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第2章 辺境伯爵領

第108話 えっ!? どうしてそれを!?

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 「お、おい。おやっさんたち何してるんだ? 宿に入らねえのかよ?」

 思わず2人の背中にそう声を掛けちまったよ。

 「ああ、お前らか。そうしたいとこなんだがな。この宿は人様ひとさまの物になちまったよ。すまんな。前金まで貰ってるというのによ」

 「ううっ」

 振り向いて、俺の問に答える熊人族おやっさんつぶらな目が曇ったような気がした。それに合わせて女将さんが堪えたものが一気に吹き出したように泣き出したじゃねえか。

 何があった?

 虎人族の女クロたちも、余りの事に何を言って良いのか分からないみたいでオロオロしてやがる。ちっ。俺だって判るかよ。

 「主人。もし良ければ仔細しさいを教えてもらえぬだろうか? われらとしても宿ここに泊まれぬとなれば代わりを探さねばならぬし。何よりも、女将が泣くほどのことだ。知らぬ顔はできぬ」

 ナイス! ヒルダも良いこと言うじゃねえか。

 「そうだよ。水臭いじゃないかい」

 「お前ら……。いや、ダメだ。お前らには迷惑は掛けれん。これはウチの家族の問題だ」

 クロの言葉に、女将さんの肩に回した腕に力が入るのが分かった。

 「家族? そういやあ息子が居たな。手前てめえの母親が泣いてるってえのに何処ほっつき歩いてやがる」

 息子の話を聞いてた俺は、違和感を口にする。

 こんだけ悲壮感漂わせてたらよ、「親父! 俺頑張るから!」的なセリフの1つや2つが聞こえて来ても良いようなもんだが、その声を発する息子の姿は何処にもねえ。

 家族の問題?

 トラブルか?

 ちっ。この指輪をしてからろくな事がねえな。

 そんな事を思いながら、右手の人差し指にまる黒ずんだ銀製の指輪に視線を落とす。ま、本当は真銀ミスリリル製らしいが、んな事より『善行を行う機会が増える』とあった指輪の効果なら、これは完全に俺がやらかしたことになる。

 そんな人様の運命まで作用するようなだいそれた物じゃねえとは思うが、俺の目の前では勘弁してくれ。放っとけねえだろうがよ。

 赤の他人だが、情が移っちまったら見てみぬふりはできん。『聞けば気の毒見れば目の毒』とはよく言ったもんだぜ。

 「……うう、イサ、どうしてこんな事を……」

 「おい!」

 息子の名前か? 女将さんが名前を口走った途端におっさんが声を荒げたな。

 息子はここには居ねえ。宿が他人の物になった。原因は息子、だろう。つう事はーー。

 「息子に権利証を持ち逃げされたか?」

 「っ!?」「えっ!? どうしてそれを!?」

 ビンゴ。女将さんのその表情かお見りゃ嫌でも判らあ。ったく、何母ちゃんを泣かせてやがるんだ、莫迦ばか息子が。

 「おやっさん、そりゃいつの話だ? そんなに時間経ってねんだろ?」

 「……ああ、朝一番、仕入れから帰って来たと思ったらこのざまだ。何処で育て方を間違えたのか……」

 「ううっ」

 朝イチか。今は……陽の位置からすれば、昼前だ。2、3時間前ってことだな。

 空を仰ぎながら思う。ま、訳の分らん事をしでかせば、普通はそう思うわな。けど、クロたちからもここの息子の素行が悪いって言う話は聞いてねえ。そんなに遊びまわってるんだったら、俺たちが泊まった時に入った大金目当てに一悶着ひともんちゃくあったはずだ。

 それもねえ。

 俺たちが、宿に来た時も出る時も厨房の奥にはおやっさん以外の気配があった。あれが多分そうだろう。だとしたら、よっぽどの事があったと考えた方がしっくり来る。

 「おやっさん。莫迦息子の言い分を聞いたのかい?」

 けど、母ちゃん泣かせて良い理由にはならんがな。先ずは、状況確認だ。

 「いや。バタバタと帰って来たと思ったら、あれを探し当てて出て行きやがったのさ」

 トンッ

 「何処に行ったのか見当はっ!?」「ひっ!?」「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」

 熊人のおやっさんが大きな肩を揺らす。兎に角、何処に居るか見付けねえ事には権利証云々うんぬんの話もできねえ。そう思って確認しようとした矢先、おやっさんと女将さんの間をうように投げナイフが通り過ぎ、宿の壁に刺さったんだ。

 慌てて飛んできた方に向き直り、目星を付ける。思ってたポイントで黒い頭が屋根の影に消えるのがチラッとだけ見えた。

 「追うかい?」

 「いや、良い。これだけの腕前だ。敵なら、誰かに刺さるように投げたはずろ?」

 「……それもそうだね」

 「ナイフの柄に何か結んであるっスね。はいこれ」

 クロが背中を合わせるようにして聞いてる。気が付いたってことかよ。やるもんだ。けど、そりゃ後だな。クロを納得させた所へホビット娘オリーヴが壁に刺さったナイフを抜いて来てくれた。

 「確認が必要」

 「誰かしらね~?」

 「ど、何処から投げたんでしょう?」

 「ハクト、開けて見て! 何て書いてあるの?」

 いや、プルシャン急かすな。俺がまだ字が読めねえの知ってるだろうがよ。

 あ、こいつわざとだな。ニシシと口を広げて笑うプルシャンの顔を見て思わず引きった笑いが出ちまった。そのままナイフから布のような物を抜き取って、ナイフをオリーヴに渡す。

 紙文化が無いってことか。布を開けて見ると何やら短く文字が書いてある。

 「ふむ。イサルコとコワリスキー……名前だな、主君」

 「ああ、そうだな」

 そこへ、ヒルダが助け船を出してくれた。ふぃ~助かったぜ。

 ん? どっかで聞いたことねえか?

 「面倒事。ハクトまずい」

 「イサルコって言ったらここの息子の名前だよ! もしかしてコワリスキー商会に行ったんじゃないのかい!? あそこは色々やばいことしてるってもっぱらの噂だよ?」

 ちびっ娘ロザリーとクロが勝手に説明を挟んでくれたお蔭で、何となく見えてきた。

 あ~このくだり、前も聞いたな。確か、建てかけの屋敷が倒れた時だったか。

 思い出すと、あの時の様子も頭に浮かんでくる。ニヤニヤした男が居たな。さっきのやつが誰かは知らねえが、敵じゃないのは信じても良さそうだ。

 「あ~んじゃちょっくら行って来るぜ」

 「お。おい!」「ええっ!?」

 「あ、ちょっと、ハクト引っ張らないでおくれよ!?」

 宿のおやっさんと女将さんに、しゅたっと片手を上げて軽く挨拶し、有無を言わせずにクロの腕を引く。

 「んなこと言ってもよ、コワリスキー商会が何処にあるか判んねえだろうがよ。迷子になったら色々と拙い。案内しろって」

 「はあっ!? あたしも行くのかい!?」

 「ん~皆で行くか? それなら怖くねえだろ?」

 そう言って、俺は女たちを引き連れ、ピクニックにでも行くような軽さで跳ね豚の憩い亭を後にした。おやっさんと女将さんは放っておいても問題ねえだろう。そう思わせる風格がおやっさんにはある。

 「「「「「本気っ!?」」」っスか!?」かい!?」

 「あはははっ! 楽しそうだね、ヒルダ!」

 「はあ。主君がこうなっては仕方ない。一緒に行くしかないだろう」

 「わははははっ! 楽しくなってきたな、おい!」

 「あたしは楽しくなんてないよぉーーーーっ!」

 クロの叫びが通りに響いた時、昼を知らせる街の鐘の音が、カラーンカラーンっと雲間に吸い込まれていったーー。





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