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26 常識を補う
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翌日、昼前に起き出した蔵人とライザは、身体中にまとわりついた汗などを洗い流すべく、風呂に入っていた。
ぬるめの湯を張った広い湯船にふたりでつかり、昨夜同様ライザは蔵人にもたれかかっている。
「昼間っから風呂に浸かるってのも、いいもんだねぇ」
「俺は【浄化】でもよかったんだけどな」
その言葉を受けたライザは、軽く身をよじって振り返り、抗議じみた視線を蔵人に向けた。
「誰かさんのせいで魔術を使う余裕がなくなるくらい疲れたのよ」
「おおっと、求める側にも責任はあると思うが?」
「むぅ……」
手痛い反撃を受けたライザはよじっていた身体を戻し、蔵人の言葉のせいで浮かんでくる昨夜の痴態を頭の中から追い払うべく、両手で湯をすくってバシャリと顔をすすいだ。
そんな彼女の姿にフッと笑みを漏らした蔵人だったが、ふと何かを思い出したように湯船をコンコンと叩いた。
「なぁ、この湯船なんだけど」
表面が滑らかな湯船だが、その材質は少なくとも木材や石材ではあり得ない。
かといって陶器とも思えず、軽く叩いたときの音や感触からして一番近いのはブラスチックと思えた。
「なにでできてるんだ?」
実は最初にシャワーを借りた際に、湯船があることに興味を持った蔵人は、いまと同じようにコンコンと叩いてみたのだった。
とくに何らかの意図があったわけではなく、ただなんとなくの行動だったのだが、そのときから湯船の材質が気になっていた。
「スライム材だけど?」
「スライム材……?」
スライムと聞いて蔵人が思い浮かべたのは、ゲームなどに登場する敵キャラクターである。
「ああ、そうか。ニホンには魔物がいないんだったね。えっとね、スライムっていうのは……」
「ゲル状の魔物か?」
「そう! よく知ってるねぇ」
「まぁ空想上の存在としていろんな物語に出てくるから」
「へええ」
聞けばそのスライムを錬金術で錬成することで、いろいろな素材になるらしい。
「スライムをこういう素材として使うようになったのも、勇者がこっちにきてからのことらしいよ」
「そうなのか?」
「うん。なんでもニホンにある……えっと、プラなんとかってのを……」
「プラスチック?」
「そう! たぶんそれだよ。そのプラスなんたらを再現するために勇者たちが試行錯誤して、ようやくたどり着いたのがスライムの錬成だったんだ」
すでに蔵人が異世界からの渡来人、渡人だということはライザに知られているので、こちらの世界では常識となっていることを遠慮なく聞いていくことにした。
「なぁ、こっちに来てからやたら元気なんだけど――」
「――ちょ、昼間っからなに言って……」
「あ、いや、そういう意味じゃ……あー、それも含めてっちゃあ含めてなんだが、なんというか、体調がすこぶるいいんだよ。それも俺が渡人であることに関係があるのかと思ってな」
「あー、うん、そういうことね」
ライザは自分の顔が熱くなるのを感じたが、それは長く湯に浸かってのぼせたせいだと思うことにした。
「えっと、それに関してはまだ確かなことは言えないんだけど、でもこっちにきて体調がよくなったり、持病が治ったりする渡人って少なくないらしいんだ」
「やっぱりか」
「一応確認するけど、ニホンには魔法や魔術が存在しないんだよね?」
「ああ。少なくとも俺の知る限りでは」
「つまり、魔術の源となる魔力も存在しない?」
「たぶんな」
もしかしたら蔵人の知らないところには超常的な能力を持つものや、いまだ観測されていない力が存在するのかもしれないが、とりあえずは魔法も魔術も、その源となる魔力も地球上には存在しない、と考えるのが妥当だろうか。
「あくまでも仮説なんだけど、魔力の存在しないニホンからやってきた渡人は、この世界に満ち溢れる魔力に身をさらすことで、それが身体にいい影響を及ぼすんじゃないかっていわれてるんだ」
「いい影響ねぇ……なんだか都合のいい話だな」
「そりゃそうだよ。そもそも勇者たちをこの世界に喚び寄せたのはこっちの世界の都合なんだから、勇者たちと同郷の渡人に都合がいいのは当たり前さ」
「そういうもんかね」
どうやら蔵人にとって悪いことはとくにないらしいことはわかったが、それ以上の詳しいことをライザは知らないようだった。
「そうだね、渡人について詳しいことを知りないなら、語り部の勇者に会いに行かないと」
「語り部の勇者?」
魔王戦役で召喚され、生き残った勇者たちは、基本的にはそれなりに充実した余生を送り、みな寿命で死んでいった。
加護の力で寿命が延びた者もいたようだが、それでも戦後百年を超えて生き延びた者はいない。
ただひとりを除いては。
「それが語り部の勇者?」
「そう。魔王戦役からいま現在まで生き続ける、ただひとりの勇者だよ。基本的には誰とも関わらず、山奥でただひっそりと生きているだけなんだけど、渡人が望めばいつでも会ってくれるんんだ。そして渡人の疑問にできるだけ答えてくれる」
そこで再びバシャリと顔をすすいだライザは、濡れた髪をかき上げながら身をよじって蔵人を見た。
「会いに行きたい?」
ライザの視線を受けながら、蔵人は少し考えてみた。
「そのうち、な」
だがいますぐ会いに行く必要性を感じられなかったので、軽く肩をすくめながらそう答えた。
「そう……」
蔵人の答えを受けても、ライザはじっと彼を見つめ続けた。
彼女の意図を読めず、蔵人が軽く首を傾げると、ライザはゆっくりと口を開いた。
「あの、さ……」
「ん?」
「やたら元気になったって、さっき言ったじゃない?」
「あー、まぁ」
「いまは、どう、かな……?」
ここまで言われればさすがの蔵人でも彼女の意図は察することができた。
(やっぱ、求めるほうにも責任はあるよな)
そうは思うが、向こうにいたころの身体では、いまのように求めに応じることはできなかっただろう。
少なくともそういう意味で、蔵人は自分をこの世界に連れ込んだなにものかに感謝するのだった。
ぬるめの湯を張った広い湯船にふたりでつかり、昨夜同様ライザは蔵人にもたれかかっている。
「昼間っから風呂に浸かるってのも、いいもんだねぇ」
「俺は【浄化】でもよかったんだけどな」
その言葉を受けたライザは、軽く身をよじって振り返り、抗議じみた視線を蔵人に向けた。
「誰かさんのせいで魔術を使う余裕がなくなるくらい疲れたのよ」
「おおっと、求める側にも責任はあると思うが?」
「むぅ……」
手痛い反撃を受けたライザはよじっていた身体を戻し、蔵人の言葉のせいで浮かんでくる昨夜の痴態を頭の中から追い払うべく、両手で湯をすくってバシャリと顔をすすいだ。
そんな彼女の姿にフッと笑みを漏らした蔵人だったが、ふと何かを思い出したように湯船をコンコンと叩いた。
「なぁ、この湯船なんだけど」
表面が滑らかな湯船だが、その材質は少なくとも木材や石材ではあり得ない。
かといって陶器とも思えず、軽く叩いたときの音や感触からして一番近いのはブラスチックと思えた。
「なにでできてるんだ?」
実は最初にシャワーを借りた際に、湯船があることに興味を持った蔵人は、いまと同じようにコンコンと叩いてみたのだった。
とくに何らかの意図があったわけではなく、ただなんとなくの行動だったのだが、そのときから湯船の材質が気になっていた。
「スライム材だけど?」
「スライム材……?」
スライムと聞いて蔵人が思い浮かべたのは、ゲームなどに登場する敵キャラクターである。
「ああ、そうか。ニホンには魔物がいないんだったね。えっとね、スライムっていうのは……」
「ゲル状の魔物か?」
「そう! よく知ってるねぇ」
「まぁ空想上の存在としていろんな物語に出てくるから」
「へええ」
聞けばそのスライムを錬金術で錬成することで、いろいろな素材になるらしい。
「スライムをこういう素材として使うようになったのも、勇者がこっちにきてからのことらしいよ」
「そうなのか?」
「うん。なんでもニホンにある……えっと、プラなんとかってのを……」
「プラスチック?」
「そう! たぶんそれだよ。そのプラスなんたらを再現するために勇者たちが試行錯誤して、ようやくたどり着いたのがスライムの錬成だったんだ」
すでに蔵人が異世界からの渡来人、渡人だということはライザに知られているので、こちらの世界では常識となっていることを遠慮なく聞いていくことにした。
「なぁ、こっちに来てからやたら元気なんだけど――」
「――ちょ、昼間っからなに言って……」
「あ、いや、そういう意味じゃ……あー、それも含めてっちゃあ含めてなんだが、なんというか、体調がすこぶるいいんだよ。それも俺が渡人であることに関係があるのかと思ってな」
「あー、うん、そういうことね」
ライザは自分の顔が熱くなるのを感じたが、それは長く湯に浸かってのぼせたせいだと思うことにした。
「えっと、それに関してはまだ確かなことは言えないんだけど、でもこっちにきて体調がよくなったり、持病が治ったりする渡人って少なくないらしいんだ」
「やっぱりか」
「一応確認するけど、ニホンには魔法や魔術が存在しないんだよね?」
「ああ。少なくとも俺の知る限りでは」
「つまり、魔術の源となる魔力も存在しない?」
「たぶんな」
もしかしたら蔵人の知らないところには超常的な能力を持つものや、いまだ観測されていない力が存在するのかもしれないが、とりあえずは魔法も魔術も、その源となる魔力も地球上には存在しない、と考えるのが妥当だろうか。
「あくまでも仮説なんだけど、魔力の存在しないニホンからやってきた渡人は、この世界に満ち溢れる魔力に身をさらすことで、それが身体にいい影響を及ぼすんじゃないかっていわれてるんだ」
「いい影響ねぇ……なんだか都合のいい話だな」
「そりゃそうだよ。そもそも勇者たちをこの世界に喚び寄せたのはこっちの世界の都合なんだから、勇者たちと同郷の渡人に都合がいいのは当たり前さ」
「そういうもんかね」
どうやら蔵人にとって悪いことはとくにないらしいことはわかったが、それ以上の詳しいことをライザは知らないようだった。
「そうだね、渡人について詳しいことを知りないなら、語り部の勇者に会いに行かないと」
「語り部の勇者?」
魔王戦役で召喚され、生き残った勇者たちは、基本的にはそれなりに充実した余生を送り、みな寿命で死んでいった。
加護の力で寿命が延びた者もいたようだが、それでも戦後百年を超えて生き延びた者はいない。
ただひとりを除いては。
「それが語り部の勇者?」
「そう。魔王戦役からいま現在まで生き続ける、ただひとりの勇者だよ。基本的には誰とも関わらず、山奥でただひっそりと生きているだけなんだけど、渡人が望めばいつでも会ってくれるんんだ。そして渡人の疑問にできるだけ答えてくれる」
そこで再びバシャリと顔をすすいだライザは、濡れた髪をかき上げながら身をよじって蔵人を見た。
「会いに行きたい?」
ライザの視線を受けながら、蔵人は少し考えてみた。
「そのうち、な」
だがいますぐ会いに行く必要性を感じられなかったので、軽く肩をすくめながらそう答えた。
「そう……」
蔵人の答えを受けても、ライザはじっと彼を見つめ続けた。
彼女の意図を読めず、蔵人が軽く首を傾げると、ライザはゆっくりと口を開いた。
「あの、さ……」
「ん?」
「やたら元気になったって、さっき言ったじゃない?」
「あー、まぁ」
「いまは、どう、かな……?」
ここまで言われればさすがの蔵人でも彼女の意図は察することができた。
(やっぱ、求めるほうにも責任はあるよな)
そうは思うが、向こうにいたころの身体では、いまのように求めに応じることはできなかっただろう。
少なくともそういう意味で、蔵人は自分をこの世界に連れ込んだなにものかに感謝するのだった。
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