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第1章

35話 レイドの申し込み

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「マリー、もういいぞ」
「はい」

 そのやりとりのあと、不自然に揺れていたマントの動きが止まった。
 どうやらマリーが魔術かなにかで動かしていたようだ。

「ルーシー!」

 アイリは椅子から飛び降りると、いつものようにルーシーに駆けよって抱きついた。

「アイリ、それにバートも、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよまったく」

 バートは呆れたように言いながら、優雅な足取りで歩み寄ってくる。
 いうまでもなく、マリーも静かに続いた。

「聞いたよルーシー、ランクアップしたんだってね。おめでとう」
「えっと、ありがとう」
「しかし水くさいじゃないか。そういうことはいの一番に報告してくれないと!」

 彼はそう言うと、わざとらしく髪をかき上げた。

「バートはどうでもいいけど、アイリには報告してほしかった」

 そしてルーシーに抱きついたアイリは、目元は無表情のまま口だけ尖らせている。

「あはは、ごめんごめん。昨日遅かったからね」
「じゃあ、しょうがない」

 アイリは納得したのか、ルーシーの身体に顔を埋めた。

「ケントも、Eランクらしいね。短期間なのにすごいことだよ」
「ああ、ありがとう」
「それで、だ」

 話を区切るように、バートはそう言ってケントとルーシーを交互に見た。

「ルーシーが晴れてDランクに、ケントがEランクになたっということは、Dランクが3人いる僕のパーティーとレイドを組めば、ダンジョンに潜れると思って声をかけたんだが……」

 そこでバートは、バルガスたちに目を向ける。

「どうやら先客がいたようだね」
「つまり、お前さんたちもレイドに加えてくれってことかい?」

 バルガスがバートに目を向ける。
 それぞれの様子から察するに、互いに面識はないようだ。

「まぁ、そういうことではあるんだけれど……」

 バートがわざとらしく肩をすくめる。

「なんとも無様だねぇ」

 そう言ったあと、これまたわざとらしくため息をつく。

「ちょっと、バート!」

 ルーシーが声を上げるも、バートは気にする様子もなく続ける。

「バルガスに、ニコールだね。あなたたちのことは知っているよ。この町出身でBランク冒険者にまでのし上がった、英雄的な存在なんだってね。もうひとりは知らないけど」

 語り出したバートにバルガスたちがあまり反応を見せないため、ルーシーも抗議のタイミングを失う。

「少し前に仲間を失ったとも聞いた。冒険者としてはよくあることだけど、それについては残念に思うよ」

 そこは真面目な口調で語ったバートだったが、すぐに蔑むような視線をふたりにむける。

「しかしそのあとがいただけない! 生き恥を晒すくらいならさっさと引退すればどうなんだい? この町に帰ってきて、格下にたかるよう真似をするなんて、あまりに情けな――いぎぃっ……!?」

 朗々と語っていたバートが、苦痛に顔を歪め、膝を折る。
 メイドのマリーが、主人の太ももに膝蹴りを食らわせていた。

「マリー、なにを……?」
「お坊ちゃま、そういうのは余計なお世話というのです」

 彼女はそう言うと、バートの襟首を掴み、引きずり始めた。

「ま、待て! まだレイドの話が……」
「あのような暴言を吐いてともに活動できる方などいませんよ。またの機会にしましょう」
「暴言ではない……僕は……助言を……!」
「それがわかるのはわたくしくらいでございましょう。さぁ、帰りますよ」
「ぐわー! はなせぇー!」

 結局バートはマリーに引きずられて、去って行った。

「ルーシー、またね」

 遅れてアイリが離れ、去って行く。

「なんだったんだ、ありゃ?」

 バルガスが首を傾げ、ニコールは戸惑いを露わにしていた。
 ネヴィルは、穏やかな笑みを浮かべたままだった。

「ごめんなさい、あたしの知り合いが……」

 バートの失礼な物言いに、ルーシーが頭を下げる。

「いや、気にするな。あの坊ちゃんがいうように、俺たちゃさっさと引退すべきなんだ」
「バルガスさん……」
「ただ、その前にもうひと稼ぎしたくてな。だから、協力してくれるとありがたい」

 バルガスがそう言って、頭を下げる。

「情けないことを言っている自覚はあるの。でも、お願い、ルーシー」
「前向きに検討いただけると、ありがたく思います」

 そう言ってニコールとネヴィルも頭を下げた。

「や、やめてよ3人とも、頭をあげて……!」

 ルーシーがそう言っても、3人は頭を下げたままだった。

「ケント……」

 困ったようにケントを見たルーシーだったが、意を決するように表情をあらため、口を開く。

「あたしはこの話、受けたいと思ってる」

 そして決意の篭もった表情で、そう言った。

「そうか、ルーシー! ありがとう!」
「ルーシー、ありがとう……!」
「ありがとうございます」

 3人は顔を上げると、そろってケントを見た。

「お願い、ケント。あたし、バルガスさんたちに恩返しがしたいの……!」

 4人の視線を集めたケントは、居心地の悪い思いをしていたが、諦めたようにため息をついた。

「わかった。ルーシーがそこまで言うなら」
「ありがとう、ケント!」

 ルーシーは嬉しそうに言い、ケントに抱きついた。

「おっとと……」

 その勢いにバランスが崩れ、あやうく椅子ごと転げそうになるのを、ケントはなんとか耐えた。

「ありがとうございます! では明日早朝、ギルドに集合でよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
「それではよろしくお願いします。私は準備があるので、先に失礼します」

 ルーシーの返事を聞くなり、ネヴィルはもう一度頭を下げて立ち去った。

「ありがとう、ルーシー。それにケントも」
「本当に、ありがとうね」

 バルガスとニコールがそう言って立ち上がったので、ケントとルーシーも席を立つ。

「こちらこそ、よろしくね」
「よろしく」

 それぞれ握手を交わし、いざ解散となったときだった。

「ケントくん、その手……」

 ニコールがケントの手に巻かれた包帯に気づいた。

「ああ、これは《止血》の練習でちょっと深く切り過ぎちゃって……」

 すでに《止血》の効果は切れ、血がにじみ出ている。

「ちょっと見せて」

 彼女はそう言ってケントの手を取り、包帯をほどく。

「結構深いわね……痛いでしょう?」
「まぁ、それなりに」

 ナイフでつけた切り傷は、ジクジクと痛んでいたが、我慢できないほどではなかった。

「お礼ってわけじゃないけど」

 ニコールがそう言って傷に手をかざすと、ケントの手のひらが淡く光った。

「あ……」

 それと同時に痛みがなくなり、ニコールが手をどかすと傷が消えていた。

「治癒魔術を使えるのよ。大けがは治せないけどね」

 そう言って、ニコールは微笑んだ。
 なんの打算も感じられない、優しい笑顔に見えた。

「ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、明日」

 最後にそう言い残して、ニコールはバルガスとともに去っていった。

「ごめんね、ケント。わがまま言って」

 バルガスたちがギルドから出るのを見送ったあと、ルーシーがぼそりと言った。

「大丈夫、問題ないよ」

 ケントがそう言って笑いかけると、ルーシーも安堵したように微笑む。

 そのあと彼女は思い出したように受付のほうを見たが、そこにクラークの姿はなかった。
  
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