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Prologue

楽しさ

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 気が付いたら、目覚めの感覚を味わった。

 何かが、僕の頬を突いて、それで目が覚めた。

「う…ん?」
 肌に、暖かさを感じる。
 家の中では感じた事が無い、不思議な暖かさだった。

 何かに突かれたと考えていたけれど、太陽の陽射しが僕の頬に差し込んでいたんだ。 

 外…だろうか?うっすらと開けた視界に、挿しこむ木漏れ日が僕に降り注いでいるのが見えた。
 木々の隙間、しかし確かな明りは僕を照らしてくれている。

「ここ…は…?」
 体を動かしてみると、いつもとは違う不思議な感覚に襲われた。

 改めて視線を下に、自分の体を見下ろしてみる。

「小さくなってる?」
 そこで、ファーリエルさんが言っていた言葉を思い出した。

『体の成長を五年間頂くわ』

 そうか、それで僕は小さくなっているんだ。

 そしてここが、厳しくも…僕の望む物が見られる世界。

 ファーリエルさんの優しさが、まだ少し心に残っている。
 何故か、明確には思い出せないあの人の姿を思いだそうとすると…何か靄が掛かったみたいで…。

 だけど、頑張って頑張って、ぼやけた輪郭を明確にしていく。忘れたくないから、絶対に覚えていたい人だから。

 ようやく明確な姿を思い出せた。
 思い出したら、不思議と涙が溢れてきた。

「…うぅ」
 優しかった。本当に優しかった。
 誰かと一緒にいられる幸せを、久しぶりに噛みしめた。

「うぅううぅ」
 木漏れ日が与えてくれる暖かさに、彼女の触れていた部分が覚えている熱を喚起させた。
 もっとありがとうと言いたかった。
 もっと、もっと一緒にいたかった。

「うぅ、う、うわぁああああぁあぁああぁああん!!」
 涙だけじゃない、声も溢れた。
 悲しみと喜びが同時に襲ってきた。
 今はもう感じることが出来ない暖かさを思い出して、僕はただ泣いた。



 どれ程時間が経ったのだろうか、僕は涙に濡れる頬をぬぐって、その場に立ち上がった。




「行こう…約束を果たさなきゃ」



 ここにいたら、生きていけない。
 街だ。街を探そう。

 僕の様な少年でも働ける場所があるといいな。
 無ければ…別の街へと移るしかないだろうな。

「体が軽い…まるで僕の体じゃ無いみたいだ」
 以前の僕の身体とは比較にならない程に動かしやすい、まるで、走れるかの様に感じる。
 そう考えて、僕は徐々に歩幅を開き始めた。

 最初は大股で歩くだけだった。しかし、段々とその速度は上がり、僕は気が付けば走り出していた。
 風が頬を撫で、目の前の景色が目まぐるしく変化していく。

 そこに僕は、世界の広がりを感じた。

 走りながら、様々な景色が目に飛び込んでくる。
「あれが木!あれが鳥!あれが空!」

 本の中の世界では無い、夢見た様な外の世界。
 木々が自然の中に根付き、鳥達が独特のハーモニーを演奏する。
 それらの頭上には広い広い空が青々としたキャンバスを広げている。

「はは、あはは、あははははは!」
 笑ったのはいつぶりだろうか?

 そもそも、僕は笑ったことがあっただろうか?
 楽しさって、こうやって胸の内から溢れ出てくる物だったんだ!

「あははは、あはははは!」
 開けた場所に辿りついて、僕はごろんと横になった。

 起きぬけで走ったのがいけなかったのか、それともこれまで走ったことが無かったのが原因なのか、急激な疲れが僕に降りかかった。

 楽しさをこんなに感じる事が出来るなんて、元気な体って…凄いんだな。
 僕は、こういう幸せを知らなかった。

 自分の幸せが広がる事も幸せで、新しい幸せを知る事も幸せで…幸せが、溢れてる。
 これまでの人生に、心から感謝したい。

 僕は自分の人生を不幸だと思った事は無い、だって、生きていたから。
 生きる事が幸せな事だって、病弱だった僕はよく知ってるんだ。

 何度も死にそうになって、その度に苦しい想いをしたから、ただ生きているだけが僕には幸せだった。

 肌で感じる冷たさも、誰かに怒鳴られて震える鼓膜も、死にそうになっている時には感じる事が出来ないんだ。
 だから、僕はこれまで幸せに生きていた。

 楽しいと感じた事は無くても、生きている幸せは確かに感じていたんだ。

「あぁ…なんだか、眠いや」
 街までの距離は分からない、今は、眠い、寝てしまおう。
 僕は、鳥達が奏でる子守唄を耳に、眠りへと就いた。

 自然の中で、初めての自然の中で―――。
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