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第二章 船上の証明

三十四.五話 夢

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 夢を見た。

 昔の夢だ…俺が、アリサスと敵として出会った時の事を夢に見た。





 それまでずっと味方として接して来たアリサスが敵になる事は少し恐ろしかったが、やっとあのイケすか無い奴が殺せると思うと俺は楽しくて仕方なかった。

 砂煙上る戦場、ただただ俺は進んでいた。人が集まる場所にあのクソ女はいるハズだと狙いを付けて…。

 そして見付けた。

 何処かの娼館にでもいそうな格好をしたアリサスを、俺は見付けた。

 すぐさま手に鎌を構えて、空間魔法を使用して奴の目の前まで移動しようとしたが―――出来なかった。

「…ふふ、ふふふふ、ギルバート!あんたが敵に回るって知ってるのに対策しないと思った訳?」

 その言葉に、空間魔法を阻害する何かを使われていると判断。

 すぐに別の場所に転移を試みて、奴の周囲だけが阻害されている事を確認。

 周囲に居る奴等を掃討する為に鎌を振るう。

 鎌は何も刃物の付いた部分で切り裂くだけが能じゃない、その先端から伸びる刃物は重さを持っている。つまり、刃物と反対側の棒の部分で殴れば、遠心力も付いてかなりの威力が発揮される。

 影魔法で腕に己の影を巻き付けて、単純な身体能力を二倍にする。

 まるで木の葉を散らすが如く吹き飛んだ敵の中心に俺は居る。奴はというと、その娼婦みたいな恰好で俺にとっての味方達の視線を集め、鋭い風の刃を放った。

 当然の事、そしてそうでありながらおまけの様に一発だけ飛んできた刃を避けて鎌の石突を地面に突いて武器その物にも武器の影を纏わせる。

 少し動くだけで、陽の光に照らされた影の鎧は宙に残滓を残す。

 あまりにも敵が多いので、再び鎌を振るい敵を吹き飛ばす。共に宙を舞う影の残滓、耳に残る敵の悲鳴。

 その中でも、決して笑みを崩さずにこちらに笑い掛けるアリサスを、俺は睨んだ。

 奴の周りに総勢五十を超える火球が現れ、地面から吸い上げる様にしてその身を砂で固めた。着弾と同時に爆発する簡易的な爆弾の完成を目の前で見せられた。

「ほら、躍りなギルバート!」

 そして俺に押し寄せる爆弾の波、一度に全てを撃ち出すのでは無く。俺が避けた所に攻撃を叩き込む為に個数を分けて撃ち出して来た。

 俺としても、何も対策をしてこなかった訳では無い!

 この環境下、最も威力を発揮するのは殲滅に適した広域を攻撃する魔法だと当たりを付けていた俺はアリサスの放った火球が着弾する前に、一つ一つ着弾する順番で空間魔法で爆発を抑え込む。

 抑え込み、着弾時にはその衝撃を地面の内側に逃がす事で地表にいる人の誰も損害を受けずに済んだ。

 その時、味方の一人が遂にアリサスの眼前まで到達し切り掛かったが、それすらも難無く避けて至近距離から火球を喰らわせられて苦しみながら喉から怨嗟の声を漏らしながら死んでいった。

 焼け焦げて装備すら分からなくなった男が、まるで頭を垂れるが如くアリサスの足元に倒れ伏した。

 せめて心臓を貫くでもしてやればいいのに、なんだってわざわざあんな殺し方を…。

 そう思い睨みつける俺に、アリサスは笑みを向けていた。

 まるで、次にこうなるのはお前だと言わんがばかりの笑みだった。

 ―――上等!

 既に仲間も敵も入り乱れての乱戦状態、互いを個として認識し、個として排除しようと動いているのは俺とアリサスだけだった。

 いざ踏み込んでやると脚に力を込めたが、いつの間にか地面が水に濡れ、気持ちの悪い泥の地面になっていた。それも、仲間達は、それどころか敵さえも泥の中に足が埋まっている様子が見受けられた。

 そうか、先程の火球を作る時に使った土の外郭、あれを地表じゃ無くて地中の砂を使ったから地面が緩くなっているんだ。そこに水を咥えてた結果がこれか…。

 あの状況で次に繋がる一手を打って来ていたという事実が、鳥肌すら俺に立たせる。

 それなら俺は…単純な手段でそれを打ち破るだけだ!

 アリサスが常に欠かしていない事は俺を視界内に収めているという事だ。ならばそれが出来ない様にする事で振り出しに戻してやる。

 魔力を昂らせ、闇魔法を用いて周囲に黒いモヤを生み出す。仲間の動揺も聞こえてくるが、これで周囲50mは何も見えない暗闇の世界だ。
 
 アリサスの近くに武器も振るわずに静かに移動し、胴体を分断する勢いで鎌を振るった。

 だが、

「残念ねギルバート、視界なんて物に頼っている魔法使いの方が少ないって、知っていたかしら?」

 言葉を受けて、俺は魔力探知の能力を思い出していた。魔法使いであれば誰もが会得していると言っても良い物を、俺は失念していた。

 故に、アリサスの掌の中に生まれた火球が俺にゆっくりと向けられた瞬間、俺は幾つもの考えを巡らせて最も高速で展開出来る防御方法として闇魔法を選んだ。

 今現在、周囲に拡散している霧を掌に凝縮させる。

 たったそれだけの工程であれば既に周囲に存在している上に自分の魔力で生み出された物だ。扱いは難しく無かった。

「―――っこの、何よその使いか…たぁ」

 凝縮された霧をアリサスに向けて噴射する事で、すさまじい勢いでアリサスを仰け反らせる事に成功し、火球は見当違いな咆哮へと飛んで行った。

 チャンスは今、周囲の味方もろとも振り抜く勢いで、俺は鎌を振るった。

 だが、それは何か壁に阻まれた。

「っ…危ないわね、空間魔法を使っておいてよかったわ」
「―――ちっくしょう!!」

 防がれたのとは別の角度からもう一度、それも防がれてもう一度、またもや防がれてもう一度、もう一度もう一度もう一度もう一度を繰り返す!

「もう…しつこいっ…のよ!!」

 圧縮せずに放たれた爆風で、俺はその身を宙に踊らされ背から地面に叩きつけられた。

 …まだだ。

 まだ出来る…!

 仲間達がアリサスに襲い掛かるのを見て、俺は一呼吸置く余裕が出来た。

 ただ数秒、力を蓄え呼吸を整え鎌を握る手に纏う影の密度をより濃い物とする。

 影魔法我流影纏い、影という自分と同じ存在を身に纏う事で、二倍の身体能力スペックを引き出す術だ。

 だが、それも集中しなければ維持する事は出来ない、アリサスを個人として捉えていた所為で、俺はどうにもアリサスに夢中になり過ぎていたらしい。

 冷静に考えろ、アイツは敵で…倒すべき対象だと…。

 再び強く握る。鎌の柄を…そしてもう一つの武器を、もう片方の手に持つ。

 刀身まで真っ黒に染まったツ―ハンデッドソード、俺の親父が俺に持たせた俺にとって最強の武器。

 魔法を切り刻む事が出来る…対魔法の絶対剣だ。

 ただし刃としての価値は無い、その部分に性能の全てを持って行かれて、刃では無く鈍器として扱うしかない。

 仲間達が再び吹き飛ばされ、アリサスが俺に狙いを付けて何かを放った。

 輝きの中でその何かを識別する事も出来ずに俺はただ反射的にツ―ハンデッドソードを振るった。

 手どころか腕にまで痺れが残る中で、確かに切る事が出来た。

 魔法に対しては絶対的な斬撃を、人体に対しては鈍器としての価値を発揮するこの剣はやはり使い勝手が良い。

「っ―――なんで防げてるのよ!!」

 暴風が吹き荒れ、アリサスが放ち周囲に残っていた炎の残滓が奴の手に集まり始める。

「防いでなんていねぇ、これも攻めだ!」

 撃たせれば味方が危ない、誰かなんて知らない、だが俺は雇われた傭兵だ。一人でも多くを殺し、一人でも多くの味方の命を救う。

 その為にも斬るしかない!

 だが、アリサスの価値を理解していない敵軍では無い、アリサスの前に壁の様に、多くの兵士が立ち塞がる。

 アレを撃たせる訳にはいかない、空間魔法で接近は出来ない、ツ―ハンデッドソードで振り払うには多過ぎる。

 なら、その身を刈り取るしかない!

 自分の内に在る魔力の灯に働きかけ、その魔力を鎌へと注ぎこむ。

 そして鎌を逆手持ちに、考えてみたら簡単な事だ。目の前の敵の胴体を切り裂く時、順手持ちの鎌よりも、逆手持ちの方が切り裂き易いのは当然。

 魔力の注がれた鎌は自らの重さを消す。いや、俺に対してのみ重さが感じなくなったと言った方が正確か。

 この鎌もまた逸品、使用者のみ重さを軽減する特殊な力を持っている。

 そしてそいつを、身を翻し一回転する要領で、逆手に持ち―――

「アリサス、テメェに見せてやるよ―――俺の名前が『死神』である理由を」

 ―――振り抜く。

 周囲の敵兵の胴体が上下に二分され、血の海がそこに出来上がる。

 その血の海の向こう、苦々しい顔をするアリサスがいた。

 その手には燃え盛る炎…これ以上溜められたらどれだけの被害になるか分からない。

 こいつを―――ここで殺す!!

「うぉおおおおおおおお!!」
「ふっざけんじゃないわよぉおおお!!」

 俺はツ―ハンデッドソードを、アリサスはその右の手を振り上げて、互いの一撃を繰り出す為に接近する。

 防いだと思っているアリサスに勝ち目は無い、俺が勝つ事はもう決まっている!!


 だがその時だった。


 何かが空から降り注ぎ、俺もアリサスもそれに巻き込まれてかなり飛ばされ、背から落下して気絶した。

 まぁ、どんな出会いだよと言いたくなるんだが…その落下して来た男こそ、大陸で冒険をしていたアルの親父、ガルディアだった訳なんだけどな…。





 結局、アリサスとの戦いはうやむやなまま…。

 そんなアリサスと、今では一緒にアルに魔法を教えている…か、つくづく人生っての何が起こるのか分からないもんだな。

 変な夢を見ちまった…だが、もうひと眠り、出来そうだ。
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