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第He章:人類根絶に最適な魔物とは何か
機械と魔法/1:東洋では修行を積めば誰でも手から放射線を出せたのかもしれないから私は普通ですと彼女は言い張る
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豊かな荘園の中を進むキャラバン。砂漠と草原地帯が川や山などの緩衝地帯を挟まずに並ぶことは地形として珍しい。何か、このあたりの土に秘密があるのだろうか。そんなところを思考のスタートラインに、イルマと遊んでいる時以外は下ばかりを見て歩いていたシズクは、進むにつれ水たまりが増え始めたことに気付く。このあたりの土は水はけが悪いのだろうか。キャラバンの移動が休憩に入ったところで、手際よく面々に今日の一杯を振る舞った後、シズクはキャラバンを離れて水たまりの調査を開始した。
深さはそれほどではない。川の氾濫の結果や、湧き水によるものではなく、雨によって出来た本当の意味での水たまりだ。魚の姿はなく、まだ生物圏が構築されてまもない環境にある。ここで水底の土を採取したところで、シズクはそれがやけにべとついていたことに気付く。直近の街での体験もあり、嫌な予感を感じてイルマを呼び寄せた後でこのべたついた土の正体について様々な角度からの考察を行った結果、ひとつの仮説に至る。
「ゴムかなぁ、これ」
「木の樹液ですね」
「あ、知ってるっていうことはあるんだね。でも、周りにゴムの木はないし……それだと、ゴムじゃないんだろうけど……」
一度仮説を棄却し、別の可能性を模索しようと思い立った時。キャラバンの方から悲鳴が響いた。
「シズクさん!」
「何かあった。戻るよイルマ。必要だと判断したらすぐ攻撃を」
「もちろんです」
駆け出した二人が見たものは、それまでなかったはずの低木林だった。いつの間に生えたのか? その答えはすぐに判明する。低木林が、動いているのだ。
「トレントの群れです!」
「木の魔物? 群れを作るんだ」
「いえ、通常のトレントは群れを……」
「あ、ごめん。今はそれより」
「はい!」
イルマが魔法攻撃を開始する。ここで一度時計の針を戻し、パルマの街でシズクが急性放射線障害を起こす前日の様子に目を向けてみよう。
「まずはベッドの縁に座って、自分の手を膝の上に置いてください」
「うん、置いてみた」
「膝の上が暖かくなりますか?」
「そうだね。もちろん」
「それが魔法です」
イルマから魔法の基礎を習い始めて、すぐにシズクの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。とても複雑であるか、もしくは極めて感覚的であるかだと思って覚悟はしていたのだが、ここは後者のようである。
「手の暖かさが魔法なの?」
「そうです。元来、人間の手は物を掴むための部位ではなく、魔法を放つための部位であると考えられています」
「なにそれ。じゃぁ猿は、魔法を使うために二足歩行に進化したってこと?」
「しんか……?」
「あぁ、ごめん。それは後で話す。それで? 確かに手は暖かいけど、私に魔法は使えないよ」
横道に逸れそうな話題をたたみ、壁の反対側からの続きを促す。
「では、ほんの少しだけ手を膝から離してください。ほんの少しです」
「うん。それで?」
「この時、まだ膝に手の暖かさが届くなら、その隙間に魔力が満ちています。この暖かさが届く距離が、シズクさんの魔法の射程です」
この説明は一見するとかなり感覚的なものに思えるが、シズクの知識は類似例からの合理的裏付けを発見する。
「あぁ、なるほど。かなりわかった。つまり、この世界で魔法と呼ぶ現象は、私達の世界における東洋医学の、気功なんだ」
「きこう?」
「これは本題かもしれないから、少し東洋医学の話をしようかな。私達の世界では、医学が2つの分野にわかれて研究が進んでいた。病気の正体を細菌やウィルスによるものだと定義し、カビや植物由来の成分を抽出して薬を作る派閥。ようはイルマがやってきたことと同じ。この派閥が、最終的に世界全体で主流派となる西洋医学だね。一方の東洋医学は、人間の体には気の流れがあり、これが体の回復力を増進するとされていた。丹田、チャクラとも言われる部分から体に循環する気の流れを正常化させ、また、一部の達人は自らの気を手から放射し相手に分け与えることで、西洋医学では長らく対処できなかったがんを始めとした不治の病すら回復させていた。実際に東洋医学は、西洋医学以上に効果を示せていたんだ。でも、西洋医学の仕組みは科学的に証明ができた一方、東洋医学は証明できなかった。結果的に、東洋医学はオカルトやスピリチュアルとして知識的迫害が行われ、その知恵も失われていったというのが私達の世界の歴史」
「なるほど。ならば、それは魔法と根源が同じかもしれません。先程説明した魔力を高める方法は、自らの体の中に渦巻く魔力の流れを制御することですから」
「チャクラの開放、気脈の整備だね。同じみたいだ。東洋医学が発展を続ければ、私達の文明に機械化ならぬ魔法化の時代が訪れていたかも知れないってことかぁ。エレナ・ブラヴァツキーの東洋神秘主義思想が潰えたのが、時代の分岐点なんだろうなぁ」
「つまり、ごく一部の人しか使えない魔法よりも、誰でも使える便利な道具が選ばれたということですか?」
「そういうこと」
魔法の正体と、現代人が魔法を使えない、もとい、使う必要がなくなった理由がなんとなくわかり、科学の子として知識を会得していったシズクは複雑な思いにもなる。
「魔法の基礎理論はだいたいわかった。でも、これを成長させることでイルマみたいに光を操ってビームを発射したり、前に聞いたみたいに水を操ったりっていうのは少し考えにくいんだよね。気の存在はある程度信じられるんだけど、これって熱放射エネルギーであって、それで光のフォトンはまだしも、水分子なんかを操れるってのはとても信じられないよ」
「それは違います。魔法は熱じゃないです。あくまで副次効果として熱も出ているだけです」
「あぁ、はいはい。物理学ありがち。それで、なら魔法の本質ってなんなの?」
「自己実現と、自己以外への影響力の行使です」
「うわぁ、なんか一気にスピリチュアルでよく聞いた言葉が出てきた」
「やっぱりシズクさんの世界にも魔法使いはいるみたいですね」
「まぁ、いるんだろうね。尤も、私の世界では魔法使いよりも詐欺師の方が多かったと思うのだけど。そう考えると、現代において魔法の発展にトドメを刺したのは、西洋医学派閥でもなければ科学至上主義でもなく、資本主義経済の呪いと終末思想への傾倒なんだろうなぁ」
実際問題、そういったスピリチュアルを語る人のところを渡り歩けば、現代でも魔法は習得できたのだろう。習得よりも早くに個人資産が尽きるか、怪しげな神への信仰心に支配されなければ、であるが。
「でも、そういうスピリチュアルに聞こえる話、自己の望みを他者に投影するなにかしらのエネルギーに関しては、最近量子力学で語られ始めてきたところだったんだよね。最近の量子力学、少し前の超心理学の流れを受け継ぎがち。所謂超能力の研究が、人間の心理から量子の世界に移動したってのは、また面白い学問の飛躍だと思ってたんだよねぇ」
「やっぱり魔法使いがいたんですよ」
「いたんだろうねぇ。それで、魔法の強化は理論の学習が必要で、でも完璧に理解した瞬間に魔法が失われるっていうのは、ほんとに状況をややこしくする。東洋医学の力を高めるのは西洋医学の理論だけど、西洋医学に支配された瞬間に東洋医学の力は失われるってことだ。これ方程式にできるね。やっぱり宇宙は全部数学で書かれている。よし、わかった。かなり納得できた。それじゃぁ、これからどうしたらいいのかな」
「体内の魔力の流れを整え、射程距離を伸ばすことからはじめましょう。まずは体、特に、腕の筋肉をよくマッサージした後、落ち着いた姿勢で目を閉じて集中して……」
そんな流れでシズクは手から放射線を出せる人間サイクロトロンとなった。東洋医学が気功でがん治療を行ったことこそ、気の正体が放射線である可能性を示唆していたからだ。理屈を信じることができて、だいたいの修行法もわかる。けれど、そもそも何故手から放射線を出せるのかはわからない。このシズクの認識が、この世界で魔法使いになれる条件だったのだ。
それはともかく、状況を今に戻そう。連射されるイルマの魔法が、トレントをただの丸太に変えていく。傍目にも戦闘は順調に推移している、ように見えるのだが。
「おかしいですね」
「どうしたの?」
「あのトレント、弱すぎます」
「どういうこと?」
「弱すぎるんです。ともあれ、おかげでだいぶ殲滅できました。もうシズクさんの危険もそれほどありません。キャラバンに合流しましょう」
キャラバンに残る一同の身を案じつつ走る。その心配は完全な杞憂に終わり、護衛の騎士団もリクも既に戦闘を終えている。どうやら損害はないようだ。
「リク君、無事?」
「あぁ、そっちも無事だったか。なんてことない。俺は剣士としちゃ間違いなく世界最強なんだぜ」
「虎の威を借るなんとやら」
「この力はもう俺のものだ!」
「はいはい。でも、どうやらリク君が強いんじゃなくて、敵が弱かったみたいだよ。ね、イルマ」
不機嫌になるリクを無視してイルマの話を聞く。
「はい。魔王が作り出した魔物にしては弱すぎます。魔王は魔物を完全な状態で作りますから」
「ん? それってつまり、魔王が作る以外の魔物がいるってこと?」
「もちろんいますよ。魔物だって、普通の動物のように自己繁殖しますから」
「あぁ、なるほどね。で、魔王はいきなり成体で戦闘力もある魔物を作るけど、通常の繁殖によって増えた個体は成長に時間がかかるし、戦闘技能の習熟も必要があるってわけだ」
「そうですね。今回のトレントはサイズが大きくありませんし、動きも鈍く、魔法も使えなかった。人間で言うならば、子供にまともな武器も持たせずに突撃させたようなものです」
「そう聞くとなんか痛ましいなぁ。ん……ねぇ、イルマ、これ」
トレントの死体から流れる白い液体が地面を包んでいく。それは、先程確認したゴムのように見えた。
「ゴムですね。このトレントはゴムの木由来みたいです」
「なるほど。でも、このトレントの死体、消えないしお金にもならないね」
「はい。自己繁殖した個体はそうなります」
「そうなんだ。でもむしろうれしいことだね。だって、ゴムが採取できるんだもん。超貴重品だよ。これが欲しくて列強はアフリカを植民地化していったんだよねぇ。やったね、ギルドの人たちも、商売に困らなそうだよ」
と、笑顔のシズクだが、騎士団もイルマもどこか不思議と困ったような表情を返すのみである。シズクがその様子に首を傾けると、イルマがおずおずと質問する。
「あの、このゴムは、何に使えるんですか?」
「あ……」
産業革命以後、ゴムの価値は飛躍的に高まった。内燃機関を利用した自動車のタイヤとしての用途が誰の頭にも登るものであり、現代における自動車産業の広がりを考えればそれだけでゴムの価値はわかりそうなものであるが、石油で溶かしたゴムを布地に染み込ませるという技術によって生まれるゴム長靴、ゴム手袋などでお馴染みも防水布も忘れてはならない。さらにはこれに加え、電気の発見に伴い絶縁体としての性質を持ったゴムには新たな価値が付与されるに至り、近代産業に必須の戦略素材となった。
しかし、この世界にはまだ内燃機関がない。もちろん電気もない。そしてなにより、この世界には石油がない。つまり、この世界のゴムの価値は、極めて低いと言わざるをえなくなるわけだ。
「つまり、資材にできず、いつもの魔物みたいにお金も落とさない……ただの邪魔者ってこと?」
「そうですね」
「うわぁ」
べたついた地面に不快感を示しつつ、シズクはため息をついた。とはいえ、元々魔物とは人類に敵対的な存在であり、これが普通であると言えばそうなのではあるが、今回の襲撃に対してイルマにも騎士団にも納得がいかない点があるようだった。
「しかし、こんな襲撃はおかしいのです。魔王配下の魔物は人間を見ると必ず襲いかかりますが、自己繁殖した個体は成長しきるまでは我ら騎士団を恐れ、人に襲われないように隠れて暮らすのが普通です」
「さらに、先程も説明仕掛けましたが本来トレントは群れを作りません。未成熟のトレントが群れを作って人間を襲う。これは異常です」
「確かに。実際簡単にやられちゃってこちらに被害も出せてないわけで、まるで集団自殺だ。自殺する生物は人間以外に存在しないはず」
「レミングは?」
「あれは都市伝説っていうか、フロリダのウォルトさんが若い頃にやらかした風評被害」
「まじか。知らなかった」
レミングなる齧歯目のネズミが海に飛び込んで集団自殺する場面を残した有名なアカデミー賞受賞作品「白い荒野」は、後に世界で最も著作権で儲けることになる男による「やらせ」であったことは一部では有名である。
「魔物の生態にも、何か異常が起きるのかなぁ。なんか居た堪れない思い」
「今回一件のレアケースでないことは、このあたりの土を見ればわかりますからね」
この不自然さはシズクの好奇心を刺激するには十分すぎるものであったが、今はキャラバンの移動が最優先。多少なり後ろ髪を惹かれる思いが残れども、結局はこの場を離れての移住の旅が続いていく。
深さはそれほどではない。川の氾濫の結果や、湧き水によるものではなく、雨によって出来た本当の意味での水たまりだ。魚の姿はなく、まだ生物圏が構築されてまもない環境にある。ここで水底の土を採取したところで、シズクはそれがやけにべとついていたことに気付く。直近の街での体験もあり、嫌な予感を感じてイルマを呼び寄せた後でこのべたついた土の正体について様々な角度からの考察を行った結果、ひとつの仮説に至る。
「ゴムかなぁ、これ」
「木の樹液ですね」
「あ、知ってるっていうことはあるんだね。でも、周りにゴムの木はないし……それだと、ゴムじゃないんだろうけど……」
一度仮説を棄却し、別の可能性を模索しようと思い立った時。キャラバンの方から悲鳴が響いた。
「シズクさん!」
「何かあった。戻るよイルマ。必要だと判断したらすぐ攻撃を」
「もちろんです」
駆け出した二人が見たものは、それまでなかったはずの低木林だった。いつの間に生えたのか? その答えはすぐに判明する。低木林が、動いているのだ。
「トレントの群れです!」
「木の魔物? 群れを作るんだ」
「いえ、通常のトレントは群れを……」
「あ、ごめん。今はそれより」
「はい!」
イルマが魔法攻撃を開始する。ここで一度時計の針を戻し、パルマの街でシズクが急性放射線障害を起こす前日の様子に目を向けてみよう。
「まずはベッドの縁に座って、自分の手を膝の上に置いてください」
「うん、置いてみた」
「膝の上が暖かくなりますか?」
「そうだね。もちろん」
「それが魔法です」
イルマから魔法の基礎を習い始めて、すぐにシズクの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。とても複雑であるか、もしくは極めて感覚的であるかだと思って覚悟はしていたのだが、ここは後者のようである。
「手の暖かさが魔法なの?」
「そうです。元来、人間の手は物を掴むための部位ではなく、魔法を放つための部位であると考えられています」
「なにそれ。じゃぁ猿は、魔法を使うために二足歩行に進化したってこと?」
「しんか……?」
「あぁ、ごめん。それは後で話す。それで? 確かに手は暖かいけど、私に魔法は使えないよ」
横道に逸れそうな話題をたたみ、壁の反対側からの続きを促す。
「では、ほんの少しだけ手を膝から離してください。ほんの少しです」
「うん。それで?」
「この時、まだ膝に手の暖かさが届くなら、その隙間に魔力が満ちています。この暖かさが届く距離が、シズクさんの魔法の射程です」
この説明は一見するとかなり感覚的なものに思えるが、シズクの知識は類似例からの合理的裏付けを発見する。
「あぁ、なるほど。かなりわかった。つまり、この世界で魔法と呼ぶ現象は、私達の世界における東洋医学の、気功なんだ」
「きこう?」
「これは本題かもしれないから、少し東洋医学の話をしようかな。私達の世界では、医学が2つの分野にわかれて研究が進んでいた。病気の正体を細菌やウィルスによるものだと定義し、カビや植物由来の成分を抽出して薬を作る派閥。ようはイルマがやってきたことと同じ。この派閥が、最終的に世界全体で主流派となる西洋医学だね。一方の東洋医学は、人間の体には気の流れがあり、これが体の回復力を増進するとされていた。丹田、チャクラとも言われる部分から体に循環する気の流れを正常化させ、また、一部の達人は自らの気を手から放射し相手に分け与えることで、西洋医学では長らく対処できなかったがんを始めとした不治の病すら回復させていた。実際に東洋医学は、西洋医学以上に効果を示せていたんだ。でも、西洋医学の仕組みは科学的に証明ができた一方、東洋医学は証明できなかった。結果的に、東洋医学はオカルトやスピリチュアルとして知識的迫害が行われ、その知恵も失われていったというのが私達の世界の歴史」
「なるほど。ならば、それは魔法と根源が同じかもしれません。先程説明した魔力を高める方法は、自らの体の中に渦巻く魔力の流れを制御することですから」
「チャクラの開放、気脈の整備だね。同じみたいだ。東洋医学が発展を続ければ、私達の文明に機械化ならぬ魔法化の時代が訪れていたかも知れないってことかぁ。エレナ・ブラヴァツキーの東洋神秘主義思想が潰えたのが、時代の分岐点なんだろうなぁ」
「つまり、ごく一部の人しか使えない魔法よりも、誰でも使える便利な道具が選ばれたということですか?」
「そういうこと」
魔法の正体と、現代人が魔法を使えない、もとい、使う必要がなくなった理由がなんとなくわかり、科学の子として知識を会得していったシズクは複雑な思いにもなる。
「魔法の基礎理論はだいたいわかった。でも、これを成長させることでイルマみたいに光を操ってビームを発射したり、前に聞いたみたいに水を操ったりっていうのは少し考えにくいんだよね。気の存在はある程度信じられるんだけど、これって熱放射エネルギーであって、それで光のフォトンはまだしも、水分子なんかを操れるってのはとても信じられないよ」
「それは違います。魔法は熱じゃないです。あくまで副次効果として熱も出ているだけです」
「あぁ、はいはい。物理学ありがち。それで、なら魔法の本質ってなんなの?」
「自己実現と、自己以外への影響力の行使です」
「うわぁ、なんか一気にスピリチュアルでよく聞いた言葉が出てきた」
「やっぱりシズクさんの世界にも魔法使いはいるみたいですね」
「まぁ、いるんだろうね。尤も、私の世界では魔法使いよりも詐欺師の方が多かったと思うのだけど。そう考えると、現代において魔法の発展にトドメを刺したのは、西洋医学派閥でもなければ科学至上主義でもなく、資本主義経済の呪いと終末思想への傾倒なんだろうなぁ」
実際問題、そういったスピリチュアルを語る人のところを渡り歩けば、現代でも魔法は習得できたのだろう。習得よりも早くに個人資産が尽きるか、怪しげな神への信仰心に支配されなければ、であるが。
「でも、そういうスピリチュアルに聞こえる話、自己の望みを他者に投影するなにかしらのエネルギーに関しては、最近量子力学で語られ始めてきたところだったんだよね。最近の量子力学、少し前の超心理学の流れを受け継ぎがち。所謂超能力の研究が、人間の心理から量子の世界に移動したってのは、また面白い学問の飛躍だと思ってたんだよねぇ」
「やっぱり魔法使いがいたんですよ」
「いたんだろうねぇ。それで、魔法の強化は理論の学習が必要で、でも完璧に理解した瞬間に魔法が失われるっていうのは、ほんとに状況をややこしくする。東洋医学の力を高めるのは西洋医学の理論だけど、西洋医学に支配された瞬間に東洋医学の力は失われるってことだ。これ方程式にできるね。やっぱり宇宙は全部数学で書かれている。よし、わかった。かなり納得できた。それじゃぁ、これからどうしたらいいのかな」
「体内の魔力の流れを整え、射程距離を伸ばすことからはじめましょう。まずは体、特に、腕の筋肉をよくマッサージした後、落ち着いた姿勢で目を閉じて集中して……」
そんな流れでシズクは手から放射線を出せる人間サイクロトロンとなった。東洋医学が気功でがん治療を行ったことこそ、気の正体が放射線である可能性を示唆していたからだ。理屈を信じることができて、だいたいの修行法もわかる。けれど、そもそも何故手から放射線を出せるのかはわからない。このシズクの認識が、この世界で魔法使いになれる条件だったのだ。
それはともかく、状況を今に戻そう。連射されるイルマの魔法が、トレントをただの丸太に変えていく。傍目にも戦闘は順調に推移している、ように見えるのだが。
「おかしいですね」
「どうしたの?」
「あのトレント、弱すぎます」
「どういうこと?」
「弱すぎるんです。ともあれ、おかげでだいぶ殲滅できました。もうシズクさんの危険もそれほどありません。キャラバンに合流しましょう」
キャラバンに残る一同の身を案じつつ走る。その心配は完全な杞憂に終わり、護衛の騎士団もリクも既に戦闘を終えている。どうやら損害はないようだ。
「リク君、無事?」
「あぁ、そっちも無事だったか。なんてことない。俺は剣士としちゃ間違いなく世界最強なんだぜ」
「虎の威を借るなんとやら」
「この力はもう俺のものだ!」
「はいはい。でも、どうやらリク君が強いんじゃなくて、敵が弱かったみたいだよ。ね、イルマ」
不機嫌になるリクを無視してイルマの話を聞く。
「はい。魔王が作り出した魔物にしては弱すぎます。魔王は魔物を完全な状態で作りますから」
「ん? それってつまり、魔王が作る以外の魔物がいるってこと?」
「もちろんいますよ。魔物だって、普通の動物のように自己繁殖しますから」
「あぁ、なるほどね。で、魔王はいきなり成体で戦闘力もある魔物を作るけど、通常の繁殖によって増えた個体は成長に時間がかかるし、戦闘技能の習熟も必要があるってわけだ」
「そうですね。今回のトレントはサイズが大きくありませんし、動きも鈍く、魔法も使えなかった。人間で言うならば、子供にまともな武器も持たせずに突撃させたようなものです」
「そう聞くとなんか痛ましいなぁ。ん……ねぇ、イルマ、これ」
トレントの死体から流れる白い液体が地面を包んでいく。それは、先程確認したゴムのように見えた。
「ゴムですね。このトレントはゴムの木由来みたいです」
「なるほど。でも、このトレントの死体、消えないしお金にもならないね」
「はい。自己繁殖した個体はそうなります」
「そうなんだ。でもむしろうれしいことだね。だって、ゴムが採取できるんだもん。超貴重品だよ。これが欲しくて列強はアフリカを植民地化していったんだよねぇ。やったね、ギルドの人たちも、商売に困らなそうだよ」
と、笑顔のシズクだが、騎士団もイルマもどこか不思議と困ったような表情を返すのみである。シズクがその様子に首を傾けると、イルマがおずおずと質問する。
「あの、このゴムは、何に使えるんですか?」
「あ……」
産業革命以後、ゴムの価値は飛躍的に高まった。内燃機関を利用した自動車のタイヤとしての用途が誰の頭にも登るものであり、現代における自動車産業の広がりを考えればそれだけでゴムの価値はわかりそうなものであるが、石油で溶かしたゴムを布地に染み込ませるという技術によって生まれるゴム長靴、ゴム手袋などでお馴染みも防水布も忘れてはならない。さらにはこれに加え、電気の発見に伴い絶縁体としての性質を持ったゴムには新たな価値が付与されるに至り、近代産業に必須の戦略素材となった。
しかし、この世界にはまだ内燃機関がない。もちろん電気もない。そしてなにより、この世界には石油がない。つまり、この世界のゴムの価値は、極めて低いと言わざるをえなくなるわけだ。
「つまり、資材にできず、いつもの魔物みたいにお金も落とさない……ただの邪魔者ってこと?」
「そうですね」
「うわぁ」
べたついた地面に不快感を示しつつ、シズクはため息をついた。とはいえ、元々魔物とは人類に敵対的な存在であり、これが普通であると言えばそうなのではあるが、今回の襲撃に対してイルマにも騎士団にも納得がいかない点があるようだった。
「しかし、こんな襲撃はおかしいのです。魔王配下の魔物は人間を見ると必ず襲いかかりますが、自己繁殖した個体は成長しきるまでは我ら騎士団を恐れ、人に襲われないように隠れて暮らすのが普通です」
「さらに、先程も説明仕掛けましたが本来トレントは群れを作りません。未成熟のトレントが群れを作って人間を襲う。これは異常です」
「確かに。実際簡単にやられちゃってこちらに被害も出せてないわけで、まるで集団自殺だ。自殺する生物は人間以外に存在しないはず」
「レミングは?」
「あれは都市伝説っていうか、フロリダのウォルトさんが若い頃にやらかした風評被害」
「まじか。知らなかった」
レミングなる齧歯目のネズミが海に飛び込んで集団自殺する場面を残した有名なアカデミー賞受賞作品「白い荒野」は、後に世界で最も著作権で儲けることになる男による「やらせ」であったことは一部では有名である。
「魔物の生態にも、何か異常が起きるのかなぁ。なんか居た堪れない思い」
「今回一件のレアケースでないことは、このあたりの土を見ればわかりますからね」
この不自然さはシズクの好奇心を刺激するには十分すぎるものであったが、今はキャラバンの移動が最優先。多少なり後ろ髪を惹かれる思いが残れども、結局はこの場を離れての移住の旅が続いていく。
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