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第4章 杜の都
第260話 えっ!? 南天!? こんなにでっかくなるのかよ!?
しおりを挟む「手前、"木霊"か!?」
「二ヒヒ♪ 正解~~!」
逆さになったまま笑う"世界樹の木霊"の面を見てると、ムカついて来た。
「巫山戯やがって。こっちに来やがれ! とっちめてやる!」
「わあっ!? ちょっ、何するのさ!?」
顔を片手で捕まえてやろと思ったら、スカッとすり抜けた。
「ちっ、やっぱり掴めねえのか」
「面白い~、触れないんだね~?」
俺を真似てか、プルシャンが"木霊"に触ろうと試みるが、同じ様にすり抜ける。可笑しなもんだぜ。
「初めて御目にかかります。ハクト様に仕えるマルギット・ロイスと申します」
「わたしはプルシャンだよ!」
そんな俺たちを余所に、マギーだけが深めにお辞儀をし始めるじゃねえか。プルシャンは、完全にいつも通りだ。まあ、プルシャンは人間の習慣にまだ慣れてる最中だからな。魚から人間って、人魚姫も吃驚だぜ?
礼儀も作法も、これからだ。
「旦那さま!」
「プラムか!?」
なんて思ってたら、横からプラムの声がする。こっちに向かって駆け込んで来てるから、そのまま受け止めてやった。腹に頭を突き込んで来るから、ちょっと腹筋に力を込めたがな。
「何もされなかったか?」
「うん!」
俺の腹から顔を上げてニカッと笑う子兎の顔に頬が緩む。可愛いな。自分の娘が小さかった頃のことを思い出しちまった。ちょっと重なるよな。
種族は違うが……。
「酷いな~! ちゃんと保護してあげてたんだよ? 感謝して欲しいくらいだね~?」
「あ~はいはい。ありがとさん。助かったよ」
「ぶ~っ! 何か適当にあしらわれた気がする。ハクトも、従者たちに見習って僕を敬うといい」
『ハクトさ~ん!』
頬を膨らまして可愛くぶー垂れる"木霊"を尻目に、プラムの頭をわしゃわしゃと撫でていたら、青い小鳥が上から降りて来た。"世界樹"の枝に止まってたのかもな。
「スピカ様からも言って欲しい。僕を敬えって」
『うふふ。ハクトさんはこんな人ですから、無理強いすると臍曲げちゃいますよ?』
「ちぇっ」
スピカナイス! 良いアシストだ。不貞腐れやがった。
「てか、こーよ」
「何だい? 敬う気になったかい?」
嬉しそうに振り返ったが、俺は考えを改めることにした。見た目は確かに可愛らしい子どもだが、中身は構ってちゃん気質のおっさんだ。騙されん。
「いやそこじゃねえ」
「何でそこじゃないのさ!?」
「良いから黙って聞け。話が進まねえだろうが!」
そもそもこれだけの大さに樹が成長するには、気の遠くなるような時間が要るだろう。子どものはずがねえ。こいつのことだ。揶揄ってるだけだろうさ。
「ちぇっ」
「ちっ」
面倒臭え。
「あ――っ!? 今舌打ちしたよね!? ねっ!?」
「あ~悪かった。すまんすまん。話が進まねえからちょっと苛ッとしただけだ。気にすんな」
餓鬼んちょは嫌いじゃねえが、問題は中身だ。どうも俺とは合わねえらしい。
「いや、そこは気にしても良いとこだよね!?」
「話を進めるぞ」「 」「お前、プラムを連れてったとき、『この国は今危ない』って話してただろうが? 鬼どもが入り込んでたのを知ってたって事か?」
ボソッと抗議の声が聞こえたが、無視して話を進めることにした。このままじゃ堂々巡りだ。俺もコイツと似たとこがあるって話してて感じたからな。間違いなく喧嘩になる。
それこそ無駄な時間だ。
「うん、そりゃあね。僕は"南天の世界樹"だから、城の下というか、エルフの住む都周辺まで根が伸びてるのさ。だから、変な気配を持つ者が入ってくれば嫌でも気付くよ」
その言葉に耳を疑った。
「えっ!? 南天!? こんなにでっかくなるのかよ!?」
南天は"難を転じる"ていうくらい有名な木だ。それが"世界樹"って言われてもピンと来ねえ。
良く"北東"や"南西"に南天が植えてあるのは、昔の八卦占いの名残って言うじゃねえか。意味があるから、敢えてそういう言い方で避けようとしてたんだろうがな。
トイレの手水処がない時代にゃ、南天の葉っぱで手を拭いてたって何かで読んだ記憶があるし……。
そう言われりゃ、"世界樹の葉"って昔遊んだRPGで復活のアイテムだったよな? 有り無しで言やあ、それも有りなのか!?
「……ねえ、ハクトくんさあ、何か物凄い失礼なこと考えてない?」
おお!? 何か知らんが、鋭いじゃねえか。
「そうか? 葉っぱに薬効があるんだろうな、とは思ったがよ?」
「嘘だね。その顔は、南天を木の種類だと思ったんでしょ? 違う違う。そっちのナンテンじゃないって。と言うか、ナンテンの木はこんなに大きくならないって。"南の天空を見守る"って意味だから!」
随分と大仰な名前だな。
「ハクトくんさあ、心の声駄々洩れだから。喧嘩売ってんの?」
おっと、どうやら声に出てたらしい。
「いや、すまん。つい」
「つい、で済む話じゃないと思うんだよな~」
『まあまあ。ハクトさんも悪気があって言ってる訳じゃないですし』
「スピカ様、それ尚更悪いんじゃない?」「いや、それフォローになってねえから!?」
俺の頭の上から左肩に降りて来た青い小鳥が取り持とうとしたんだが、"木霊"と俺に突っ込まれた。そこら辺が天然なんだよな。
ま、和むから良いんだが。それよりも、だ。
「鬼の事を知っておきながら何でお前さんは何にもしねえんだ?」
「いやいや。僕は"世界樹"だよ!? 見守るのが仕事なの! 昔はさ、エルフたちも僕の傍まで来てたのに、最近はさっぱり来なくなっちゃってね。エルフに伝えたくても、伝えれなかったんだよ」
「おいおいおい。そりゃ可笑しいだろうが」
思わず、突っ込む。
「何が?」
「俺らのとこに来てプラムを連れて行ったとき、エルフも居ただろうが!?」
「……それだよ」
ニヘラと笑っている顔から表情が抜け落ちるが、未だに逆さまのまま胡坐を組んで、胸の前で腕を組んでやがるから巫山戯てるのか、真面目なのか一瞬区別がつかなかったわ。
「あん?」
「昔は全てのエルフが僕を見れてた。ハクトくん、この意味が分かる?」
「……今は見れねえってことを言いたいんだろう?」
「旦那様、恐らくは信仰心かと」
「信仰心?」
マギーが後ろに近づいてボソッと教えてくれた。
信仰心って言っても、"世界樹"は神じゃねえだろ!?
「マルギットちゃんだっけ? 正解~♪」
ポンッポンッとマギーの頭の上で湿ったクラッカーのような音と一緒に、花弁が舞う。くす玉か!?
「おい、真面目にやる気あんのか?」
「あるとも! 大有りだよ。スピカ様も感じてると思うけど、九柱神だけじゃなく、僕らに対する信仰も薄くなってるんだよね」
「あ~、そりゃあ"世界樹"が信仰の対象になってるって事であってるか?」
「うん、あってるよ」
神道とかと似たようなもんか? 正確じゃねえかも知らんが、長いこと使った道具に神が宿るようになるていうあれだ。付喪神、っていったか? いや、それじゃ八百万とはちょっと違う気もするが……。
まあ、良いか。
「……また変な事考えてる気がするけど、そのまま話を進めるよ?」
"木霊"の質問に手だけ動かして続きを促す。話の腰を折るつもりはねえ。
「僕たちは、子どもたちに認めてもらわないと消えちゃう存在なのさ。"世界樹"に対する正しい畏れと、敬う心がなくなったら、子どもたちは僕を見ることも感じることもできなくなる。長い期間、僕はこの都の傍に居たからね。昔ほどではないにしても、認知し、敬ってもらえてたから枯れなかったのさ。けど――」
前言撤回。
「話の腰を折って悪いな。その言い方だと、枯れた世界樹もあるって事だろ? んなに何本も世界樹があんのか?」
星に1本という単位じゃねえの!?
「ん~……この大陸なら3本かな」
「3本!? 3本もあんのか!?」
「あった、というのが正しいかな。ま、ぶっちゃけると、プラムちゃんをここに連れて来て、ハクトくんたちを呼んだ理由がそれなんだよ」
厄介事の臭いがして来たぜ。
『ハクトさん、わたしからもお願いします。"世界樹"は世界の調律者。人知れず在るものの、子どもたちの心を解し、安寧をもたらす役割を与えられているのです。私たちを助けると思って、どうかこの子の願いを断らないでもらえませんか?』
「断る」と言おうと口を開きかけた瞬間、左肩で話を静かに聞いていた嫁に釘を刺されちまったじゃねえか。んなこと言われた断れねえだろうがよ。
俺は喉まで出掛かってた言葉を、唾と一緒にごくりと呑み込んだ――。
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