランティスが住処や食べ物にくわえてあらゆる物が手に入る楽園になってるのは、あなたの仕業?」
「そうだ。俺から人間への誠意だよ。魔王様はアスクレの祭殿を提供したが、金は魔物を倒して稼がなければならない。もちろんその中で命を落とすやつも多い。まぁ、人間は神から労働を宿命付られてるって聞いたから、魔王様もそれを汲み取ってるんだろうが、俺は神ってやつがあんまり好きになれなくてさ。その一点で魔王様と袂を分かってる。いいじゃねぇか、なんでもタダでくれてやって。俺の力じゃこの街1つが限度だが、少なくとも俺はこの街の全員が困らないように住処と物資を無制限に提供している」
「それは嘘だな。僕たちは既にアトランティスの一部に広がるスラム街を見ている」
「ううん、カイさん、それは違う。魔物は嘘をつかない。住処も物資も間違いなく十分すぎる量が用意されているはず」
「それはおかしい。なら何故スラム街などができる」
「あの人達は自分の意志であそこにいる。そうだよね?」
「あぁ、そうだ。その辺、所詮俺も魔物なんだな。人間の心はちっとも理解できねぇ。なぁ、シズクは何故かわかってるんだろう? 教えてくれよ。俺はこの街を楽園にしたいんだ。人間を幸せに繁栄させたいんだよ」
「そうだね。そうなんだろうね。で、これは何回目?」
「さてな」
「やはりね。あなたは私が殺す。みんな下がって」

 そういってシズクがイルマと同じように手のひらを開いてその先をネスに向ける。これまでの彼女からは信じられない様子に驚く一同。それはリクも同じである。なんだこれは、ハッタリなのか? シズクの魔法はただの回復魔法。今この場では即効性を持たないはずだ。

「へぇ、その力、使っていいのか? 死神さんよ」

 ハッタリだと理解しているのか、ネスは微動だにせずシズクに返す。一方のシズクは、一瞬だけ瞳孔が大きく開いた。

「あんたにその力を使う覚悟があるのか? あんたはその力が、誰よりも嫌いな人間なんじゃなかったのか? フライモスキートに使ったような平和的な手段はいざ知らず、それを破壊に使うことを認められないんじゃないのかい?」

 突き出された手が震えていた。イルマはその様子に、改めて確信した。やはりもう、シズクさんは私達の中で最強だった。でも、この人はその力を絶対に使えないのだと。

「どうした? やらないのか? あんただけはわかってるんだろう? 見えてるんだろう? ならここで俺を殺さないと『また』後悔するぜ」

 シズクの体が揺らぐ。気付けば額からは汗が流れている。

「何故、あなた、は、私の……」
「何人覚えた? 105名全員、暗唱できるようになったか? 抜き打ちテスト、オーケー?」
「っ……!」

 がくがくと体が震え始める。イルマはもう、見ていられなかった。

「シズクさんどいてください。私が殺します」
「待てイルマ! おい、シズク! どうしたんだよ!? お前なんかおかしいぞ!」

 ふらりと倒れかかったシズクをリクが抱える。その呼吸は荒かった。

「なるほど、そういうことですのね」
「リンネちゃん?」
「プラトンが自著、ティマイオスとクリティアスに記したアトランティス人の特徴にこうありますわ。彼等は、言葉を発さずともわかりあえる、すなわち……テレパスが使用できた、と。あなた、心を読みますのね」

 ネスはにやぁと笑い、とんとんと指で頭を叩く。

「そうだよ、変態のお嬢様」
「ド畜生風情から見れば発情期の存在しない人間は全員変態ですわ。もうその薄汚れた保菌精神で、シズク先生に触れないでくださいまし。これ以上数が増えないよう、あなたの生殖器も切り落として差し上げますわ」

 ここで改めてカイとレーヌもロングランスを構える。

「交渉決裂だ。最初から決裂していたがね。おそらく全員の総意だろう。偽王ネス、ここで討たせてもらう」
「そうかい。まぁ、そうだな。勇者の騎士様なら、というか、そっちのサイコパス系女子高生一人でも俺は殺せるよ。俺は平和主義のクソ雑魚ネズミだからな。だが、俺は平和主義で博愛主義だから忠告してやる。俺を殺さない方がいい」
「本当に口から生まれたようだね、君は。辞世の句代わりなら聞いてやろう」
「アトランティスの人間は全員俺に感謝の心を示しながら生きている。これがどういうことかわかるか? そう、俺を殺すことは、アトランティスの人口96万全員を敵に回すってことだよ。死に際の辞世の句は96万人全員にテレパスで聞かせてやる。さ、やれよ。魔物を殺す覚悟があるんだ。人間を殺す覚悟もあるだろう? 勇者の騎士様よ」

 七難の一体、偽王ネスは個体の戦闘力では蛾王ルーヒに続く七難下から2番目で、そのひとつ上との間には極めて大きな差がある。彼がその1つ上に勝つなど、100万光年早いと言えるだろう。だがそれでも、対人間との戦闘において、偽王ネスは間違いなく七難最強である。何故なら、人間がその体内に、心という器官を持つからだ。

 それからしばらくのにらみ合いが続いたが、やがて背後からごとんと大きな音が聞こえる。同時に水が流れる音が静寂を犯した。

「おかえりはあちらだ。またいつでも遊びに来てくれ」

 そうしてエレベーターに乗った一同を、ネスとラインダンスを踊る子ねずみ達がドアが閉まる最後まで見送った。

「どうでしたか、今日のジョークの大繁殖は? ご唱和ください、いくぞっ! 白! 発! チュ~~~ッ」

 それは紛れもなく、完全敗北という屈辱だった。
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