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第1章

第19話 エドモンの秘密

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 曲がりくねった坑道の奥に、光が見えた。

「その先だな」

 ラークが呟き、エドモンが頷く。

 頭に叩き込んだ地図によると、先に見えるカーブを曲がれば、少し広い場所があるはずだ。

 コアルームと呼ばれる、ダンジョンの最深部である。

 あの光は、最深部にあるダンジョンコアが放つものに違いなかった。

「ねぇ、ダンジョンコアってどうやって壊せばいいのかな?」
「強い力をぶつければ壊れるらしいから、とりあえず俺の青魔法でぶん殴ってみるよ」
「そうだね。それでダメならボクの魔法で硬度を下げてやれば……」

 そうやって喋りながら歩いているうちに、ふたりはコアルームへと辿り着いた。
 そして目の前の光景に、エドモンは言葉を詰まらせ立ち尽くす。

 ラークも立ち止まり、思わず息を呑んだ。

 ふたりが見る先には、両手で抱えなければならないほどの大きな宝玉があった。

 それこそ、ダンジョンコアだろう。

 だが彼らが驚いたのはコアの姿にではない。
 その宝玉のすぐ近くに、人影があったからだ。

 黒いローブを身に纏った男性だった。

 頬はこけ、ローブの袖から見える手は骨と皮だけのようだった。
 わずかに覗く手首が驚くほど細い。

 肌が青白く見えるのは、宝玉が放つ光のせいだろうか。

(なんで、こんな所に人が……?)

 ラークはそんな疑念とともに警戒心を抱き、男性を見据える。

 向こうも、ふたりに気づいているようだった。

「おやおやおやおやぁ」

 ローブの男性は、白く長い髪をかき上げながらふたりを見た。

「こんなところで会うとは、奇遇だねぇ」

 歯をむき出してニタリと笑う男の赤い目は、エドモンを捉えている。
 そのエドモンは目を見開き、呆然としているようだった。

「くくくく……まったく、迷宮都市なんていうへんな場所で大氾濫スタンピードを起こすなどというクソつまらん任務だと嘆いていたが、こんな幸運があるとはねぇ」
大氾濫スタンピードを起こす、だって……?」

 男の言葉にラークが険しい表情を浮かべる。

「あんたが、なにかしているのか? それで大氾濫スタンピードが起ころうとしているのか?」

 ラークは問いかけたが、男は彼を一瞥し、すぐにエドモンへと視線を戻す。
 エドモンは相変わらず、ローブの男を見たまま固まっていた。

(知り合い、なのか?)

 少なくとも、男のほうはエドモンを知っている様子だ。

「おい、エドモン――」
「エドモン!!」

 ラークがエドモンを問いただそうとしたところで、ローブの男が大声を上げて言葉を遮る。

 ラークは続く言葉を呑み、男とエドモンを交互に見た。

 男は嘲るような笑みをエドモンに向けている。

「なるほどなるほど、エドモンと……アナタはいまエドモンと名乗っているのだねぇ」

 ねっとりとした口調で男がそう言うと、エドモンは眉を寄せて歯ぎしりをする。

「健気だねぇ……かつて父が使っていた偽名を名乗り、彼の足跡でも辿っているのかねぇ」

 どうやらエドモンというのは偽名であるらしい。
 だが、偽名を名乗る冒険者は、少なくない。

 エドモンに対する疑問は尽きないが、それ以上にこのローブの男が不快だった。

「おい、質問に答えろ! 大氾濫スタンピードを起こすって、なんのことだよ!?」

 エドモンへの疑問は棚上げにし、男を問い詰める。

 男はふたたびラークを見た。

「さっきからうるさいよ」

 次の瞬間、ラークは腹に衝撃を受けた。

「ごほっ……!!」

 口から血が溢れ、身体に力が入らず、その場に崩れ落ちる。

「ラーク!!」

 エドモンが叫び、駆け寄ってきた。

(攻撃、されたのか……?)

 警戒していたはずなのに、まったく見えなかった。

 気づけば、腹にタメージを受けていた。

「ぐぅ……ぁぁぁあああぁっ!!」

 衝撃が収まり、激痛が始まる。

「ああぁぁぁああああぁぁぁああ……」

 内臓をかき回されるような痛みが、続いた。

「ラーク! 大丈夫か、ラーク!!」

 痛みに朦朧としながら自身の腹を見たが、コートやインナーに傷はついていなかった。

「ぐぅぅううぅぅううぅぅ……!」

 激痛に耐えながらコートを開き、インナーをまくり上げる。

「がぁあぁ……これ、は……?」

 腹が黒ずみ、その内側でなにかがうごめいているようだった。

霊薬ポーションを……!)

 ポーチに手をのばし、霊薬ポーションを取り出して振りかける。

 だが、効果はなかった。

「そんな……この、臭いは……」

 エドモンが呟く。

 その言葉で、悪臭に気づいた。

 肉が腐ったような臭いだった。

 これは、自分の身体から出ている臭いなのだろうか。

「あああぁぁぁああああぁぁああ……」

 激痛は止まらない。

 意識が、朦朧とし始める。

 いっそこのまま、死んでしまったほうが楽なのではないか。

 そう思い、ラークが意識を手放そうとしたときだった。

《ラーニング成功! [じゅげき]を習得》

 その言葉と身体の奥底からみなぎる力に、失いかけた意識を取り戻す。

「ぐぅぉぉおお……!」

 だが、激痛に耐えられるほどに、アビリティは上昇しない。

(そんなことより、なぜ、ラーニングが……)

 ラークは男を凝視する。

 男はニタニタといやらしい笑みを浮かべていた。

(そう、か……!)

 ラークの頭に、ひとつの考えが浮かぶ。

「魔族……!」

 ローブの男は魔族であり、だからこそ彼の攻撃をうけたことで〈ラーニング〉が発動したのだろう。

「ところでアナタ」

 男が、エドモンに目を向ける。

「その青年を、見捨てるのかなぁ?」
「くっ……!」

 男の言葉に、エドモンは顔をしかめた。

「いま、彼を救えるのは、アナタしかいないのでは?」
「それは……」
「まぁ、ワタシにとってはどうでもいいことだけどねぇ」

 男はそう言うと、わざとらしく肩をすくめる。

「エド……モン……?」

 ラークは、弱々しい声で彼の名を呼んだ。

「ラーク……」

 エドモンは苦い表情のまま、ラークに目を向けた。

(死にたくない……)

 ラークはそう思った。

 生きて、生き延びて、いつか父と、そして家族と肩を並べて戦いたい。

 その日が訪れるまで、死にたくなかった。

 だが彼も冒険者である。

 死ぬ覚悟は、できている。

「たす……け……」
「――っ!?」

 それでもそんな弱音を吐くのは、激痛から逃れたいためだった。

 彼が自分を救えるというなら、救って欲しい。

 この痛みを、どうか止めてほしい。

 だがどうしても助からないのなら。

 彼に自分を助けられない理由があるなら。

 せめて……。

「ころし……て……」

 痛みから、解放されたかった。

「そんな、ラーク……!」

 エドモンは悩みを断ち切るように何度か頭を振ると、ラークの腹に手を当てた。

「あ……あぁ……」

 痛みが、ひいていく。

 あたりに漂っていた悪臭は消え、黒ずんでいた腹も、元に戻っていった。

 そうやってラークの症状が回復しつつあるなか――、

《ラーニング成功! [こく]を習得》

 ――ラークの頭に天の声が響いた。

「なっ!?」

 思わず声を上げ、身体を起こす。

 そして、エドモンを見た。

「くっ……!」

 彼は、申し訳なさそうに目を逸らした。

 やがて、ラークの症状は完全に回復した。

 最初からなにもなかったように。

 そののち。

《[黒癒]の効果により[呪撃][黒癒]を忘却》

 ふたたび彼の頭に天の声が響く。

(忘却……? なんだよ、それ?)

 はじめての現象だった。

 だがいまは、それよりも確認すべきことがあった。

「エドモン、君はいったい……?」

 問いかけたが、彼はラークから顔を背けたまま口をつぐむ。

 エドモンはこのローブの男と知り合いのようだった。
 彼は魔族で、どうやら大氾濫スタンピードを起こそうとしているらしい。
 不意打ちを受けたラークは激痛とともに死を覚悟したが、エドモンに救われた。

 だがその結果、彼もまた魔族であるらしいことが判明した。

 彼は何者で、なぜここにいるのか。

 なぜ人に紛れて冒険者をやっていたのか。

「おやおやぁ。いけませんねアナタ、お友だちに隠し事なんて」

 ニタニタと笑いながら告げられた言葉に、エドモンが顔を上げる。

「なんならワタシが教えてあげようかぁ?」

 歪な笑みを浮かべたまま、男はラークを見た。

「……やめろ」

 エドモンが小さく呟くと、男はふたたびエドモンに目を向ける。

「んー、だったらアナタ、自分で伝えなくっちゃあねぇ……」

 その言葉にエドモンはちらりとラークを見て、すぐに目を逸らした。

 そんなふたりの様子を見ていた男は、更に口角を上げ、歯を剥く。

「……自分が先代魔王モンテクリストのひとりムスメ、【黒巫女】セーラムだってことをねぇ!!」

「なっ!?」
「ええっ!?」

 男の言葉に、ふたりが揃って声を上げる。

「そんな……!」

 ラークは目を見開き、呆然としていた。

「ごめん、ラーク……ボクは――」
「エドモン、君は女の人だったのか!」
「――えっ、そこ?」

 目の前にいる人物が魔族で、先代魔王の子というのはかなり衝撃的な事実のはずだ。

 だがラークは、エドモンことセーラムが女性だったことに、大きな驚きを見せるのだった。
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