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Prologue

盗賊団 義父 3

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※ジュネ視点

「マシェット!!」

 ダイナーが叫び走り出した一方で俺は腰の鞭を抜き放った。

 マシェットの周囲に転がる四人の甲冑姿の男達、六人は依然として二本の足で地を踏みしめて盾と剣を持ちマシェットに迫っていた。

 今にも振り下ろされんとしていた剣を、ダイナーが飛び蹴りで以て腕ごと弾く。

「大丈夫か!?」

 砕けた斧の破片が頭部に刺さりマシェットは血を流していた。

 その光景に、俺も頭に血が上ってしまい鞭を乱暴に振るい衛兵隊とマシェットを引き離そうとしたが、六人のうちの一人、甲冑の紋様から違う体格の良い男が俺の鞭を切り捨てた。

 自分で言うのも何だが、俺の鞭はとても素早い。

 故にこれまで捕えられた事も、切り裂かれた事も無かった。だがこの男は切り裂いた。

 マシェットがやられる訳だ…とんでもない化物が混ざっているみたいだ。

 俺も歩を進めてマシェットを庇う様に立ち塞がる。地下には誰もいなかった。レイシュール達がユーマの情報を手に入れてくれているのを信じてここは衛兵隊を相手にしよう。

「大丈夫だ…気を付けろよ、コイツら練度が高いぞ」

 マシェットは額から血を流しながら注意を喚起してくれた。

「後は任せろ…ここは…俺とダイナーが受け持つさ」

 俺達も一斉に武器を構え、相手も武器を構える。

 どちらが先に動くか、その緊張状態―――。

 互いの持った武器の鈍い輝きが、音さえ聞こえる程に威圧感を放つ。動き出そうと重心が傾き、衛兵隊の装備が金属の擦れる音を奏でる。

 ダイナーが脚に留めている幾つかの鍵を外して鉤爪の様に指の間に挟んで武器とした。俺も鞭を握り締める。斬られた事もあり、短く振れる様に握り直した。

 緊張感が高まり、背中に嫌な汗が浮き始める中で―――。


 気が付けば俺も、ダイナーも、マシェットも衛兵隊の人間達も皆、膝を折っていた。






※レイシュール視点


 死体は何も喋らない、頸動脈を切られ血溜まりを作りだした男爵の死体を一瞥して、俺は邸の外へと向かった。

 階段から降りて廊下を堂々と通り進んでいく。倒れた警備の人間達がジュネにやられたのであろうと分かり易い傷跡が付いていた。

 不思議と心配は無かった。何が出てこようと、今の私に盾突く心配は無いと思えた。

 男爵からの話を聞いて、少しずつ実感を得ていた。

 私はユーマをこの手から零してしまったのだと。そして、コリックという男を信頼し、結果としてカナクという大切な仲間も一人…。

 これ以上、仲間を失いたくは無い。

 その想いが唸りを上げて、ユーマさえも零しただけでなく失う形になったらと考えたその時、私の身体の内側から込み上げて来た何かが身体の外側に解き放たれた。

 その瞬間、ベンダルの様子も、男爵の様子も変わった。そして、私自身も何かそれまでとは違う感覚を得ていた。
 明確に理解していた。自分が何を出来るのか、自分に備わった不思議な力を…。



 邸の入口まで行くと、入口を少し出た所で私の団員達がこの街の衛兵隊の連中と戦っていた。

 戦っていた…か。

 戦っていた?

 何故、彼等と戦う必要があるんだ?

 そいつら・・・・は戦う様な相手じゃない、私の部下であるお前らが傷付く可能性を抱える必要がある相手では無いのだ。

 だが、この場に居て私達がユーマの情報を手に入れられる様に時間を稼いでいてくれたんだな。

 …ダイナー、ジュネ、マシェット…想いは、同じか。

「ベンダルはまだか…どちらにせよ、馬を使うにはあそこを通る必要があるな」

 使い方は分かっている。どういう風にすれば彼等を私という人間の下に膝を着かせる事が出来るのかを理解している。

 歩きながら、私は剣を抜いた。金属が鞘に擦れる音が耳に心地よく聞こえた。

 私の訪れに気が付いたのか、マシェットがこちらに振り返り眼を大きく見開いた。

 まだ加減が出来ないからな、恐らくは仲間達も巻き込んでしまうだろう。

 だが、安心しろ。

かしずけ」

 目覚めた力を使用して、視界に映る全ての人間を跪かせた。

 一斉に武器が地に落ちて金属音を響かせる。こちらへと視線を向けようと首を動かそうとする者もいるが、私が意識するだけでその首は地を見る事しか出来なくなる。

「お前らがどれだけ強いのかなど、私は知らない」

 私の靴音だけが石畳を蹴る音が鳴る。

 彼等からしてみれば、音だけが聞こえてくるのだろう。視線は地に落ちたまま、歩き近づいてくる私の足音が段々と段々と大きな物になってくる。
 死刑囚でも無ければ聞く事の出来ない断罪者の足音にも似ているだろう。

「兎にも角にも」

 最も甲冑が豪華な者へと剣を向けて。

「邪魔だ」



 ただ首を落とした。



 頭蓋の重さがそのまま地面に落ちて音を立てる。

 ここまでにこの場で鳴った音は落ちる音ばかり、そこに一つ、命が落ちる音が追加されたに過ぎない。

 言葉も無く死んだ彼の後を追わせる為に、他の甲冑姿の人間も全員首を落とし、その場には血溜まりだけが残った。

 剣を振るい血を落とし、腰に剣を収めた所でベンダルが馬を連れて追い付いた。

 ジュネもダイナーも、マシェットでさえも俺を見る目が少し変わっていた。

 そこに含まれているのは敬い、畏れ…そして、恐れ。

 …あぁ、そうか。

 気付いていなかったが、この力は化物と変わらないだろうな。

 どんな見方をされようとも、ユーマさえ助ける事が出来るのならば全て受け入れよう。

「レイシュール…」

 ベンダルに声を掛けられて、私は彼が乗っているのとは違う白馬に乗った。

 彼もまた私の力を体験した筈だが、その眼に恐れは無かった。むしろ、いつもと変わらない穏やかな彼の眼をしていた。

 ベンダル、お前は変わらずに居てくれるんだな。

その想いと共に彼を見ると、ただ頷いてくれた。

「ダイナー、ジュネ、マシェット」

 三人に目をやると、いつもとは明らかに違う視線を向けて来ていた。

 それでも彼等は、私を見てくれていた。私が何をしたのか理解できていない様子は伝わって来たが、それでも私から眼を逸らそうとはしなかった。

 そうか、お前らも…決して私から離れる訳では…。

 三人は静かに、その眼に意思を灯して私を見ていた。

 そしてただ一言だけ、私に告げた。



「…任せたぞ」



 それは想いを込めた一言だった。彼等の眼が、彼等の心がそう言っていた。こういう事まで伝わってくるのか…この能力は。

 私は良い部下に恵まれたな、だがそれを過ぎたる物だとは思わない、彼等に相応しい長に俺はなろう。

 その為にも今するべき事は、ユーマの奪還だ。彼等の望みであり、私の望みである。

 答えに言葉はいらない、頷くだけだ。

 その答えが正しかったのかなど分からない、背を向けて駆け出した馬の足音が他の音を掻き消してしまう。




 街の外に出て馬の速度を上げる。衛兵隊が追ってくるとも分からない。
 
 ベンダルが隣に並び走り出す。

 共に背後は振り向かない、ただ前だけを見て馬体を走らせる。

「これで後は追い付くだけだな、レイシュール」
「あぁ、行こうか」

 待っていろユーマ、義父ちちが今、迎えに行く!

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