上 下
6 / 48
第0章

6話 土地の相続

しおりを挟む
 姉が帰り、祖母と一緒に食事の後片付けを終えたあと、ふたりはリビングでテレビを流しながら雑談を続けていた。

「あ、そうだ。ケントは実印持ってるかい?」
「実印? なんで?」
「土地の相続をしておきたいと思ってね」
「はぁ? 相続!?」

 相続という言葉に、思わず声を上げてしまう。

「なに驚いてんだい? 年寄りなんてちょっとつまずいて頭打っただけでコロッと死んじまうんだからね」
「ばあちゃん、なに縁起でもないことを……」
「縁起の善し悪しなんて関係ないよ。こういうことはね、アタシが元気なうちにやっといたほうがいいのさ」

 言いながら祖母は立ち上がり、棚を漁り始めた。

「いや、俺、ずっとこっちにいるとは限らないんだけど」
「べつにかまやしないよ。一応これ、見といておくれ」

 戻ってきた祖母は、テーブルに権利書を置いた。

「うーん、ばあちゃんがそれでいいんならいいけど……」
「そのかわり、固定資産税の払いはたのむよ?」

 そう言って祖母は、ぱちりと片目をつむった。
 あいかわらず茶目っ気のある人だと、ケントの口から思わず笑みがこぼれる。

「しかし、土地の権利書ねぇ」

 自分と無縁だと思っていたが、この歳になればそういう話が出てきてもおかしくないのかもしれない。
 そう考えながら、ケントは権利書を手に取り、開いた。

「……なんか、土地多くない?」

 権利書には、自宅の番地以外にいくつかの住所が記載されていた。

「ほれ、じいさまが趣味でやってた畑があるだろ? あれだよ」
「あー」

 そういえば子供のころ、畑仕事を手伝わされた覚えがある。

「えっと、どれどれ……あー、ここか」

 せっかくなので、ケントはスマートフォンを取り出し、記載された住所を入力して地図検索を行った。
 航空写真モードに切り替えると、なんとなくその土地の思い出が蘇ってくる。

「おや、おもしろそうなもの見てるねぇ」
「お、ばあちゃんも見る?」

 祖母の隣に座り直し、一緒にスマートフォンの画面を見ながら、亡き祖父への愚痴も含めて思い出を語り合った。

「……ん? これは、どこ?」

 いくつか記載されていた住所の中で、ひとつだけ心当たりのないものがあった。

 少し離れたところにあるその土地は、航空写真で見る限り周りに民家などのない雑木林だった。
 広さはテニスコートくらいだろうか。

「気になるのかい?」
「あー、うん。ちょっとだけ」
「だったら見に行けばいいじゃないか。ヒマなんだろ?」
「それもそうだね」

 祖母の言うとおり時間はあるのだから、気になるなら見に行けばいいだけの話だ。

「ま、なんにせよ車は必要だね」
「あれ、そういや、ばあちゃん車は?」
「ちょっと前に免許を返納してね。売っ払っちまったよ」
「え、不便じゃない?」
「近くにコンビニができたからね。あれがなきゃもう少し躊躇したと思うけどさ」

 歩いて5分のところにコンビニができたのは、10年ほど前だったか。
 このあたりの年寄りで結構繁盛しているらしい。

 それに、週に1度は姉が買い出しに連れて行ってくれるそうだし、タクシーチケットやコミュニティバスを使えば、不便ながらもそれなりに生活できるのだとか。

「でも、チケットで全部まかなえるわけじゃないだろ? 結構な出費になるんじゃない?」
「どうだろうねぇ。税金やら車検代やらを考えると、案外安く上がるんじゃないかと思うけど」
「なるほどなぁ」

 とはいえ、田舎で暮らす以上自動車はあるに越したことはない。

 ケントは翌日カーディーラーへ行くことにした。

○●○●

 真新しい自転車にまたがる。
 自動車購入までの足にと、姉に頼んで買っておいてもらったものだ。

 近所の中古車ディーラーでコンパクトカーを購入した。
 10日ほどで納車されるとのことだった。

 そのまま自転車で役所へ行き、住所変更と印鑑登録を行い、その場で印鑑証明を発行してもらった。
 そのあとは、久々の故郷をのんびりと自転車で走りながら、家に帰った。

「ただいまー」

 家に帰ると、祖母は膝に黒猫を乗せ、縁側でうとうとしていた。
 近づくと、ケントの足音に驚いたのか、黒猫は逃げ去ってしまった。

「おや、おかえり」
「うん、ただいま。あいかわらず黒猫好きなんだな」

 このあたりには昔から結構な数の野良猫がいた。

 明確に誰がどの猫を飼っているというのはないが、なんとなく近所の人たちが餌付けをして世話をしているという状態だ。

 そんななか、黒猫が現れればかならず祖母が世話をしていた。
 向こうが懐くということもあるが、祖母は昔から黒猫が好きだった。

「幸運を運んでくれるからねぇ。それに、昔よく遊んでもらったんだよ」
「ふぅん」
「今回だって、ケントを連れ帰ってくれたしねぇ」
「はは……」

 なるほど、かわいい孫が帰ってきたことは祖母にとって幸運なことかもしれない。
 だがそれは勤めていた会社が潰れるという不幸と背中合わせなので、ケントは思わず乾いた笑いを漏らした。

「そういや、最近減ったよね? 猫の数」
「自治会でお金を出し合って、避妊手術をしてるからね」
「なるほど」

 祖母に似て猫好きのケントだが、野良猫の存在を快く思わない人がいることも理解している。

 敷地内での糞尿被害や家屋への侵入といった問題だけでなく、地域によっては希少動物を絶滅に追いやる害獣扱いされることもあるという。
 個体数の調整は必要だろうし、それに自治会の理解があるというのは悪いことではないのだろう。


 土地の名義変更については、姉に了承を得た上で手続きを行った。

 ほとんどが司法書士任せだった。

「なに、また車借りに来たの?」
「なにかと入り用でさ。ばあちゃんのお使いもあるし」
「なんでもかんでも売り払うからそういうことになるんじゃないの?」
「ははは……」

 前の家で使っていた物はほぼすべて処分したので、必要な物を買い集めるのに結構出かけることが多かった。

 ネットで何でも揃う時代だが、それでも実物を見て“そういえばこれ、必要だったな”と思うことは多々あったので、何度か姉の自動車を借りて出かけることになった。

「おっちゃん! ばあちゃん! いらっしゃーい!!」
「……ちわっす」

 祖母と一緒に姉の家に泊まったりもした。
 しばらくぶりに会う甥と姪は見違えるほど成長していて、ずいぶんと遊びに付き合わされた。

「ケントくんふっさふさだなぁ、羨ましい……」
義兄にいさんも全然あるじゃないですか」
「いやいや、ちょっと薄くなってきただろ?」
「んー、まぁ、ちょっとだけ? でも、ほとんど変わんないですよ?」
「わかってないなぁ。“あれ、ちょっと減ったかな?”と思ったときにはもうすでに半分以下になってるんだってさ」
「うへぇ、まじですか」

 義兄に会うのも久しぶりだが、少し老けたように感じられた。
 祖母も変わってないと感じたが、改めて会えば姉もそこまで歳を感じさせなかった。
 まぁ、女性ではあるし、それなりに努力をしているのだろう。

 そんなこんなであっという間に10日が過ぎ、納車の日となった。

 高校を卒業してすぐ都会に出たケントにとって、初めてのマイカーだ。

「へええ、なかなかいい車じゃないか。けいにはしなかったんだね?」
「向こうじゃときどきレンタカーに乗ってたけど、それでも久々の運転だからね。万が一の時に頑丈なほうがいいと思って」
「ふぅん、そういうもんかね」
「あと、車体はこっちのほうが安いから」

 維持費はともかく、軽自動車は車体価格が下がりにくいのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

地球にダンジョンができたと思ったら俺だけ異世界へ行けるようになった

平尾正和/ほーち
ファンタジー
地球にダンジョンができて10年。 そのせいで世界から孤立した日本だったが、ダンジョンから採れる資源や魔素の登場、魔法と科学を組み合わせた錬金術の発達により、かつての文明を取り戻した。 ダンジョンにはモンスターが存在し、通常兵器では倒せず、ダンジョン産の武器が必要となった。 そこでそういった武器や、新たに発見されたスキルオーブによって得られる〈スキル〉を駆使してモンスターと戦う冒険者が生まれた。 ダンジョン発生の混乱で家族のほとんどを失った主人公のアラタは、当時全財産をはたいて〈鑑定〉〈収納〉〈翻訳〉〈帰還〉〈健康〉というスキルを得て冒険者となった。 だが冒険者支援用の魔道具『ギア』の登場により、スキルは大きく価値を落としてしまう。 底辺冒険者として活動を続けるアラタは、雇い主であるAランク冒険者のジンに裏切られ、トワイライトホールと呼ばれる時空の切れ目に飛び込む羽目になった。 1度入れば2度と戻れないその穴の先には、異世界があった。 アラタは異世界の人たちから協力を得て、地球との行き来ができるようになる。 そしてアラタは、地球と異世界におけるさまざまなものの価値の違いを利用し、力と金を手に入れ、新たな人生を歩み始めるのだった。

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

【R18】淫乱メイドは今日も乱れる

ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。 毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を…… ※性的な表現が多分にあるのでご注意ください

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

処理中です...