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第1章

8話 冒険者登録

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 目覚めればそこは昨日と同じ部屋だった。

 昨夜眠る前、枕元に置いておいたミントパイプを咥える。

「すぅ…………ふぅー……」

 ミントの清涼感で、半分眠っていた脳が目覚めていく。
 やがてクリアになった思考で、どうやら昨日までの経験が夢ではないらしいことを認識した。

「すべて現実ってことか」

 とりあえず自分を納得させ、さっとスーツに着替えてバッグを背負い1階に下りた。

「おーい、ケントー!」

 朝食の客でごった返すフロアの奥から、ルーシーが呼びかけてきたので、そちらへ向かう。

「モーニングセットでよかった?」
「ああ。ありがとう」

 ふたりがけの小さなテーブルに向かい合って座った。

 ルーシーはすでに装備を整えていた。
 ケントも昨日と同じ恰好なので、装備を整えていると言ってもいいだろうか。

 一応ネクタイもちゃんと締めている。

「おまたせしましたー」

 ウェイトレスがトレイをふたつ持ってきた。
 メニューは蒸し鶏が乗ったサラダにトースト、ゆで卵、そして紅茶というものだった。

 日本の喫茶店にありそうなメニューだと、ケントは思った。

「この鶏とか卵もドロップ品?」
「さぁ? 普通に養鶏所のじゃないかしら」

 昨日も思ったが、この世界では畜産が産業として成り立っているようだ。
 パンもファンタジーものにありがちな固いものではなく、ふわふわとした食感だった。

 続けてサラダを口にしてみる。

「おお、シャキシャキして美味い」
「当たり前でしょ。サラダなんだから」
「この野菜はドロップ品なんてことは……」
「普通に畑でとれていると思うけど」

 どうやら、生で食べられる野菜を栽培できるほどに、農業も発達しているようだ。

 町の雰囲気からして近世欧風あたりの時代だと思っていたが、それよりも文明は進んでいるのだろうか。
 それに加護板や宿のカードキーなどは、令和初期の日本と比べて遜色ないものだ。

(魔術、だったか。あと、魔物やら加護やらもある世界だし、単純に文明を比較するのはやめておいたほうがよさそうだな)

 服と身体を水も石けんも洗剤もなしにきれいにできる浄化施設など、元の世界で実現するにはどれほどのテクノロジーが必要なのかも想像もつかない。

 なんにせよ、食事と衛生面で苦労しなさそうなのはありがたいことだ。

「じゃあ、いきましょうか」

 朝食を終えたふたりは、さっそくギルドへ向かった。

「よう、きたな。それじゃあついてきな」

 そして、昨日と同じ男性職員に連れられ、ギルド2階の講習室というところに案内される。

「さて、冒険者ギルドへ登録するにあたって、規則や注意事項なんかを知ってもらわなくちゃいけないわけだが」

 10人ほどが並んで講義を受けられるスペースに、ケントとルーシーが並んで座っていた。
 ルーシーはいまさら講習を受ける必要もないが、付き合ってくれるとのことだった。

 そんなふたりに目をやったあと、職員は再び口を開く。

「お前たちはパーティーを組むのか?」
「えっと……」

 職員の質問にルーシーは少し困った様子でケントを見た。

「俺としては、彼女と行動できるほうがありがたいと思っていますけど」
「そ、そうなんだ。あたしは、ケントがいやじゃなければ――」
「じゃあ決まりだな」

 ルーシーの言葉を遮るように職員が言い、ケントらはパーティーを組むこととなった。

「そいうことなら、講習はざっと流すだけにするから、わからないところは適宜ルーシーに聞いてくれ」
「まかせといて。慣れてるから」

 ルーシーの言葉に、職員が少し悲しげな表情を浮かべたように見えた。
 そして、当のルーシーはどこか自嘲気味に肩をすくめている。

「ではさっそく始めようか」

○●○●

 本当にざっと規則などの説明をされただけで、講習は終わった。

 冒険者というのは、基本的に魔物を討伐するのが仕事で、そのために加護が与えられる。
 ただし、頼まれればそれ以外の仕事もやる『なんでも屋』のような一面もあった。

 魔物の強さや依頼達成の難易度などにランクが定められていたり、ランクによっては依頼を受けられなかったり、依頼達成を積み重ねればランクが上がったりする。
 もう少し細かいことの説明もあったが、大雑把に言えばそういうことだった。

 時間にして30分ほどだっただろうか。

 ある程度頭には入ったが、わからないことはルーシーに聞けばいいということなので、その都度質問し、確認すればいいだろう。

「では講習を理解し、冒険者になることに同意するのであれば、ここに手を置いてくれ。いまならまだ、引き返せるぞ」

 最初に言ったとおり、冒険者は魔物と戦うのが仕事だ。
 そのために加護を得る。

 なぜ魔物と戦う者を冒険者と呼ぶのかは、話が長くなるとかで省略された。

「そこに触れたら、加護を得られるんですね?」
「その通りだ。そして加護を得たからには、お前は冒険者として戦わなくてはならない」
「わかりました」

 部屋の片隅に、石柱が立っていた。
 それは銃が置かれていたもの、あるいは町の門に設置されていたものに似ていた。

 手を置くと上端部に設置された石版が、淡く光った。
 その光はやがてケントの全身を包み込んだ。

「お、なんだ?」

 やがて光は手を通して石版へと吸い込まれるように消えた。
 力が湧き上がってくるように感じた。

「無事、加護は得られたようだな。おめでとう」
「えっと、ありがとうございます」

 どうやら、加護を得ることに成功したようだ。

「ふふ、おめでとう」
「ああ」

 自分の身体が自分の物でないような、妙な感じだ。

「だいじょうぶ。すぐに慣れるわよ」

 考えが表情に出ていたのか、ルーシーは穏やかな口調でそう言った。

「いま受け取った情報から加護板を作成するので、下で待っていてくれ」

 職員に促されて部屋を出たふたりは、1階に下りるべく歩き始めた。

「おつかれさま」
「ルーシーこそおつかれ。つき合わせちゃって悪いね」
「気にしなくていいわよ。こういうのはたまに復習しといたほうがいいからね。それから……」

 ふとルーシーが足を止めたので、ケントもつられて立ち止まる。

「パーティー、組んでくれてありがとうね」

 彼女は隣に立つ、自分より少し背の高いケントを軽く見上げながら、照れたようにそう言った。

「いや、お礼を言うべきは俺のほうだろ。これからいろいろ世話になるんだから」
「そっか。それもそうね」

 ルーシーが納得したようだったので、ケントは再び歩き出そうとしたが、1歩踏み出したところで袖をつままれた。

「ん、どうした?」

 立ち止まり、振り返ってルーシーを見る。

「えっと、その、大事なことだから最初に言っておくんだけど」
「パーティーのルール的なこと?」
「そうね。そんな感じのこと」

 そこでルーシーは、にっこり笑ってケントを見た。

「パーティー、解消したくなったらいつでも遠慮なく言ってね。あたしは平気だから」

 そう言った彼女は相変わらず笑顔を浮かべたままだったが、なぜかケントには、それが泣き顔のようにに見えた。

「それはお互い様じゃないかな。ルーシーもいやになったらいつでも言ってくれよ」

 先ほどの職員とのやりとりといい、なにか事情があるのかもしれないが、まだ会ったばかりの女性だ。

 少なくともいまは、対等であろうとすればいいだろう。

「そっか。それもそうね」

 ケントの言葉に納得したのか、ルーシーは先ほどと同じ返事をした。

「それじゃ、下におりましょうか」

 そして歩き始めたルーシーのあとに、ケントも続いた。

(もう、いいかな)

 階段を下りながら、ケントはミントパイプを胸ポケットから取り出して咥えた。

 講習の途中で少し眠くなったので吸いたかったが、この世界におけるタバコの立ち位置がわからないので控えていたのだ。

「すぅ……」

 ミントパイプを吸うと、少し疲れていた脳がスッキリするのを感じた。
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