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第1章
34話 バルガスからの提案
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突然ネヴィルから謝罪されたことに、ケントとルーシーは大いに戸惑った。
「すまん、勝手なことだとは思うんだが、俺たちの話を聞いてもらえないだろうか」
頭を下げ続けるネヴィルの傍らで、バルガスが申し訳なさそうにそう言った。
「えっと、話を聞くくらいならいいと、思うけど……どうかな?」
ルーシーにそう問われ、ケントは険しい表情のまま無言で頷いた。
「すまんな」
バルガスがそう言うと、ネヴィルが頭を上げる。
「ありがとうございます」
昨日の彼からは想像もつかないほど、穏やかな口調と表情だった。
コーヒーを奢るといわれ、酒場のほうへ移動する。
「私がルーシーさんを仲間にしたいと考えたのは、このふたりからあなたの能力について聞いたからなんだ」
丁寧な言葉で、ネヴィルが話し始める。
「あたしの能力?」
「あー、あれだ、ドロップ運がいいっていう」
首を傾げるルーシーに、バルガスが申し訳なさそうに答える。
バルガスたちは拠点にしていた町でネヴィルと親交があったらしい。
何度か酒の席をともにするなかで、昔話の一環としてルーシーの話が出たのだ。
「すまん、勝手に話しちまって」
「別にいいわよ」
ルーシーの能力については、公に認められていない代わりに隠匿されているわけでもない。
彼女はこれまで多くの冒険者とパーティーを組んでいるので、気づく者は気づくだろうし、話す者は話すだろう。
「そこで私は不思議に思って、懇意にしているギルド職員に話を聞いたんです。そしたら、ルーシーさんのことはギルド間では結構有名なようで」
「そうなの?」
「はい。それで私は、ルーシーさんと組めば実績を上げられると思い、バルガスたちに頼んで同行してもらったのです」
そこでネヴィルは机に手をつき、頭を下げる。
「功を焦ってついあのような態度になってしまいましたこと、本当になんとお詫びしていいか……」
「あー、うん、もういいわよ。謝ってくれたわけだし」
「ありがとうございます」
顔を上げ、ホッとしたように微笑んだネヴィルだったが、ふと眉を寄せる。
「それにしても、クラークはひどいですね」
その言葉に、ルーシーが眉を上げる。
「クラークさんが、なに?」
「だってそうでしょう? ルーシーさんの能力が持つ恩恵を独占するために、あなたをこの町に縛り付けているのですから」
「あはは……能力を独占って、そんな大げさな」
ネヴィルの言葉に、ルーシーは思わず呆れてしまう。
だが、彼は真剣な表情のまま言葉を続けた。
「大げさでしょうか? あなたがもしダンジョンに入れば、どれだけの富と実績を得られると? 稀少なドロップアイテムが手に入れば、一度の探索で億単位の金だって稼げるんですよ?」
「そうかもしれないけど、ランクの問題があったし」
「それはこの町だからでしょう。他の町……たとえば私たちのいた町なら、Bランク冒険者なんていくらでもいましたよ。その中には、あなたを雇いたいという人もきっといたはずです」
「現に、俺たちはお前がいてくれたらなって、何度も考えたよ」
ネヴィルの言葉を、バルガスが補足する。
「実際他のギルドでは、ルーシーさんの招聘を望む声が多く上がっているんです。実績次第ではランクアップしても問題ないという意見も出ています。でもそれを握りつぶしているのが、あのクラークなのですよ」
「……どういうこと?」
驚いたルーシーが問いかけると、ニコールが身を乗り出す。
「これは本当の話なの。あなたの能力値にあるあのよくわからない文字は、もしかするとAよりも高い値かもしれないって考えもあって……ならランクアップだって問題ないでしょ?」
「――っ!」
ニコールの言葉にルーシーは息を呑む。
ケントも少し驚きはしたが、軽く眉を動かしただけで動揺は見せなかった。
『S』という文字の読み方や意味がわからずとも、ルーシーの異常なまでに高いドロップ運から、『A』よりも高いと考える者が現れても、おかしくはないだろう。
「じゃあ、他の町にいってたら、あたしは……」
「とっくにCランクになっていたんじゃないですか?」
「そうでなくても、1億シクロくらいは楽に稼げていたでしょうね」
「そんな……」
ネヴィルとニコールの言葉に、ルーシーが呆然とする。
「なぁ、ルーシー……」
よくない流れだと思ったケントは、ルーシーに声をかけ、肩を叩こうとした。
「許せないっ……!」
だがその前に、ルーシーは勢いよく席を立ち、歩き始めた。
「ルーシー、待て!」
ケントも慌てて立ち上がり、彼女のあとを追う。
ふと視線を移すと、昏い笑みを浮かべるネヴィルの姿が目に入った。
○●○●
「クラークさん、どういうこと!?」
受付台に辿り着くなり、ルーシーは台を強く叩いてクラークに問いかけた。
突然のことに驚いたクラークだったが、酒場のほうに目をやり、バルガスたちの姿を認めると、小さくため息をつく。
「なんだ、突然」
「なんだ、じゃないわよ! あたしをこの町に縛り付けてたって、本当なの!?」
「俺がいつ、そんなことを言った? この町で活動を続けるのは、お前の意思のはずだ。冒険者の住居を縛り付けるような権限が、ギルドにあると思うのか?」
さらりと返され、ルーシーは歯噛みする。
だが、追及を緩めるつもりはない。
「他の町に拠点を移そうか、相談したことあったよね? そのとき反対したじゃない!」
「Fランク冒険者にとって、この町は適正な活動場所だからな。お前じゃなくとも、反対するさ」
「でも、ほかのギルドから招聘があって、そしたらランクアップだって……」
「たしかにそういう話はあったな」
「だったら……」
「だったら、なんだ?」
「うっ……」
静かだが、重い声に、ルーシーが怯む。
「あのよくわからん文字が仮にAより高い値だったとして、なんだというんだ?」
「だって、ランクアップできれば、ダンジョンにだって……」
「オーク1匹満足に倒せんやつがダンジョンだと? 冒険者をなめるな!」
「くっ……」
クラークの怒声にルーシーは身を縮めたが、すぐににらみ返す。
「でも、もう倒せるわ! 能力値だって、ランクだって上がったじゃない!」
「ああ、そのとおりだ。ならばお前の思うとおりに活動すればいい。冒険者は自由だ。これまでも、これからもな」
「……ええ、好きにさせてもらうわよ!」
そう吐き捨てて踵を返すと、ケントが心配そうに自分を見ていた。
「ルーシー……」
彼女はなぜかケントの目を見られず、顔を逸らす。
そして彼の横を通って、バルガスたちの席に戻った。
○●○●
クラークは去っていくルーシーの背中を、悲しげな表情で見ていた。
ケントの視線に気付くと、彼は表情をあらためる。
そんなクラークを安心させるように、ケントは一度大きく頷き、自分も席にもどった。
「お、おい、大丈夫か?」
席に戻ると、バルガスがルーシーを心配して声をかけていた。
彼女は無言で小さく頷くと、残ったコーヒーを飲み始める。
「それで、なんの話なんだ?」
このままでは話が進まないと判断し、ケントから切り出した。
「ああ、実はルーシーとケントがランクアップしたと聞いてな」
冒険者のランクについては、別段秘密事項というわけではない。
昨夜手続きをした際も、クラーク以外にだれもいないわけではなかったし、耳の早いものなら知っていてもおかしくないだろう。
「それで?」
「それで、だな……俺たちとレイドを組んでもらえないか?」
レイドとは、異なるパーティー同士で連携して活動する行為をいう。
今回のように少人数の場合もあれば、100名を超える大人数になることもあった。
「ケントがGランクじゃなくなったんなら、問題なくダンジョンにも潜れるだろう? だから……」
「それ、あたしからも言おうと思ってたよ」
「えっ?」
「そうなのか……?」
ルーシーの言葉に、ケントとバルガスを始め、全員が驚く。
「昨日会った時点でランクアップは確実だったから、特例なんて必要ないよって、言おうとしたんだけど……」
そこでルーシーはちらりとネヴィルを見る。
「ははは……私が先走ったせいで台無しになったわけですか。重ね重ね申し訳ない」
「いえ、だから、もう謝んなくていいって」
頭を下げるネヴィルを、ルーシーが窘める。
「それじゃあルーシー、レイドの件は――」
「ちょっと待ったぁーっ!!」
バルガスがあらためてルーシーの意思を確認しようとしたところに、割り込む声があった。
「その話、僕も1枚かませてほしいのだが?」
声のほうを見ると、バートが腰に手を当て、片手をこちらに向けていた。
その半歩うしろにマリーは直立して控え、アイリは近くの椅子の上に立ち、腰に手を当て胸を張っている。
風のない屋内で、なぜかバートのマントがなびいていた。
「すまん、勝手なことだとは思うんだが、俺たちの話を聞いてもらえないだろうか」
頭を下げ続けるネヴィルの傍らで、バルガスが申し訳なさそうにそう言った。
「えっと、話を聞くくらいならいいと、思うけど……どうかな?」
ルーシーにそう問われ、ケントは険しい表情のまま無言で頷いた。
「すまんな」
バルガスがそう言うと、ネヴィルが頭を上げる。
「ありがとうございます」
昨日の彼からは想像もつかないほど、穏やかな口調と表情だった。
コーヒーを奢るといわれ、酒場のほうへ移動する。
「私がルーシーさんを仲間にしたいと考えたのは、このふたりからあなたの能力について聞いたからなんだ」
丁寧な言葉で、ネヴィルが話し始める。
「あたしの能力?」
「あー、あれだ、ドロップ運がいいっていう」
首を傾げるルーシーに、バルガスが申し訳なさそうに答える。
バルガスたちは拠点にしていた町でネヴィルと親交があったらしい。
何度か酒の席をともにするなかで、昔話の一環としてルーシーの話が出たのだ。
「すまん、勝手に話しちまって」
「別にいいわよ」
ルーシーの能力については、公に認められていない代わりに隠匿されているわけでもない。
彼女はこれまで多くの冒険者とパーティーを組んでいるので、気づく者は気づくだろうし、話す者は話すだろう。
「そこで私は不思議に思って、懇意にしているギルド職員に話を聞いたんです。そしたら、ルーシーさんのことはギルド間では結構有名なようで」
「そうなの?」
「はい。それで私は、ルーシーさんと組めば実績を上げられると思い、バルガスたちに頼んで同行してもらったのです」
そこでネヴィルは机に手をつき、頭を下げる。
「功を焦ってついあのような態度になってしまいましたこと、本当になんとお詫びしていいか……」
「あー、うん、もういいわよ。謝ってくれたわけだし」
「ありがとうございます」
顔を上げ、ホッとしたように微笑んだネヴィルだったが、ふと眉を寄せる。
「それにしても、クラークはひどいですね」
その言葉に、ルーシーが眉を上げる。
「クラークさんが、なに?」
「だってそうでしょう? ルーシーさんの能力が持つ恩恵を独占するために、あなたをこの町に縛り付けているのですから」
「あはは……能力を独占って、そんな大げさな」
ネヴィルの言葉に、ルーシーは思わず呆れてしまう。
だが、彼は真剣な表情のまま言葉を続けた。
「大げさでしょうか? あなたがもしダンジョンに入れば、どれだけの富と実績を得られると? 稀少なドロップアイテムが手に入れば、一度の探索で億単位の金だって稼げるんですよ?」
「そうかもしれないけど、ランクの問題があったし」
「それはこの町だからでしょう。他の町……たとえば私たちのいた町なら、Bランク冒険者なんていくらでもいましたよ。その中には、あなたを雇いたいという人もきっといたはずです」
「現に、俺たちはお前がいてくれたらなって、何度も考えたよ」
ネヴィルの言葉を、バルガスが補足する。
「実際他のギルドでは、ルーシーさんの招聘を望む声が多く上がっているんです。実績次第ではランクアップしても問題ないという意見も出ています。でもそれを握りつぶしているのが、あのクラークなのですよ」
「……どういうこと?」
驚いたルーシーが問いかけると、ニコールが身を乗り出す。
「これは本当の話なの。あなたの能力値にあるあのよくわからない文字は、もしかするとAよりも高い値かもしれないって考えもあって……ならランクアップだって問題ないでしょ?」
「――っ!」
ニコールの言葉にルーシーは息を呑む。
ケントも少し驚きはしたが、軽く眉を動かしただけで動揺は見せなかった。
『S』という文字の読み方や意味がわからずとも、ルーシーの異常なまでに高いドロップ運から、『A』よりも高いと考える者が現れても、おかしくはないだろう。
「じゃあ、他の町にいってたら、あたしは……」
「とっくにCランクになっていたんじゃないですか?」
「そうでなくても、1億シクロくらいは楽に稼げていたでしょうね」
「そんな……」
ネヴィルとニコールの言葉に、ルーシーが呆然とする。
「なぁ、ルーシー……」
よくない流れだと思ったケントは、ルーシーに声をかけ、肩を叩こうとした。
「許せないっ……!」
だがその前に、ルーシーは勢いよく席を立ち、歩き始めた。
「ルーシー、待て!」
ケントも慌てて立ち上がり、彼女のあとを追う。
ふと視線を移すと、昏い笑みを浮かべるネヴィルの姿が目に入った。
○●○●
「クラークさん、どういうこと!?」
受付台に辿り着くなり、ルーシーは台を強く叩いてクラークに問いかけた。
突然のことに驚いたクラークだったが、酒場のほうに目をやり、バルガスたちの姿を認めると、小さくため息をつく。
「なんだ、突然」
「なんだ、じゃないわよ! あたしをこの町に縛り付けてたって、本当なの!?」
「俺がいつ、そんなことを言った? この町で活動を続けるのは、お前の意思のはずだ。冒険者の住居を縛り付けるような権限が、ギルドにあると思うのか?」
さらりと返され、ルーシーは歯噛みする。
だが、追及を緩めるつもりはない。
「他の町に拠点を移そうか、相談したことあったよね? そのとき反対したじゃない!」
「Fランク冒険者にとって、この町は適正な活動場所だからな。お前じゃなくとも、反対するさ」
「でも、ほかのギルドから招聘があって、そしたらランクアップだって……」
「たしかにそういう話はあったな」
「だったら……」
「だったら、なんだ?」
「うっ……」
静かだが、重い声に、ルーシーが怯む。
「あのよくわからん文字が仮にAより高い値だったとして、なんだというんだ?」
「だって、ランクアップできれば、ダンジョンにだって……」
「オーク1匹満足に倒せんやつがダンジョンだと? 冒険者をなめるな!」
「くっ……」
クラークの怒声にルーシーは身を縮めたが、すぐににらみ返す。
「でも、もう倒せるわ! 能力値だって、ランクだって上がったじゃない!」
「ああ、そのとおりだ。ならばお前の思うとおりに活動すればいい。冒険者は自由だ。これまでも、これからもな」
「……ええ、好きにさせてもらうわよ!」
そう吐き捨てて踵を返すと、ケントが心配そうに自分を見ていた。
「ルーシー……」
彼女はなぜかケントの目を見られず、顔を逸らす。
そして彼の横を通って、バルガスたちの席に戻った。
○●○●
クラークは去っていくルーシーの背中を、悲しげな表情で見ていた。
ケントの視線に気付くと、彼は表情をあらためる。
そんなクラークを安心させるように、ケントは一度大きく頷き、自分も席にもどった。
「お、おい、大丈夫か?」
席に戻ると、バルガスがルーシーを心配して声をかけていた。
彼女は無言で小さく頷くと、残ったコーヒーを飲み始める。
「それで、なんの話なんだ?」
このままでは話が進まないと判断し、ケントから切り出した。
「ああ、実はルーシーとケントがランクアップしたと聞いてな」
冒険者のランクについては、別段秘密事項というわけではない。
昨夜手続きをした際も、クラーク以外にだれもいないわけではなかったし、耳の早いものなら知っていてもおかしくないだろう。
「それで?」
「それで、だな……俺たちとレイドを組んでもらえないか?」
レイドとは、異なるパーティー同士で連携して活動する行為をいう。
今回のように少人数の場合もあれば、100名を超える大人数になることもあった。
「ケントがGランクじゃなくなったんなら、問題なくダンジョンにも潜れるだろう? だから……」
「それ、あたしからも言おうと思ってたよ」
「えっ?」
「そうなのか……?」
ルーシーの言葉に、ケントとバルガスを始め、全員が驚く。
「昨日会った時点でランクアップは確実だったから、特例なんて必要ないよって、言おうとしたんだけど……」
そこでルーシーはちらりとネヴィルを見る。
「ははは……私が先走ったせいで台無しになったわけですか。重ね重ね申し訳ない」
「いえ、だから、もう謝んなくていいって」
頭を下げるネヴィルを、ルーシーが窘める。
「それじゃあルーシー、レイドの件は――」
「ちょっと待ったぁーっ!!」
バルガスがあらためてルーシーの意思を確認しようとしたところに、割り込む声があった。
「その話、僕も1枚かませてほしいのだが?」
声のほうを見ると、バートが腰に手を当て、片手をこちらに向けていた。
その半歩うしろにマリーは直立して控え、アイリは近くの椅子の上に立ち、腰に手を当て胸を張っている。
風のない屋内で、なぜかバートのマントがなびいていた。
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