聖弾の射手

平尾正和/ほーち

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第二章

第9話 持ち込める物と持ち込めない物があるようです

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「落ち着け……俺」

 薄暗い雑木林のなか、アイドリング音を発しながらわずかに揺れる自動車を視界に収めながら、賢人は自分に言い聞かせるように呟いた。
 そしていつものように、胸ポケットを探る。

「あれ?」

 そこに入れてあったはずの、吸いかけのミントパイプがなかった。
 ただ、内ポケットにシガレットケースの感触はあったので、慌ててそれを取り出し、開いてみる。

「よかった……あった……」

 シガレットケースにはミントパイプが並んでいたので、一本取り出してキャップを外して咥え、ケースは閉じてポケットにしまった。

「すぅ……ふぅ……」

 パイプを咥えて大きく息を吸い込み、肺が空になるまで息を吐き出した。

「んー……」

 喉や鼻に抜ける清涼感はいつも通りだが、なんとなく心を落ち着ける作用が低いような気がした。

「いや、あっちでの効果が高すぎたのか」

 しょせん匂い付きの空気を吸い込むだけのものだ。
 なんの薬効もなく、なんとなく落ち着く気がする、という程度の、効果らしい効果はないアイテムである。
 あちらで吸ったときは妙に心が落ち着いたが、それは水やようかんでHPが回復することに、近い現象なのかもしれない。
 しかし、そんなことを考えていたおかげで、賢人はほどなく余裕を取り戻した。

「っていうか、還ってきたんだよな?」

 先ほど、彼は無意識のうちに「あっち」と口にしていた。
 確証を得たわけではないが、鎮座する自動車を見て日本に帰ってきたのだと、反射的に認識したのだろう。

「すぅ……ふぅ……」

 もう一度ミントパイプを吸ったあと、賢人は周りを見回した。
 彼のすぐ傍らには、石柱があった。
 そこには短筒が置かれている。
 一番最初――異世界へ飛ばされる前――にここを訪れたときと、同じ状態である。

「ん?」

 ふと、足下に視線を落とした。

「おおっ!」

 そこにはスマートフォンと財布が落ちていた。
 これはあちらに持っていけなかったものだ。
 かがんで拾おうとしたときに、ふと賢人の動きが止まる。
 そして彼は中途半端に腰を落としたまま、左手に視線を向けた。

「加護板が、ない!?」

 右手に短筒を、左手に加護板を持って、広場を探索した。
 そこで石柱を発見し、短筒を置いたが、加護板を手放した記憶はない。

「それぞれの世界の物は、持ち込めない?」

 スマートフォンと財布を拾いながら、賢人は呟いた。
 そしてそれぞれをポケットにしまったあと、自身の格好に目がいく。

「でも、このスーツは……それに腕時計も」

 袖をまくると、あちらの世界と変わらず時を刻む機械式腕時計があった。

「あと、あのバッグ……」

 そして祖母に持たされた防災バッグ。
 あのバッグと中身は問題なく異世界に持ち込めた。
 いまは、ルーシーが担いでいるはずだ。

「ばあちゃん……いったいなんなんだよ、これ……」

 祖母が持たせてくれた物だけが、あちらの世界に持ち込めた。
 それだけではなく、ただの水やようかんにHP回復効果もあった。
 あれらが特別なのか、それともこちらの世界のものが、異世界だと特殊な効果を持つのだろうか。

「これも、ただのスーツじゃないよな……」

 自分の格好をみながら、改めて賢人は呟いた。
 装備による補正を受けた【防御力】は『S』を示していた。
 おそらく、多少の攻撃を受けても、HPが減ることはないのだろうと思われる。

 ――なにがあるかわからないからね。備えあれば憂いなしって言うだろ?

 出かける前の祖母の言葉からして、なにかがある、とわかっていたのだろうか?

「なんにせよ、物は持ち込めないってこと――いや、待てよ……なにかおかしい」

 ふいに、違和感を覚えた。
 いま賢人が持っている衣服以外の持ち物は、左腕に巻いた腕時計と内ポケットのシガレットケース、そして先ほど拾ってズボンのポケットに入れたスマートフォンと財布くらいのものだった。

(でも、それ以外に俺はなにか持っている)

 ポケットを漁り、すべての物を取り出し、さらに腕時計まで外していったん地面に置いた。
 もうこれでなにも持っていないはずなのに、まだなにかを持っているという感覚がある。
 両手にはなにもなく、ポケットも空。
 それでも、〝それ〟はまるで〝そこ〟にあるかのような感覚で――、

「まさか!?」

 〝そこ〟にある〝それ〟を取り出すべく、念じる。
 なにもないところから、フッと手の中に現れたのは、獣の牙のようなもの。

「コボルトの……牙……?」

 それは森のなかを進むなかで魔物を倒して手に入れ、いくつか預かっていたドロップアイテムのひとつだった。
 
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