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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮
第153話 えっ!? あ、おいっ、あれ、良いのかっ!?
しおりを挟む「熱っ!?」「ほらっ、鬼姫さんや回復魔法!」
「はわっ!? えっ!? もう!? 早くないですかっ!? ああ、もうっ! 【手当て】!」
俺の呼びかけに、慌てて反応する灰色肌の銀髪美人ちゃんの動きに、思わず右の広角を緩めながら俺は腰を上げるのだったーー。
人の体ってのは面白えもんでな。あまりに早く切れると、稀に傷口から熱が逃げて寒さを感じたり、脳が痛みを消そうと血を流したことを先に処理して熱く感じることがあるんだよ。何時もじゃねえけどな。
で、俺の解体用剣鉈は自慢じゃねえが日本刀並みに切れ味が良い。と、自負してる。
比べようがねえからな。自己満足だぞ?
要するに、ノボルも珍しい経験をしたってこった。
鬼姫がノボルの傷を回復魔法で癒やしているのを放っておいて、俺は切り離した方の右足を持ってテントを出る。ノボルに言った通り、細工をするためだ。
「主君、どうだった?」
「ああ、問題ねえよ。見ての通り、ノボルの奴、あの将軍蟻にやられて右足が使えなくなってたんでな。病んじまう前に切って来たのさ」
ヒルダの問いに右足を持ち上げてみせる。
「どうするの? その足?」
プルシャンのは完全に好奇心だけだ。
「まあ、見てな」
そう言って、俺は【無限収納】から一抱え分の骨粘土を取り出す。
「【骨形成】。んで、こいつを半分に切って、挟んで、と」
剣鉈で柔らかくした骨粘土を二分割して、型抜きの完成だ。【骨譲渡】とかはする気は無えが、義足くらいは作ってやれるだろ?
さくっと足型を取ったら、切った足はお役御免だ。要るのは骨だけ。つう事でーー。
「【骨盗り】。プラム、悪いが、この肉の塊を“聖域”の外に放り投げといてくれるか? ああ、“聖域”からは出るなよ?」
4人と1羽の前で腰を下ろし、まず足から骨を抜き取る。抜き取ると、足の甲や指の骨が結合する力を失ってバラバラと足元に転がった。
抜き取った足は、プラムに手渡して捨てて来させる。
「は、はいっ! 捨てて来ますっ!」
足を受け取って嬉しそうに走って行く姿を、マギーが物欲しそうに見てた。んな事はねえと思うが、仕事奪われたとか思ってるんじゃねえよな?
「ほら、マギーぼさっとしてねえで足の骨を組み立てるの手伝え」
一番手先が器用な奴を助手に選ぶ。
「は、はいっ! 旦那様!」
ぱあっと明らかに嬉しそうな笑顔で目の前に滑り込むように正座するマギー。こいつ、プラムをライバル視してやがったな。
それに、正座の習慣ねえとは思うんだが、足痛くねのか?
「その座り方、足が痛くねえか?」
「はい。問題ございません 幼い時からしておりましたので」
「そ、そうか。うおっ、もう並んでる!?」
俺に視線を合わせないマギーを訝しく思いながら、視線を散らばった骨に戻すと綺麗に並んでやがったよ。そしたら後ろでプラムの声がするじゃねえか。走って帰って来たな。
「戻りましたっ!」
「はい。暗部での訓練は人の体の造りを思えることから始まりますので、一通りは」
「おう、プラムもありがとな。そうかよ。そりゃ凄えな。少し暗部見なおしたぜ」
直ぐ後ろまで来てたので、プラムの頭を撫でたら俺の横にちょこんと正座しやがった。いや、兎人で正座はきついんじゃねえか?
マギーも撫でて欲しそうな顔付きだが、いや、子どもと大人は区別しねえとな。子ども扱いしてたら機嫌が悪くなるってもんだ。
「で、主君はその骨でまた何をしでかそうと言うんだ?」
「おいおい、ヒルダさんや人聞きの悪いこと言わんでくれ。役に立つものしか造らねえよ」
ここまでして「義足」という言葉が出てこないって事は、義足文化は発展してねのかも知れんな。ノボルの足は、切ったのが幸い膝下だから屈む動作が出来ないわけじゃねえ。
けど、義足にしたらそれは無理だ。
ま、付け焼き刃でどれだけの物が出来るか、やるしかねえよな。
【無限収納】から右足用の腿当て、膝当て、脛当て、鉄靴一式を取り出す。腿からの足鎧じゃねえと支えるのが大変だろうからな。
日本で見てた義足も、大概太腿に装着口をはめてた。
「ああ、マギーちょっとテントにこの腿当を持って行って、ノボルにサイズが合うかどうか試してもらってくれ。その間に作業してるからよ。プラムは、残りの鎧を磨いててくるか?」
「畏まりました」「はいっ!」
マギーとプラムに用事を頼み、足型に【無限収納】から取り出したオークの骨粘土を柔らかくして嵌め込んでいく。オークの骨は川辺の街で手に入れたあれだ。
「やれやれ、主君はこうなったら済むまで動かん。その間預かったこの矢を調べてみるとしよう。プルシャン、手伝ってくれるか?」
「良いよ! 何したら良い?」
「そうだな、まずは……」
そんな遣り取りを聞き流しながら、俺は制作作業に没頭したーー。
◆◇◆
「うおおおっ!? 滅茶苦茶凄えじゃんか、おっさん!!」
俺の目の前で、義足をつけたノボルが燥いでやがる。正直、野郎の燥ぐ姿は鬱陶しいが気に入るものが作れたという満足感に免じて見逃してやるさ。
何より、鬼姫の目に涙ってな。良いねえ、異世界で青春だねぇ~。
そこで茶々入れるのも野暮ってもんだろ?
あれから、元の足型にオークの骨で作った骨粘土を嵌めて型取りし、その足に、バラけた骨を繋ぎ合わせたノボルの骨を埋め込んだんだ。
ノボルの骨と繋ぐ部分は半ペース程骨だけにしてある。直接型に生身が当たると、接地面が多いせいで肉が擦れて炎症が起きるんだ。そのための緩衝空間だな。
ああ、その分骨も型も【白骨化】、【魔骨化】、【骨硬化】して強度を上げてある。
この順番で強化するのが一番硬い気がするのさ。
ん? そうだなノボルの骨だけじゃ心許無いから、ノボルの骨にオークの骨を結構な量融合してあるぞ。これは言ってないが、【骨錬成】で大きさは変えずに密度を上げてやった。
俺の体から出た骨を譲渡するのは従者だけって決めてるから、流石にそれはしねえよ。
出来た足を元の体に【骨治癒】で繋いでやって、そこに右足の用の足鎧を着けてやったのさ。特に腿当ての裏側には骨粘土で締め付けも兼ねた隙間埋めを貼り付けてある。義足のソケットみたいな役割だな。上からの衝撃をできるだけ太腿で受けれるようにしたってこった。
応急処置だが、足鎧は間に合わせだ。地上に戻ったら、足鎧を換えるか、状態維持や修復できる魔法みたいなものを付与してもらうように伝えておいた。って、聞いちゃいねえようだから、鬼姫にそう伝えておいたよ。
足も、鎧を外せば普通に歩ける使用にはしてある。
ほらあれだ、腕時計の金属バンドみたいな凸凹に足を細かく切り分けて軸を差してあるから、生身までとはいかねえが、それなりに動きは滑らかなはずだ。そこは自信作だな。
「それと、鬼姫さんや」
「ぐすっ。何でしょう?」
「感激してるとこ悪いんだが、呪いを解く魔法とか使えるか?」
「あ、はい。回復魔法の第7位階に【解呪】があります」
「つう事は?」
「まだわたしには使えません。申し訳ありません」
「いや、俺は良いんだがな。あそこで燥いでる奴な。律令神殿で知らねえ内に呪詛を掛けられてるらしい。早めに律令神殿以外のとこで呪いを解いてもらうか、お前さんが【解呪】を使えるようになるこった」
「……そうでしたか。何と卑劣な」
出そうかどうか迷ったが、取り敢えず取り出し、反応を見ることにした。
「後これだ」
【無限収納】から、川辺の街の傍で殲滅したオークの骨塚から拾った首飾りをチャラリと鬼姫の掌に落とす。装着しなけりゃ呪いが発動することはねえ。
「こ、これは!? どこでこれを!?」
「あ~言い難いんだが、人族の街の近くにハグレオークの村みたいなのがあってな。襲い掛かってこられて、話す余地もなく殺し合いになっちまったんだよ。で、事が終わって村の中を探してたら骨塚の中にこれがあったのさ」
「これがどういうものか、ご存知ですか?」
「あ~……【鑑定】が使える奴が居てな。見てもらったよ。生前に使ってた巫女さんが相当悔しい思いをして死んだんだろう。呪われてるぜ、それ?」
「そうですか……」
悔しそうに下唇を噛みながら俯く鬼姫を余所に、脳天気な声が聞こえて来た。
「おーっ! 鬼姫、何だそれ? 炎耐性微上昇に、知性+200のバフが付いてんのか? 良いな、ちょっと貸せ」
何だ? このネックレスの効果を話した覚えはねえ。つう事はこいつ【鑑定眼】のスキル持ちか? 意識して使いこなせてるって事は別の【鑑定】スキルなのか?
んな事を思ってると、ノボルが鬼姫の掌からひょいとネックレスを取り上げ、首に着けようとするじゃねえか!? おい、装着時に呪われるって項目は出てなかったのかよ!?
「えっ!? あ、おいっ、あれ、良いのかっ!?」
「ノボル様は【識別】スキルをお持ちのはずですが……? 呪われてない、のですか?」
【識別】って事は【鑑定】の下位スキルか!? 呪いが見えてねえのはそういう事だろ!?
鬼姫は俺とノボルを交互に見て、どうすべきか迷ってるがもう遅え。すぐに取り上げねえと間に合わねえよ。そう思って、手を伸ばそうとしたらーー。
「あ゛ーーーーーーっ!! 呪われてやがるっ!? 敏捷-200!? 嘘だろっ!?」
手遅れだった。
何とも言えねえ気不味い雰囲気が漂う。
あれだ。ノボルは『莫迦には付ける薬がねえ』を地で行く奴だと俺は悟ったね。呆れて乾いた笑いしか出てこねえよ。
「お前さんも大変だな」
ぽんと鬼姫の左肩を叩いてその前を過ぎると「申し訳ありません!」と謝られた。
いや、こいつが後先考えずに何でも試すのが悪い。ちょっと灸をすえてやらんといけねえみてえだな。
「おい」
「あ、おっさん! 何ちゅう物を着けさすんだよ。外れねえへぶしっ!?」
文句を言うのはこの口か。軽く平手打ちをして黙らす。
「おい、ノボル。お前ちょっと調子に乗り過ぎじゃねえか?」
「はっ!? いや、何言ってるんすか。おっさんには感謝してるぞ!? そもそも、あぐっ!?」
まだ喋ろうとするから、拳骨を喰らわす。舌でも噛んだか? まあ良い。
「お前らとここで暫く共同生活だ。今の内にはっきりさせとくもんがあるだろ? 俺がルールとは言わんが、守らねえといけねえものもある」
頭を両手で抱えてる内に奥襟を掴んで、テントの方に引き摺る。
「そ、そりゃそうっすよ! 皆でよく話しあいましょう! おっさん、いや、兄貴! 何で襟を引いて離れていくんすかっ!? 話し合うなら皆が居るとこじゃないと!?」
「良く判ってるじゃねえか。まずは男同士の話し合いが要るだろ? まあ、付き合えや」
「いや、俺には必要無いっすよ!? 俺こう見えても知性派なんすよ。何でそんなに人でも殺しそうな笑顔なんすか!? 止めてっ!? 誰か助けっ! 鬼姫っ!? おま、見捨てるのかっ!? 兄貴、ちょっ、待っあ゛ーーーーーーーーーーっ!!!!」
あれだけ蟻どもが居たらそう簡単には地上には戻れねえ。
そもそも、ここが迷宮の何階層なのかも判ってねえんだ。浅くはねえのは確かだが、脱出するには今の俺たちじゃどうにもならん。
つまり、この“聖域”を使って強制的に山籠りならぬ迷宮籠もりをして、それぞれの自力を上げなきゃならんのさ。
それを解らせるため、俺はノボルの奥襟から手を放して、奴の顳かみをガシッと掴み直しOHANASHIAIをするために皆から距離を取る。
こうして、自給自足の迷宮生活が賑やかに幕を開けたのだったーー。
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