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3 ピアノの状態確認
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大屋根を開いてまず目についたのが内部に溜まったほこりだった。
弦の上にあまり溜まっていないのは、昨日弾いたときに振動で飛ばされたからだろう。
そういえば最初はあまり音が響いていなかったように思う。
そんなことに後から気付くとは、平気なつもりでも、突然訪れた異常事態にそこそこ混乱していたということか。
「これ、前に調律したのはいつ?」
ライザに尋ねながら、鍵盤蓋など調律の邪魔になるものを手際よく外していく。
「えっと、1年くらい前だけど……それ、外して大丈夫なの?」
「外さないと作業できないだろ。しかし、1年前か……」
ライザや客たちの反応から察するに、このピアノはあまり使われていなかったようだが、その割には状態が悪い。
そういえば腕の落ちたロートルがどうのということを、昨夜ライザが言っていたので、前回調律した者はあまり腕がよくなかったのかもしれない。
「ちょっとは掃除したほうがいいぞ?」
「わかってるんだけどさ、なんか怖いじゃない?」
たしかに、二百数十本の弦が張り巡らされたピアノ内部を見ると、普通の人は萎縮してしまうのだろう。
そして下手なことをすれば簡単に壊れてしまうのではないかと、怖くなる心情も理解できなくはない。
「あれは? 【浄化】ってやつで綺麗にできないの?」
「なにいってんのさ。下手に魔術なんて使って〈祝福〉に干渉したら大変じゃないか。わかってると思うけど、ボロでもロードストーンだよ?」
「お、おう……そうか……」
なんの脈絡もなく――あくまで蔵人の主観ではあるが――飛び出した〈祝福〉という言葉に戸惑いながらも、軽くごまかしつつ作業を進め、弦の張りを調整するチューニングピンを露出させた。
(なんだ、こりゃ……?)
鈍く銀色に輝く鋼鉄製のチューニングピンがずらりと並んでいるのだが、いくつかのピンは明らかに規格が違っていた。
まるでその一部分だけピンを入れ替えたようなところが、十カ所以上散見される。
それ以外の部分も大半は同じ規格で揃えられているようだが、それでも微妙に大きさや形にブレがあった。
どう見てもロードストーン純正のチューニングピンではなく、何度か弦交換を行なっているのかピンの口径も初期からふた回りほど大きな物になっていた。
「なぁ、これ前に弦交換したのはいつだ?」
「んー、ウチに来てからは1回もやってないと思うよ。でも買う前に弦交換は全部やってもらったって言ってたかなぁ」
「何年前に買った?」
「こいつに買い換えたのはあたしがハタチのときだから……20年近く前かねぇ」
「20年ね……って20年!?」
蔵人は驚いて顔を上げ、ライザを凝視した。
「あはは……もっと早くにしといたほうがよかった? でもそれ、ロードストーンだからさ……」
「いや、そっちじゃない」
20年弦交換をしないということは、別に珍しいことではない。
それよりも蔵人が気になったのは……。
「なぁライザ。君いくつだ?」
「へ? あ、えっと、今年で42……ってかなんで急に歳の話になるのさ! ピアノの話じゃなかったの?」
「42……? まじか……」
改めてライザを見るが、目尻の小じわもなければ口回りのほうれい線も目立たない。
なにより昨夜触れた瑞々しい肌の感触。
てっきり二十歳前後かと思っていたのだが、まさか自分とあまり変わらないとは想像もしていなかった。
「なによ……。なんか文句あるの?」
「ごめん、もっと若いかと思ってたから」
「あー……」
少し不機嫌そうに声を漏らし、うつむき加減に軽く頭をかいたあと、ライザは癖のある赤い髪をかき上げ、表情を改めて蔵人に向き直った。
なるほど、いわれてみればこういった仕草にはどこかしら大人びた雰囲気を感じ取ることができる。
「祖父さんがダークエルフらしくてね」
「ダークエルフ……」
ファンタジー作品によく登場するエルフの近親種だろうか。
作品によってその定義は変わるが、褐色に銀髪というのがよくある設定だった。
そしてエルフというのは総じて長命であることが多く、ダークエルフもそうなのだろう。
「ご先祖様には申し訳ないけどいい迷惑なんだよねぇ。ほら、若いとなめられるからさ」
そう言ってライザはわざとらしく肩をすくめた。
「そういうもんかね。俺はいいと思うけどな」
さらりと言ったつもりで思わず視線が彼女から外れたのは、昨夜の事を思い出したからだろうか。
蔵人の態度に思うところがあるのか、ライザのほうも少し恥ずかしげに視線を逸らしたが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「そ、そうかい……。クロードがそう言ってくれるんなら、ご先祖さまに感謝……なのかな? あ、でも……」
そこで一度言葉を句切ったライザの眉が下がり、口元から笑みが消える。
「もしかして、思ってたより年増でがっかりした……?」
視線を戻すと、少し不安げな表情を浮かべて自分を見るライザと目が合った。
蔵人は彼女を少しでも安心させるべく、できるだけ柔らかく微笑んだ。
「いや、むしろ安心した」
昨夜は勢いもあったが、朝起きて冷静にななると、若い女性に手を出してしまったという罪悪感が少なからず生まれていた。
なので歳が近いと知った蔵人は、言葉通り安心したのだった。
「そっか、よかったよ」
そして蔵人の言葉に、ライザも安堵の息を漏らした。
「コホン。さてと……」
わざとらしく咳払いをしたあと、蔵人はピアノに視線を落とした。
作業が再開されたことを察したライザも、表情を改めて彼の動向を観察する。
「よっこいせ……っと」
そしてその場にしゃがみ込んだ蔵人は、ピアノの下に置いてあったプラスチックコンテナを引きずり出した。
弦の上にあまり溜まっていないのは、昨日弾いたときに振動で飛ばされたからだろう。
そういえば最初はあまり音が響いていなかったように思う。
そんなことに後から気付くとは、平気なつもりでも、突然訪れた異常事態にそこそこ混乱していたということか。
「これ、前に調律したのはいつ?」
ライザに尋ねながら、鍵盤蓋など調律の邪魔になるものを手際よく外していく。
「えっと、1年くらい前だけど……それ、外して大丈夫なの?」
「外さないと作業できないだろ。しかし、1年前か……」
ライザや客たちの反応から察するに、このピアノはあまり使われていなかったようだが、その割には状態が悪い。
そういえば腕の落ちたロートルがどうのということを、昨夜ライザが言っていたので、前回調律した者はあまり腕がよくなかったのかもしれない。
「ちょっとは掃除したほうがいいぞ?」
「わかってるんだけどさ、なんか怖いじゃない?」
たしかに、二百数十本の弦が張り巡らされたピアノ内部を見ると、普通の人は萎縮してしまうのだろう。
そして下手なことをすれば簡単に壊れてしまうのではないかと、怖くなる心情も理解できなくはない。
「あれは? 【浄化】ってやつで綺麗にできないの?」
「なにいってんのさ。下手に魔術なんて使って〈祝福〉に干渉したら大変じゃないか。わかってると思うけど、ボロでもロードストーンだよ?」
「お、おう……そうか……」
なんの脈絡もなく――あくまで蔵人の主観ではあるが――飛び出した〈祝福〉という言葉に戸惑いながらも、軽くごまかしつつ作業を進め、弦の張りを調整するチューニングピンを露出させた。
(なんだ、こりゃ……?)
鈍く銀色に輝く鋼鉄製のチューニングピンがずらりと並んでいるのだが、いくつかのピンは明らかに規格が違っていた。
まるでその一部分だけピンを入れ替えたようなところが、十カ所以上散見される。
それ以外の部分も大半は同じ規格で揃えられているようだが、それでも微妙に大きさや形にブレがあった。
どう見てもロードストーン純正のチューニングピンではなく、何度か弦交換を行なっているのかピンの口径も初期からふた回りほど大きな物になっていた。
「なぁ、これ前に弦交換したのはいつだ?」
「んー、ウチに来てからは1回もやってないと思うよ。でも買う前に弦交換は全部やってもらったって言ってたかなぁ」
「何年前に買った?」
「こいつに買い換えたのはあたしがハタチのときだから……20年近く前かねぇ」
「20年ね……って20年!?」
蔵人は驚いて顔を上げ、ライザを凝視した。
「あはは……もっと早くにしといたほうがよかった? でもそれ、ロードストーンだからさ……」
「いや、そっちじゃない」
20年弦交換をしないということは、別に珍しいことではない。
それよりも蔵人が気になったのは……。
「なぁライザ。君いくつだ?」
「へ? あ、えっと、今年で42……ってかなんで急に歳の話になるのさ! ピアノの話じゃなかったの?」
「42……? まじか……」
改めてライザを見るが、目尻の小じわもなければ口回りのほうれい線も目立たない。
なにより昨夜触れた瑞々しい肌の感触。
てっきり二十歳前後かと思っていたのだが、まさか自分とあまり変わらないとは想像もしていなかった。
「なによ……。なんか文句あるの?」
「ごめん、もっと若いかと思ってたから」
「あー……」
少し不機嫌そうに声を漏らし、うつむき加減に軽く頭をかいたあと、ライザは癖のある赤い髪をかき上げ、表情を改めて蔵人に向き直った。
なるほど、いわれてみればこういった仕草にはどこかしら大人びた雰囲気を感じ取ることができる。
「祖父さんがダークエルフらしくてね」
「ダークエルフ……」
ファンタジー作品によく登場するエルフの近親種だろうか。
作品によってその定義は変わるが、褐色に銀髪というのがよくある設定だった。
そしてエルフというのは総じて長命であることが多く、ダークエルフもそうなのだろう。
「ご先祖様には申し訳ないけどいい迷惑なんだよねぇ。ほら、若いとなめられるからさ」
そう言ってライザはわざとらしく肩をすくめた。
「そういうもんかね。俺はいいと思うけどな」
さらりと言ったつもりで思わず視線が彼女から外れたのは、昨夜の事を思い出したからだろうか。
蔵人の態度に思うところがあるのか、ライザのほうも少し恥ずかしげに視線を逸らしたが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「そ、そうかい……。クロードがそう言ってくれるんなら、ご先祖さまに感謝……なのかな? あ、でも……」
そこで一度言葉を句切ったライザの眉が下がり、口元から笑みが消える。
「もしかして、思ってたより年増でがっかりした……?」
視線を戻すと、少し不安げな表情を浮かべて自分を見るライザと目が合った。
蔵人は彼女を少しでも安心させるべく、できるだけ柔らかく微笑んだ。
「いや、むしろ安心した」
昨夜は勢いもあったが、朝起きて冷静にななると、若い女性に手を出してしまったという罪悪感が少なからず生まれていた。
なので歳が近いと知った蔵人は、言葉通り安心したのだった。
「そっか、よかったよ」
そして蔵人の言葉に、ライザも安堵の息を漏らした。
「コホン。さてと……」
わざとらしく咳払いをしたあと、蔵人はピアノに視線を落とした。
作業が再開されたことを察したライザも、表情を改めて彼の動向を観察する。
「よっこいせ……っと」
そしてその場にしゃがみ込んだ蔵人は、ピアノの下に置いてあったプラスチックコンテナを引きずり出した。
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