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第Li章:多くの美しい自然遺産を持つ異世界で何故観光産業が発展しないのか

戦争と平和/2:お父さん、そこに魔王がいるよ

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 翌朝。早朝から湖の見学に向かった105名の観光客を見送ったシズクは、旅行客名簿を整理した後、彼等の後を追った。自分の推しを堪能してくれている人たちの笑顔を見るために。そのための特等席。ヨセタム湖を一望できる小高い丘の上から、観光客達がその湖畔にたどり着くまでを見守っていた、その時だった。

「シズクさん! 今すぐあの人達を引き返させてください!」
「イルマ? どうしたのその格好……まさか、あれから寝ないで……ううん、それよりもどうして? 周りに魔物はいない。あるのはただ湖だけで……」
「その湖そのものが魔物なんです! カリュブディス! 精霊種の魔物は滅多に人を襲いませんが、あれだけの人数が近寄るなら、話は別です!」
「……え?」

 その瞬間。爆発音が響いた。水面に立ち上る水柱は、湖水爆発の痕跡である。同時に湖から白い霧が溢れ出し、あたりには観光客の絶叫が轟いた。

「なに、あれ。白い霧が……包まれた人が、火傷して……ばたばたと倒れて……何の魔法? 高熱の水蒸気? それとも毒? いや、違う……あれは……あれは、ただの……」
「何ぼさっとしてるんですか! 早く走って!」
「二酸化炭素だ……」
「シズクさん! 逃げてください!」

 1986年。東アフリカのキブ湖を悲劇が襲った。火山帯の上に構築されたキブ湖の水深は深いところでは250m以上。その上層60mの部分は水の滞留によって混ざり合っていたが、それ以下では水の動きが発生せず、その湖底から滲み出る火山性の二酸化炭素とメタンをひたすらに蓄え続けた。それはまさに、自然が作り出した時限爆弾。ガス濃度が100%を超えた時、キブ湖は大爆発を起こした。これが、地獄の幕開けである。

 爆発と同時に解き放たれた二酸化炭素は、火山の火砕流並の速度で周囲に拡散。周辺の村を襲った。高濃度二酸化炭素に触れた人々は瞬時に化学火傷を発し、そのまま1分もせずに絶命。周囲の集落の住人1800名ほぼ全員の命の炎が、一瞬で消えた。

「もっと早く走ってください!」
「でも……」
「振り返らないでください! 死にますよ! 私が!」

 それはまさに、ソドムとゴモラの悪夢そのものだった。湖から広がる二酸化炭素ガスの進行速度は時速100km/hを超えていた。もしも振り返っていたら、シズクはそこに魔王の姿を見ていたことだろう。何故顔を隠すのか。そこに見えないの? 魔王がいる、怖いよ。いいや、それは狭霧である。可愛やいい娘じゃのう。じたばたしてもさらっていくぞ、と。

「どうしたんだ!? 何があったんだ、さっきの爆発は!」
「リクさん! 早くポータルへ! 逃げるんです! ここ以外のどこかへ!」
「イルマ!? 説明しろ! それに、逃げるならせめて荷物を!」
「あぁもう! 早く!」

 ホテルのフロントで金勘定をしていたリクの手を引いたイルマは、その場から数十枚の紙束のみを回収し、ポータルの前で呆然と立ち尽くすシズクと合流する。

「まだ飛んでなかったんですか!? どこでもいいです! 早く!」
「ダメだよ、イルマ。私は飛べない」
「何故です!?」
「だって……この村の人たちはみんな、このワープポータルをまだ使えない」

 その言葉にイルマの顔もまた醜く歪む。そのとおりである。ワープポータルを利用するには、別のワープポータルを登録していなければならない。そして、この村のほとんどの人々はまだ、外の村との交流を行っていない。つまり彼等は、命の未来行きチケットを持たないのだ。

「この……バカシズク!」

 イルマの手が強引にシズクの手を引き、ワープポータルを起動。それと同時に、二酸化炭素の霧が村に死の抱擁を果たした。
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