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Prologue
盗賊団 継ぎし者 レイシュール 2
しおりを挟む盗賊に必要な事すら分かっていなかった私は、レイシュールを真似ようにも彼女の仕事ぶりを見た事も無い。
そこで私が考えたのは、盗賊の人間を仲間に加える事だった。
路上で倒れている者に声を掛け、段々と仲間を募って行った。行う事は初代レイシュールに則って義賊的な活動だけ、その為、今でも日中は普通に働いている者もいる。
私は恐らく。もう既に国からマークされている。
この国には多くの孤児院がある。それだけ、悪徳貴族が多く居て、着服も多く成されている悲しい現状だ・
私が最初に仲間に加える事が出来たのは、盗賊として盗んだ者を捌く仲介者…レイシュールの、義理の兄だった。
出会いは偶然、私が住んでいたのとは違う場所、そこにどんな貴族が居るのかを知る為に私は街に降りた。
酒場や裏通り、とにかく色々な所を巡って話を聞いた。その中で、私は名前を聞かれた。
情報を売って貰う際に金に糸目を付けなかったからなのか、良客だと思われたのだろう。
『あんた…名前は?』
口を突いて出そうになった本名を飲み込んで、私が告げた名前は勿論、
『レイシュール、私の事はレイシュールと呼んでくれ』
肩を掴まれて『レイシュールを知っているのか!!』と問いただされた時には驚き、レイシュールに恨みを持つ人物ならどうしようかとさえ悩んだが、俺は頷いた。
その後、出会った酒場から場所を移してその人の自宅へ、そこで男性は自身がレイシュールと同じ様に盗賊の義父に育てられた事を明かしてくれた。
レイシュールの名を名乗る理由を答えろと詰め寄られ、私は至るまでの経緯を正直に話した。
自分が貴族の出自である事、山に入り野犬に襲われ、そこをレイシュールに助けられた事、山小屋で暮らしていく中で、レイシュールから恩を受け、レイシュールが傷付き、帰ってきて…涙を流し、衰弱の中で死んでいった事…。
最後は、私がレイシュールの事を話している時に笑顔も、悲しさも、怒りも、全ての感情を露わにして話した事から信頼を得る事が出来たらしい 。
『もういい…もう…充分に伝わった』
そして、感謝と…レイシュールの苦悩を伝えられた。
自分一人だけじゃ限界がある事、自分の後を継いでくれる存在がいない事、そうした悩みを彼女は抱えていたのだという。
私は、それを知らなかった。
知らないのに、私は感情の後押しで彼女が望んだ道を選択していた。
それが嬉しくて、悩みを伝えて貰えなかった事は悲しくて、複雑な心境の中で私は覚悟を問われた。
『レイシュールの名を継ぐという事は、悪を挫く盗賊になるという事だ』
その問いに、私は深く頷いた。
『そして、彼女の意思を継いで強く在り続ける事ですね』
私の問いに、義兄もまた深く頷き、固い握手を交わした。
それから私は、様々な者を仲間に引き入れた。かつて私と同じく貴族だった者、在らぬ罪で裁かれようとしている者、奴隷の身となり悲しむ者、力だけで全てを解決して来た者、飄々と生きるあまり目的を見出せない者…色々な者が、私の後を付いて来てくれた。
彼等の一人一人が理由を抱えていて、きっと一人では押しつぶされてしまう様な理由の数々だった。だけど、私達は集まった。レイシュール盗賊団という旗印の下に、故に…私達は互いを支えて今も強く生きている。
私だって同じだ。
レイシュールの名を継ぐという責任の重さから逃げ出したいと、何度考えたか分からない。
逃げ出した所で私が悔やむだけならば、その重い荷物さえも捨ててしまったかもしれない。だが、今、レイシュールという名は私だけの物では無くなっている。
盗賊団を結成し、軌道に乗り始めてからは私の名は大きな意味を持つ様になった。
『レイシュール盗賊団』に所属している『金猫のチャルチュ』という様に、皆の居場所になったのだ。
誰かの居場所になれた事は、私の人生に新たな意味を齎してくれた。
そして最近になって、森の中で倒れている所をベンダルに見つけられた少年も仲間になった。
…私は、驚いた。
その少年を私が育てるという事は、過去にレイシュールが盗賊の義父に育てられたように、私もまたユーマという少年を育て…レイシュールの名を継がせる事が出来るのだと。
勿論、強制をするつもりは無い、その少年は…驚くほどに優しかったから。
あれは…ユーマがレイシュール盗賊団に入って二週間程が経過した時、一度彼とは腰を据えて話す必要があると感じていた私は、アジト…元々はレイシュールの使っていた小屋の地下を拡張した想い出深い場所だ…アジトの一室に呼び出して、暖かいミルクを出して会話をした。
「ユーマ、ベンダルからは聞いているが君には親がいないそうだな」
「…はい、今はまだいません」
親のいない子など存在しない、そんな存在は…精霊や妖精と言われる種だけだ。
だけどユーマは人間だ。つまり、親の記憶が無いのだろう。
『親がいるからこそ、親を失う悲しみを知る事が出来る』と、私がかつて読んだ哲学書には書いてあった。だが、『その悲しみを知ることすら出来ぬ悲しみもある』と続くその文章の意味を、私はその時になって初めて理解した。
「…ユーマ、もしよければだが、私の義理の息子にならないか?」
「え?」
「私は、後継ぎが欲しくてな…もしよければ後継ぎになって貰いたい」
何処までも自分本位なお願いだと呆れ返るばかりだが、私は気が付いていた。
ユーマは、強い。
優しさから来る心の強さでは無い、その身に宿す可能性がとてつもないのだ。馬鹿な貴族連中が異端審問だ法の敵だと孤児院や力の無い教会を襲うので、戦いは日常の中の一幕だった。
それだけに、私は目の前にした人間が強いのか、弱いのか、それを見定める事が出来るようになった。
見定めの結果だ。
ユーマは、強い。
生半可な強さでは無い、彼が覚悟を決めれば私でさえ勝つ事は出来ないだろう。
もしかしたら、彼自身もその強大な力を…可能性を気付いているのかもしれない。
それでもユーマはそれを表に出さず。笑顔で私の仲間達と接していた。
覚悟が定められない心の弱さか、誰かを傷つけまいとする心の強さか、考えられる可能性から私が辿り着いた答えは、そんなに曖昧な答えの中心で揺れ動きながらも決して壊れる事の無いユーマの強さだった。
故に思った。
ユーマを育てたいと、優しくアンバランスな彼ならば、きっと私を継ごうとも間違いは起こさないだろうと考えた。
力の使い方…彼がそれを正しく理解した時、私はレイシュールの名を彼に授けよう。
今ならば分かる。
私の人生には意味など無かった。兄に打ち果たされ、家督の相続の権利を失い勘当され白銀の剣盾を盗み山に入った私の人生に意味など無かった。
レイシュールの名を継いだ事で、私の人生には意味が生まれた。その名を継承する役目が私には在る。レイシュールの名を、意思を、決して絶やさずに…この居場所を守る意味が。
「僕の…お父さんになってくれるんですか?」
ユーマの問い掛けは、臆病な小動物が警戒心を露わにしながらも目の前に置かれた餌を取ろうとする姿に似ていた。
望む物が目の前に在るけれど、本当にそれに手を伸ばしていいのか分からない様子だった。
それは、未だに憧れだけだったと断言できない私の抱く初代レイシュールへの想いにも似ていた。
彼女の事が好きだったという事実を、私は義兄に伝えていない。きっと気付かれているけれど、私が話題に出しもしない限り触れられる事も無いだろう。
もう一度言おう。ユーマは強い。
私は結局、その想いを未だに言葉に出せてもいない、だがユーマは、迷わずに言葉にした。
私が嫌な奴で、ここで嘘だと告げれば彼はショックのあまり自暴自棄になってしまうだろう。
だが、そんな事をするはずも無かった。そんな事は彼にとって苦痛にしかならないのだから。
故に私は頷いた。
「君が、私を父と認めてくれるのならね」
震える手で、ユーマは私の指を取ろうとした。拒絶をすれば、すぐに離れて行ってしまうだろう。だから私も待った。彼が私の手を取ってくれるのを。
『心の暖かな人は熱が胸の内に集まってしまうから手が冷たい』なんて言葉がある。だけど、私はその日知った。本当に優しい人間は、そんな意味の分からない俗説がすぐに出鱈目なのだと気付かせてくれる。安心さえ覚える暖かな手をしているのだと。
「お願い…します」
こうして私は、ユーマの父となった。
それは、私にとってとても意味のある事で…。
「今日から私は君の父だユーマ、何と呼んでくれるのかな?」
私の言葉は単なる確認の言葉だったが、ユーマは大きな目から大粒の涙を流して、拭いもせずに頬を濡らしながら震える喉を動かして答えてくれた。
「父さんと…呼んでも良いですか?」
そして私は子を得た。
嗚呼、レイシュール…私は分かったよ。
君の父親は強かったんじゃない、君という存在が出来て、強く在ろうとしたんだ。その背を追い、強く在ろうと努めた君と同じ様に。
私も強く在ろう。強くなろうとするのでは無く。常に強者でいよう。
我が子を得た事で生じた人生の新たな意味に、私はユーマを抱き寄せて己の胸に抱いた。
子から伝わってくる温もりは、何処か、私が療養をしていたベッドで感じた温もりにも似ていた。優しく暖かな、その温もりだ。
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