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言葉じゃなくて、態度で見せろってこと?

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 萌の家の最寄り駅、仕事帰りの彼女と待ちあわせた。
 改札前、人ごみの中から現れた萌が俺に気がついて、一瞬、眉をひそめて唇を引きむすんだ。
 その表情の険しさに胸が苦しくなる。

「……萌、おかえり」

 媚びるような笑みが自然と出ていた。
 萌の眉間の皺が深くなる。

「……ごめん」

 俯いた俺の横を萌の香りとパンプスの音が通りすぎる。

「……いこう」

 聞こえた呟きに俺は慌てて顔を上げ、足早に遠ざかろうとする萌を追いかけた。



 今日は、せっかくの有給だったのに遊びに行く気にもなれなくて、ずっと家でスマートフォンをながめていた。

 どうして萌にバレたのか、SNSをたどってわかった。
 昨日の女が萌の投稿にイイネをしたからだ。
 とちあやめ@恋活中のアイコン画像は萌の実家の猫と同じ種類だ。萌は猫アカウントばかりフォローしている。きっととちあやめ@恋活中のアカウントも見にいったのだろう。
 それで、あの画像を見つけてしまった。

 ――におわせ女、マジうぜえ。
 
 自分のせいだとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
 とちあやめ@恋活中は、どうやら常習犯らしい。
 投稿をさかのぼってみるとデート写真ばかりが出てくる。そして、写真投稿直後に誰かしらのアカウントにイイネをしにいっていた。
 猫の写真は一枚もない。猫に関するつぶやきも。もしかすると、萌を釣るための拾い画の可能性もある。

 ――たぶん、俺がしゃべったんだろうな。

 昨日は本当に浮かれていたから。
 打ち上げで将来のビジョンについて一人が語りはじめて、今話題の男性の育休取得の話題に移り、その流れで萌の話をした。スマートフォンの画像を見せたりもした。
 きっと、同じようなことを、とちあやめ@恋活中にもしてしまったのだろう。
 打ちあげ写真に店名をつけて投稿していたから、そこから俺のアカウントを特定して、わざわざ萌のアカウントまでイイネを押しにいったのだ。

 ――暇人すぎんだろ、うぜえ。とちあやめ@NTR好きに名前変えろよ。

 壁にかけたスーツをながめ、溜め息をつく。
 内ポケットに入れたものを昨日、萌に渡すつもりだったのに。

 ――こんなんじゃ、絶対ムリだよな。

 くそ、と悪態をついてから、親指に怒りをこめて「とちあやめ@恋活中さんをブロックしますか?」の「ブロック」をタップした。



「……何か、萌の部屋に来るの久しぶりな気がする」

 ローテーブルの前のクッションに腰を下ろして呟いたが、キッチンに立つ萌から返事はなかった。
 気まずい沈黙に意味なく腰を浮かせて、なんとなく膝をそろえて座りなおす。

「……はい、どうぞ」

 ことん、と目の前にマグカップが置かれる。ふわりと漂うのはカモミールの香り。

「コーヒーじゃないんだ。珍しいね」
「カモミールは心が落ちつくから」

 ぽつりと言われてグッと黙る。

 ――そんな、嫌味っぽい言い方しなくても……。

 やらかしておいて文句を言える立場ではないと頭では理解していても、普段のやさしい対応に慣れ過ぎているせいか、不機嫌な萌に対して、どういう反応をすればいいのかわからなかった。

「……いただきます」

 ごくり、と一口飲んで、ふう、とそろって息をつく。

「……それで……昨日の話だけど、考え直してくれた……んだよな?」

 おそるおそる尋ねると、こくり、と萌が頷いた。

「ホント!?」

 目の前がパッと明るくなる。

「……よかった~! マジで昨日は眠れなくて、どうしようかと思ってさぁ……俺、ちゃんと反省して、二度と変な女に引っかかったりしないから!」

 昂ぶる気持ちのまま手を伸ばし、向かいに座る萌の手を握ろうとして――すっと避けられた。

「……萌?」
「別れないし、許す。……でも、一つだけ条件がある」
「……許す条件?」

 くりかえせば、萌は小さく頷いた。
 まぁ、そりゃそうだよな――何にもなしに無罪放免にはならないだろうとは思っていた。
 けれど、許すための条件を萌が決めてくれるなら楽といえば楽だ。どうすれば許してくれるのか悩まずに済む。

「……わかった。何がいい? なんでも言ってよ。何か欲しいものとか? できれば俺の貯金で買えるものだと、ありがたいんだけど」

 俺の言葉に、萌は首を横に振った。

「違う? 物じゃなくて別のこと?」
「したいことがあるの」
「したいことって、何?」

 首をかしげると萌はスマートフォンをトントンと操作して、俺に画面を差しだしてきた。

「これ」
「……これって」

 タイトルを目でなぞって、ざっとスクロールして、もう一度頭に戻って読み直す。

「……射精管理?」
「そう」
「……え? つまり、この貞操帯とかいうチンコケースっぽいのを俺に着けて、オナ禁させて管理したいってこと?」

 萌はもう一度「そう」と頷いた。俺と視線を合わせないままで。

「……マジで? マジで俺にコレつけて射精できないように管理したいわけ? なんで?」

 なんで、と口にした瞬間、萌が顔を上げた。
 う、と息を呑む。
 萌は見たことがないような険しい表情をしていた。

「嫌ならいいよ。別れるだけだから」
「っ、そんな、――っ!」

 突きはなすような言葉に思わず萌の手に手を重ねて、ぱしり、と払われた。

「さわらないで」
「め、めぐみ」
「今は、拓海に触られたくない」
「今はって、いつなら良くなるんだよ」
「わからない。だから、エッチできない間に、また浮気されたら嫌だから、管理させてほしいの」
「……おあずけされたからって、また浮気したりとかしないって。信じてよ。……って無理か。言葉じゃなくて、態度で見せろってこと?」

 萌が頷く。
 どうしよう――もう一度、スマートフォンの画面をながめて、ふと、気がついた。

「……でもさ、これ、管理するのって萌だよね?」
「うん」
「じゃあ、この洗浄日の処理とかは萌がやってくれるってこと?」
「うん」
「萌から俺に触るのは、イヤじゃないの?」
「ラテックスのゴム手袋する予定」
「……そっか」

 そこまで嫌か、と肩を落としかけて、ふるると首を振って顔を上げた。

「わかった。それで、萌が納得できるなら、やるよ。でも、ずっとってわけじゃないよね?」
「一ケ月、四週間」
「洗浄日は週一? つまり、一週間に一度、洗浄日にはケース外して抜いてくれるってこと?」
「そうなるね。でも、できれば洗浄日でなくても毎日会いに来て」
「うん。それなら全然いいよ。できるできる!」

 一週間に一度で充分だ。
 元々俺はそこまで性欲が強い方じゃない。
 萌とも最近はセックスよりも、まったりイチャイチャするほうが多かった。

 ――そういえば、最後に萌としたの、いつだっけ。

 一ケ月以上していなかった気がする。

 ――そっか。そりゃムカつくよな。私とはレスで他の奴とはするのかよ、って思うよな。

 決して萌とのセックスに飽きたわけではない。
 昨日は、する気だった。
 萌だって、期待して待ってくれていたはずだ。

 ――それなのに、俺は……。

「……ごめん、萌。俺、ちゃんとやりとげるから……二人で、やりなおそう」

 本当は手を握って、抱きしめたかった。
 でも駄目だ。
 せめて、とジッと萌の目を見つめる。
 萌は俺の真意を確かめるように、まばたきもせずに見つめ返してから、フッと視線をそらした。

「……なら、注文するね」

 ぽそりとした呟きに、あ、と気付いて慌てて自分のスマートフォンを取りだす。

「いや、俺が自分で頼むよ! 特急便なら明日には着くし!」
「でも……」
「俺のせいで必要になったんだから、俺が買う」
「……わかった。お願い」
「うん!」

 通販アプリを起動して、ザッと調べる。

「……うわ、結構色んなのあるね」

 プラスチック、シリコン、ステンレス製まである。形状も竿部分だけを覆う手軽なものから、腰のベルトがついた、ふんどし形状のガチなものまで様々だ。

「まって、電極ついてるのとかあるんだけど。どういうこと? ……萌は、どれがいいと思う?」
「……えっと……どうだろ……これとか?」

 萌が指さしたのは竿だけを覆うタイプで、泡だて器か鳥籠のような形状をしたステンレス製の物だった。

「……え? なんで?」

 初心者向けと書いてあるのは、一つ下のプラスチック製の物だ。

「なんでって……通気性がよさそうだし、汚れも洗い流しやすそうで衛生的にこっちかなって。こっちのプラスチックのやつだと、完全にスポッて包まれる感じになって、中で蒸れそうだし……」
「……なるほど。たしかにそうかも。送り先、俺の家でいい?」

 うん、と萌が頷いたのを確認して、ワンクリックオーダーボタンをタップする。

「……おし、注文完了。明日の夜には宅配ボックスに入ると思うよ。で、どうする? 貞操帯付けて、ここにくればいい?」
「ううん、もってきて」
「わかった。なら、未開封で持ってくる」
「……本当に、注文したの?」
「うん、ほら」

 スマートフォンを差しだせば、萌はローテーブルに乗りだすようにして画面をのぞきこんだ。
 ジッと注文完了画面を見つめてから、ホッと小さく息をつく。

「……ありがとう」

 萌の唇がほころぶ。今日はじめて見る、やわらかな表情に肩の力が抜ける。
 やっぱり萌には、やさしく笑っていてほしい。

「こっちこそ、ありがとう。……俺、もう一度、萌に信じてもらえるように頑張るから」
「……うん」
「それで、この後どうする? 夕飯、何か食べたいものとかある? 何でも御馳走するから」

 いつもは萌が作ってくれるが、今日はそんな気分ではないだろう。
 
「何、食べたい?」
「……竹屋の牛丼」

 萌の言葉に「そんなんでいいの?」と笑いながら、俺は近場の竹屋を探すため、スマートフォンの検索ウィジェットをタップした。
 
 
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