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第二章 船上の証明
第二十九話 魔法使いの責任
しおりを挟むアルが少し船の中を見て回るというので、私は先に甲板に出て待っていた。
そこに、面倒な気配を感じた。
船の外、海の中から感じた気配は…魔力の高い、モンスターの物。
海でこの反応を示す奴を私は知っている。全ての剣士の天敵であるモンスター。
海からフワリと浮かび上がり、甲板にこれまたフワリと音を立てずに着地したのは水霊。
ひし形のクリスタル、水精霊や火精霊と異なり、こいつらは自然の中で発生した悲しい生物。
他のモンスターと異なり頂点がおらず、水精霊の様な知能も無く何かを求めて地上を彷徨う悲しき生物だ。
その土地の空気中、水中、地面の中などに溜まった魔力が凝固して形を成すのがこの属性霊と呼ばれるモンスターの種類よ。
分かっている事が少ない存在ではあるけれど、分かっている事も多少ある。
一つ、魔力の高い人間を狙う。
二つ、剣で斬りつけようとも身体が魔力で出来ているので効かない。
三つ、故に魔法で消し炭にするのが手っ取り早い。または『魔力変換』してあげる事。
こいつら自身、存在が魔力である為なのか空気中の魔力などを利用してとんでもない攻撃を放ってくる事もある。魔力の集合体…命を持っていると言って良いのかも分からない生命体。
魔法使いの中で常識がある。
属性霊はへたくそな魔法使いが生み出す物だという事…。
魔法の発動の際に自分の中にある魔力を炎や氷、土や風など自然において存在する物に変換して使用する訳だが、これは同じ様に『魔力変換』の陣を使えば炎や氷を魔力に変える事も出来る事は私達魔法使いの常識ね。
それどころか、変換して放った炎や氷、土や風は自然に在る物では無いので長時間経つと魔力に戻ってしまう。
とはいえ、どちらの変換にも対価となる余分な魔力が必要で、残された炎や氷は魔力に還る際に対価として徴収される魔力で霧散するのが普通である。しかし、10使えば良い魔力を20消費して放った魔法は、対価として魔力を徴収されてもなお、その土地に魔力を残してしまう。
イメージに沿って威力は10の魔法なのに、無駄に20も費やす事になるのがへたくそという事になるわ。
20の成果を求め20の魔力を使うのが魔法使いである…というのが魔法使いの間でのしきたりの様な物。
つまり私の目の前にいるこの水霊は、私達魔法使いの責任なのよね。
一つの水霊に反応してか続々と水霊が船上に現れる。
彼等の願いは一つ、自然に還りたい。
勿論、本当の理由を尋ねたことなんて無いけれど、きっとそうだと仮定して私達魔法使いは己の同胞が犯した間違いの責任を取らなければいけない。
魔法でふっ飛ばしてしまえば彼等は身体を失い魔力として霧散するけれど…それだとこの土地にまた魔力が残り続けるのよね。
私は踏み出して、水霊に近付く。
右手に魔力を集めて、空間魔法によってグローブを取り出す。甲の部分に魔力変換の陣が刻まれたグローブを。
この子達は皆、私の魔力に変換する…。
水霊にとってそれは死を意味する。例え望んでいる事であっても、彼等の何かがそれを許させない。モンスターという種の本能なのか、それは分からない。
ただ私は、私に出来る事をしよう。
同じく空間魔法で彼等の傍に、座標指定を損ねれば船と合体する所だけれど視界から見えている範囲であれば難しい事では無い。
ただグローブでなぞる様に、痛みを与えない様に彼等に触れる。
ただそれだけで彼等は粒子となり、私の内へと吸い込まれていく。
出来るだけ、彼等が魔法を使う前に変換する――!
彼等が魔法を使う事は、己の身を削るという事になる。誰も理論を提唱した訳でも、何かが切っ掛けで学んだ訳でも無い、ただ私は、彼等が魔法を使用する為に己の命を削るという行為に、痛みが伴わないはずが無いと考えている。だから、私は彼等を一刻も早く変換する。
もしも私の行いや、それに伴う思考が偽善だと言われるのなら…それでいい、私は善と名乗る事は出来ない事を何度もしてきた。
偽善故に出来る事があるのなら、私は喜んで偽善者を名乗ろう。どうせ大陸での二つは『魔法淫女』なのだから、悪い風評が増えた所で何も困る事は無い。
ものの一分と掛からずに、彼等は皆、魔力に還った。
痛みは無く。私の魔力に還れたのだろうか…それが少し心配だった。
これは優しさでも何でも無い、責任の果たし方だ。
アルが来る前に終わって良かった。
この魔法使いの事実を彼に教えた時、彼は水霊を倒す事が出来るのだろうか…そんな心配を胸に、私は海風に髪を靡かせて二つの月を見上げた。
夜はこれから、月はまだ空に在る。
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