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第4章 杜の都
第239話 えっ!? ちょっと待て。半ドンなのか!?
しおりを挟むキィンと1枚の硬貨を弾いて、俺は回転しながら落ちてくるのを横から払うように握り取る。
さっきまで濃い霧の中を歩いてたもんだからよ、服から出てる毛に霧の水滴が付いてぐっしょりだわ。何度かマギーが【生活魔法】で乾かしてくれようとしたんだが、霧を抜けるまではって断ってたのさ。
魔力も無限にある訳じゃねえしな。
知らねえ場所で魔力が切れました、じゃ死んでも死に切れん。
魔力切れの原因が俺の毛を乾かしてました、じゃ笑えねえよ。
今?
ああ、霧が立ち込めてた森も抜けて、朝陽が差し込む石畳の道を歩いてるぜ? どういう造りかは知らんが、地面の上に張り巡らされた太い根っこを踏まねえ様に石が組んであるような感じだな。
何つうか、不自然に樹が左右に寄った場所へ道を造りましたと言う感じが、俺の中で拭えねえ。どうでも良い事だがな。
俺らはどうでもいいが、エルフの警備隊の下っ端たちは助かったみたいだ。何たって、深淵の森の主から引っこ抜いた頭蓋骨を神輿みたな物に載せて担いでるんだぜ?
足場の悪い森の中から、木製でも車輪の付いた台車へ載せ替えただけ負担は軽くなるだろうさ。現に、奴らのほっとした顔見てたらそう思うわ。
道の幅は馬車が3台は無理……か。2台並んでも余裕がある幅だ。道がどういう風に伸びてるまでは知らんが、これなら楽に擦れ違えるだろう。石も固そうな石を選んで使ってるみたいだし。
根っこを踏まない様にしてるせいか、真っ直ぐな道じゃねえ。緩やかに蛇行してるって言えば分かるか? そんな感じで道を北東か北北東に向かって進む。
ん? 正確な方向?
太陽の位置と勘だな。ああ、勘だ。
コンパスや羅針盤みたいな物がある訳ねえだろうが。アキラとか鬼若なら作れたかもしれねえが、俺は無理だね。なぁんも知らん。
エルフの国境警備隊が先を歩いてるんだ、それに付いていっときゃ間違いはねえだろ? 勝手知ったるってやつさ。
「ロサ・マリアは良いとして、他の者はエルフの都、見たことあるか?」
と聞いてみて気が付いた。
プルシャンもねえな。元は深淵の森にある湖の闘魚だったんだからよ。
「吾はないな」
「ないよ~」
「ありません」
「わ、わたしもエルフの国にきゅる、あ」
「プラムは落ち着け」
「ふぁい。ないです」
「ま、そうだろうな。勿論、俺もねえ!」
ロサ・マリア以外の返事を聞きながら、途中で噛んで俯くプラムの頭に手を置きわしゃわしゃっと撫でて、笑う。
プラムは雪毛の兎人の子だ。極貧で、人買いに我が子を売らねえと食ってけねえような家の子だったんだから、こんな他所の国に来れる訳もねえ。
「足は疲れてねえか?」
大人たちの足に合わせて小走りに歩くプラムはまだ7歳だ。7歳って言ったら小学1年生ぐらいだぜ? 弱音を吐かずに良く歩いてる。
「は、はい。大丈夫です! わきゃっ!?」
返って来る答えはいつも決まって「大丈夫」だからな。偶には楽すりゃいい。
「とは言っても、お前さんはこん中じゃ一番年下だ。よっと」「だ、旦那しゃま」
「あ~プラム良いな~! ね~ハクト、後でわたしもそれやって!」
そう思って、プラムの脇に手を入れて持ち上げ肩車する。大分肉が付いてきたとはいえ、まだロサ・マリアよりも痩せてるからな。軽いもんだ。
「プルシャンはダメだ」「え~」
「プラムよりも姉ちゃんなんだから、我慢しろ」
「ぶ~」
「ふふふ。吾らは夜に可愛がってもらっておるのだ。昼は、プラムとロサ・マリアに譲ってやっても良いではないか」
紺色の髪を揺らしながら舌を出して抗議するプルシャンの背中に、ヒルダが右腕を添えるようにして立つのが見えた。プラムはもう俺の肩の上だ。
まあ、俺の周りにと言うか、俺の嫁にこんな美人が3人もなってくれるとは世の中何があるか分かったもんじゃねえとは思うね。プラムは一応、婚約者。ロサ・マリアは従者扱いだ。
プラムは幼いし、ロサ・マリアはエルフでもまだ若いから、幼く見える体付きでな。流石に、手を出すという選択肢が俺の中にねえ。プラムと2人が並んでも差がねえというな。ロリコン趣味? 性癖? は俺にはねえよ。
「何をしている! トロトロするな! 荷車に積み替えれたのなら出発するぞ! 昼までに都へ着かねばならぬのだからな!」
先頭からいけすかねえイケメン隊長の声が飛んでくる。
急ぐ旅でもあるまいし、どうして昼に拘るのかね?
「だ、そうだ。良く分からんが、俺らものんびりしてると怒鳴られちまうからな。行くとするか」
「うむ」「は~い」「承知しました」
「それは、太陽が中天を過ぎたらその日の謁見が終わるからよ。――っ。終わるからです」
言い終えた瞬間にマギーがロサ・マリアをギロリと睨んだもんだからよ、慌てて言い直したわ。相変わらず、言葉尻が甘くなるね。いやいやいや、今なんっつった?
「えっ!? ちょっと待て。半ドンなのか!?」
「「「「はんどん?」」」」
直ぐに聞き返されたわ。ま、言った瞬間に何となく「あ、これ通じねえなって」分かったがな。
似たような物やルールがあれば今のとこ通じてるが、そもそも無えことを言われても、理解しろって言うのが無理な話だ。俺が逆の立場ならそう思うね。
「ああ、午前中で仕事が終わっちまうんだなって驚いたんだよ」
「「「「ごぜんちゅう?」」」」
「マヂか!? そっちもかよ!?」
「何となくは分るが、吾は聞いた覚えがない」
「わたしも~」
「差し詰め、日の出から中天までの事を旦那様は仰ってると思ったのですが、その理解で宜しいですか?」
「おう、あってるぞ」
「では、中天から日の入りまでは何と言うのでしょうか?」
「午後だな」
マギーの質問に答えながら、「午前や午後の始まりが12の干支で句切った日本の古い時間割りだったな」と、うろ覚えの情報が頭の中に浮かんで来た。
「あ、旦那さま、あれ見てください! 大きな木が立ってます!」
「うおっ! 何じゃありゃ!? あれが樹だって言うのかよ!?」
肩車したプラムがパスパスと頭を叩き、指差す。いや、ビビったね。何処かの会社のシンボルツリーも霞んじまうくらい莫迦でかい樹が聳え立ってるんだからよ。
いやいやいや、さっきまでその存在に気付かなかったって方が可怪しいだろ!?
「すげえだろ! あれが世界樹だぞ!」
横を歩くエルフの兄ちゃんが得意気に教えてくれた。
丁度タイミング悪くというか、良いと言うか、ロサ・マリアが同じことを言おうとした瞬間だったんだろう。ジロッと警備隊のエルフを睨みながら頬を膨らますのが見えたわ。
可愛いもんだ。
「世界樹……」
ゲームの中では復活のアイテムみたいな感じで扱われてた葉っぱの大本。
そんな感慨にひたりながら、俺は皆と同じように黙って天を衝く世界樹を見上げていると、樹々の葉を揺らしながらやって来た一陣の旋風が土埃を巻き上げて俺たちの視界を遮った――。
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