上 下
3 / 55
Prologue

二つの願い

しおりを挟む

「頑張ってね、悠馬君、貴方にはとても強力な力が宿っているは、それに、向こうでは頑丈な体で生きていけるわ」
「…はい」
「…ダメよ、貴方がここに居たいというのは分かっているわ、でもダメ、ここにいては私としか会話が出来ないわ」
「はい」

「私は、貴方にもっと世界を知って欲しいの、世界を巡って、世界を知って、世界と友達になって欲しいの」
「僕に、知れるでしょうか?僕が、世界と友達になれるでしょうか?」

 僕は、僕にとっての世界は、あの部屋だけ、あの部屋と本の中の世界だけが僕の世界だった。
 そんな僕が、世界と友達になれるのでしょうか?

「貴方は優しい子よ、誰よりも優しい、誰よりも他人に優しく出来るそんな子よ」
「僕は、優しくなんて…」

「…貴方は人を知らなすぎる。だからこそ、人に優しく出来るんでしょうね」
「僕は、育ててもらった両親に何も恩返しを出来ませんでした…そんな僕に、優しさなんて…」





「(彼は、悠馬君は育ててもらってなんていない…ずっと、一つの部屋に押し込められて、知識は本から、彼は、きっとそれが普通では無いことを知っている)」
 生まれ、過ごし、本の中で生活してきた悠馬は体が弱いだけだった。
 体が弱いだけで、真に才能の塊、星釣という才能を生みだす家の中でも、最高の素質を秘めていた。

「(しかし、彼の親はそこに目を向けなかった。気付かなかった)」
 そして、彼は虐げられた。その結果、彼が発揮したのは頭の良さだけ、もしも彼にコンピューターでも与えていれば、それだけで世界を変える程の働きをしたというのに、あの親達はそれをしなかった。気付かなかったから出来なかった。

「貴方がそう思うのなら、これから行く世界で両親と呼べる人を見つけるのよ、そして、その人達に親孝行をするの、見るのは前よ、悠馬君」
 これが、彼にとって良い結果になるのかは分からない、でも、良い結果になればと思う。

「君が送る人生に、幸多からんことを」

 この一時を共に過ごした彼に送る私の助言アドバイス、この身で決して行ってはいけない、願いという行為。





「ファーリエルさん、ありがとう、ございました」
 涙で濡れる頬に冷たさを感じながらも、僕は言った。

 本当は、もっとずっとここにいたい。
 本当は、この人の優しさに浸っていたい。

 でも、一日だと僕が言ったんだ。それを捻じ曲げることは自分を捻じ曲げることになる。
 僕に残された最後の僕自身たいせつなものだけは、捻じ曲げたくない。

「前を、前を見ます」
 段々と光が辺りを包んでいく。

 優しく僕を包んでくれているファーリエルさんの姿が、段々と薄れていく。
 肌に残る暖かさだけが、彼女が僕に触れていてくれたという証明だった。優しさを与えてくれていたという証明だった。

「親孝行もします」
 薄れ、薄れ、薄れて空へと昇っていく。
 僕だけを残して、周囲の景色が光の粒へと姿を変えて空へと昇る。
 やがて、輝きに満ちた真っ白な空間に、僕とファーリエルさんだけが残った。
 そのファーリエルさんの姿も、今にも消えようとしている。

「僕はっ…」
 嗚咽に近い声、震える声帯が邪魔をする。

「ぼく、はっ…」
 ここに居たい。ずっと居たい。
 そんな言葉が口から漏れそうになる。
 きっとそれを口にしたら、彼女はそうしてくれるだろう。彼女は僕よりもずっと優しいから、こんな僕に、優しさを与えてくれる程に優しいのだから。

 だから、その優しい彼女が願ってくれた一つの願いを僕は叶えたい。
 僕という人間の全てをもって、彼女の願いを叶えたい。

「僕はっ…幸せになります…!」

 だけど、それ以上に―――。
 
 ―――どうか、優しい彼女に最大の幸せを。


しおりを挟む

処理中です...