聖弾の射手

平尾正和/ほーち

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第二章

第20話 ひとまず実家に帰ります

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 レイドを組んで初めてダンジョンに潜った翌日、一行は午前中のうちにエデの町に戻った。
 ルーシーがシミターをうまく扱えることがわかったので、鋼鉄製のものを買うためである。
 ダンジョン街で売りに出したブロンズシミターが相場の倍額となる2万シクルとなったので、それをそのままスティールシミターの購入に充てることになった。

『いや、さすがにそれは申し訳ないわよ』
『何を言っている、ブロンズシミターはもう君にあげたものなのだから、売却金を君が受け取ることになんの問題があるというのだい?』
『でも……』
『そもそも君の武器がよくなることは、レイドの戦力アップにもつながるのだし、僕たちにとってもメリットは大きいんだ。これはレイドリーダーたる僕の命令だと思って、素直に聞いてほしい』
『……わかったわ。ありがと』

 そんなやりとりもありつつ、ルーシーはエデの町で無事にスティールシミターの購入にいたった。
 これまで使っていたロングソードは予備の武器として取っておくようだ。

「それじゃケント、気をつけて」
「ああ」

 賢人とルーシーのふたりが、町の入り口にいた。
 賢人はスーツに防災バッグを背負い、腰に短筒を差している。

「ねぇ、いまさらだけど、ついていってあげようか?」
「いや、大丈夫だよ。俺にはこれがあるから」

 賢人はそう言うと、ジャケットの衿を軽くつまみ、スーツを誇示した。

「ふふ、それもそうね」
「できるだけ早く帰ってくるよ」

 その言葉に対し、ルーシーは小さく首を横に振る。

「こっちに来ていろいろ大変だったでしょう? 故郷で少しゆっくりしてきなさいよ」

 笑顔でそう言うルーシーだったが、心なしか寂しそうなのは気のせいだろうか。

「わかった。バートたちにもいったけど、遅くとも半月以内には戻ってくるから」
「わかったわ。あたしたちはダンジョンにいると思うけど、戻ってきたら一応ギルドに確認してね。居場所は伝えておくから」
「ああ。それじゃ」
「ええ、いってらっしゃい」

 ルーシーに見送られ、賢人はエデの町を出た。
 何度か振り返ると、そのたびにルーシーが手を振ってくれた。
 結局彼女は、賢人が見えなくなるまで、門の外に立っていた。


 町が見えなくなるまで進んだ賢人は、歩きながら周りを見渡した。
 そこかしこに、冒険者たちの姿が見え、薬草を探していたり、ラビット系の魔物と戦っていたりした。
 つい先日まで自分もあのなかにいたのだと思うと、感慨深いものがある。

 草原を抜けて森に入る。
 ここにも冒険者たちはいるのだろうが、生い茂る草木に阻まれ、その姿は見えない。

 賢人はときおり加護板のマップを確認しながら進み、例の広場に辿り着いた。
 途中何度か魔物と遭遇したが、苦戦することはなかった。

「さて、帰るか」

 石柱に短筒を置こうとして、ふと思いとどまる。

(これって、置いていかなくちゃいけないものなのか?)

 この短筒が、日本と異世界とを行き来する鍵であることは間違いない。
 だが、短筒を置く、拾い上げるというアクションが、必須なのだろうか。

 特に根拠はないが、なんとなくそれは違うような気がした。

(試してみよう)

 賢人は短筒を腰に差し直し、その状態で石柱に触れてみた。

「おおっ!」

 あたりが光に包まれ、それが収まると、景色が変わっていた。
 ほどなく、停めておいた自動車が目に入る。
 どうやら短筒を持っていさえすれば、世界間の行き来は可能なようだ。
 つまり、こちらの世界でも短筒を持ち歩ける、というわけである。

「だからなんだって話だけどな」

 賢人は思わずそう独りごちた。
 そして、ふと思い至って短筒を腰から抜き、構える。

 ――バスッ! バスッ!

 引き金を引くと、光弾が発射された。

「いや、だからなんだって話なんだけどな」

 魔物のいないこちらの世界では、光を放つ銃などただの面白グッズでしかないものだ。

「ま、いいか」

 あって困る物でもないし、実弾を発射できない構造なので届け出なども不要だろうと、賢人は担いでいた防災バッグを降ろし、その中に短筒を入れた。
 そうして、エンジンをかけたままの自動車に乗り込む。
 数日放置していた自動車だが、アイドリングだけではそれほどガソリンを消費しなかったらしい。
 助手席には、初回の転移時に落としたものが乱雑に置かれていた。
 その中に、充電の切れたスマートフォンがあった。

「あー、しまったなぁ」

 どうせなら、自動車につないで充電しておけばよかったと、軽く後悔する。

 賢人はグローブボックスから充電用のケーブルを出し、シガーソケットへ差したままにしている変換アダプターとスマートフォンとを接続した。
 そして、電源を入れる。

「ん? ここって、電波が届かないのか?」

 最初にここを訪れた際、ナビアプリを使ったが、この雑木林に入ってからは確認していないことを思い出す。

「とりあえず、出るか」

 自動車を回頭させるのが面倒だったので、バックのまま来た道を戻る。

「おっ」

 獣道を抜け、県道に出たところでスマートフォンが鳴動した。
 とりあえず自動車を路肩に停め、確認する。

「うわぁ……」

 ショートメッセージと着信履歴の通知数が、結構な数になっていた。

「えーっと、三島と、姉ちゃん……この番号は誰だ?」

 通知の大半は同僚の三島で、姉からの着信が数件。
 それ以外に、見覚えのない番号からの着信やショートメッセージが届いていた。

 まず賢人は、三島のショートメッセージを開く。

「ははは……」

 内容のほとんどは、自分に黙って仕事を辞め、実家に帰ってしまったことへの文句だった。

「ん、これは?」

『あ、そうそう。天川さんに番号聞かれたから、教えといたよ。会社の事故のことで聞きたいことがあるんだって』

 つらつらと何度も送られてきたメッセージの中に、そんな内容のものを見つけた。

「じゃあ、この知らない番号は天川さんのか」

 賢人は三島に対して軽い謝罪と後日連絡することを返信し、続けて天川美子からのものと思われるメッセージを開いた。

「うわ、すごい数……」

 トーク画面には、かなりの量のメッセージが表示されていた。

 失礼とは思ったがどうしても話したいことがあるので三島から連絡先を聞いたこと、読んだら返信がほしい、というものから始まり、以降1日に数回、返信を求めるメッセージが届いている。
 賢人は申し訳ないことをしたと思いつつ、メッセージを読み進めていく。

『天川だ。できれば君のおばあさまである石岡イネさんにも話を聞きたいので、都合をつけてもらえるとありがたい』

 美子からのメッセージ内に祖母の名を見つけ、胸がドクンと跳ねる。

「なんで……」

 美子は会社ビルの爆発事故について話を聞きたいはずなのに、なぜ祖母の名が出るのか。
 あの事故は、祖母はもちろん賢人自身も無関係であるはずなのに。

『天川だ。ここ数日スマートフォンの電源が入っていないようだが、なにか問題でもあるのだろうか? できれば早めに連絡をくれると助かる』

 メッセージの中に、安否確認のようなものが増えてくる。
 賢人はあらためて申し訳ないと思いながらも、メッセージを読み進めた。

「はぁ!?」

 美子からのメッセージもあとわずかというところになって、賢人は思わず声を上げた。

『天川だ。ちょうど仕事の都合でそちらへ行くことになったので、君の家に寄らせてもらおうと思う。なに、聞き込みの一環だと思ってくれたまえ』

「おいおい、まじかよ……」

『天川だ。いまからそちらへ向かう飛行機に乗る。数時間は連絡がつかなくなるので、そのタイミングでこのメッセージを見たのだとしたら、少し待っていてほしい』

 日付は、今朝のものだった。

『天川だ。いま空港に着いた。まだメッセージは確認していないようで残念だ。とりあえず、最寄りの駅まで向かうことにする』

『天川だ。最寄り駅に着いたぞ。できれば迎えなどを寄越してほしかったが難しいようだ。タクシーを拾うことにする』

『天川だ。いま君の家の前にいる』

『天川だ。残念ながら留守のようだな。おばあさまだけでもいてくれたらよかったのだが』

『天川だ。さて、どうしたものか。もう一度タクシーを呼んで、どこかにホテルを取ったほうがいいのかもしれん』

『天川だ。運よく君のお姉さまが来てくれたので、おじゃまするよ』

 メッセージはそこで終わっていた。

 ――ピロン♪

 そこへ、新たなメッセージが届いた。

『天川だ。ようやくメッセージを確認してくれたようだな。お姉さまとふたり、君の帰りを待っているぞ』

 そのメッセージには、姉と美子が仲良くお茶をしている姿が添付されていた。
 そこはまさに、実家のダイニングだった。

「はぁ……まじかよ……」

 メッセージを読み終えた賢人は大きく息を吐き出した。

 今回帰ってきたのは、なにやら異世界の事情を知っているらしい祖母から話を聞くためである。
 しかし美子からのメッセージによると、家に祖母はいないうえに、なぜか美子がいるらしい。

 思わぬ状況に混乱しそうになったので、賢人は懐からシガレットケースを取り出し、ミントパイプを大きく吸った。

「ふぅ……」

 爽やかなミントの香りに少し心が落ち着いたものの、異世界で吸うより効果が低いような気がした。

「さて……」

 とにかく、ここでぼうっとしているわけにもいかない。
 

『帰ります』

 賢人は美子にひと言そう返し、実家へ帰るべく自動車を発進させるのだった。
   
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