黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

8.迎撃

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(本当に思った通りの行動をしてくるな…)

ライアードは兄の行動に思わず溜息をついてしまった。
いや…本人はこちらの行動を想定し熟考の末段取りをつけたのだろうが、それ故にとってくる行動がわかりやすかったと言うだけの話なのかもしれないが…。
お粗末でなかったのだけがせめてもの救いだ。
きっちりと不正を摘発し、且つロイドを陥れると言う点ではまさに兄の計画通りだと言っても過言ではない。
そこには自分に対する仕事への評価も含まれており、それは素直に有難いとは思う。
信頼されるのは良いことだ。
とは言えそれはそれ、これはこれだ。
自分のお抱え魔道士を引き離されるのは困る。

「ライアード様!その男はライアード様の信頼を裏切り、この者達と結託!黒曜石の不正横流しを促した張本人です!」
「不正の裏付けも取れておりますし、何より実行犯である三名がその男に唆されたのだと認めております!」

どうぞご英断をとミシェルの息の掛かった者達が促してくるが、そこではいそうですかと言うことを聞く自分ではない。
けれどここはまだ自分の出番ではないのだ。
きっとロイドは何か仕掛けるはずなのだから────。

「ロイド?皆はこう申しているが、お前の意見も聞こうか」
「くっ…実に期待通りの展開ですね。そんなにそこの黒曜石を私に押し付けたいのなら全部いただきますのでご許可を頂けますか?」

最初からそのつもりなのによくも言えたものだ。

「身の潔白を証明できるならお前にやってもいいが?」

だからそう言ってやった。
それに対しロイドは実に楽しそうだ。

「まず、私が良質な黒曜石を手に入れるならそこの…採掘担当者一人で十分なのですよ」

その言葉に皆が皆目を点にする。

「黒曜石の質など、そこの鑑定士よりも自分の方が目利きだと言う自負がありますし、そこの…総責任者なども私には必要ありません。眷属に言えば影を渡って直接私に石を届けることができるからです」

それ故に一番バレない方法をとるのなら採掘担当者ただ一人で事足りるのだとロイドは艶やかに笑った。

「私は…わざわざ無駄な人員を雇い、分け前を減らし、バレるリスクを犯すような馬鹿ではない…とだけ申し上げておきます」

「まあそうだろうな」

ロイドが本気になったらきっともっと上手くやるだろう。
それに面倒臭いからと言ってやらなさそうだが、下手をすれば採掘すらあたりをつけて自力でやってしまえるだけの力量はあるはずだ。
それこそ眷属や魔法を駆使すればいくらでもバレないよう手に入れられるのだから、こんなリスクを犯す必要は一切ない。

「私のお抱え魔道士はこう述べているが、どうだ?……お前達の意見を聞かせてもらいたいものだな」

暗に罪の加算もあり得ると匂わせてやるとたちまち男達は狼狽え始めた。
「ライアード様!本当でございます!」
「信じてください!」
「その男から頼まれたのです!加工も何もかも私どもでやれと!」
そんな必死の言葉に思わず笑いが零れ落ちる。
「ほぉ?加工もか?」
「は、はい!磨いてオークションに出せる品にするには自分ではできないからと…!」
どこかホッとしたような男の言葉にライアードはフッと笑い、そっと押収品の黒曜石へと近づいていく。
そしてその中でもかなり扱い難そうな…けれど一級品の原石を手に取った。

「ロイド。これなどどうだ?クレイが気に入りそうではないか?」
「ああ、そうですね。ではそのままいただきます」

そう言って周囲の目など全く気にせずロイドはそれを受け取ると、その場で呪文を唱え始めた。

パキパキパキ…と目の前で石がみるみる内に形を変え削られてゆく。
そしてある一定の形まで整え終えると、ロイドは次いで別な魔法を唱え、そのまま石を美しく磨き上げた。
それをそっと手に取り、ロイドが満足げに笑う。

「確かにこれなら喜んでもらえそうです」
「そうか。それは良かった」

嬉しそうにするロイドを見遣り、今度は先程の男へと向き直った。
「私の魔道士はこれこのように優秀な男でな…。自力で一瞬で作業を終えられるのだ」
その言葉にその場にいた者達が蒼白になりながら一斉に口を噤む。
「それで?先程言った言葉の真意とは……?」
そうやって笑った自分に、関係のない者は一斉に目を逸らし、犯人達は一様に観念したようにその場へとへたり込んだ。

「ロイド。この者達を城まで連行する」
「かしこまりました」
「押収品は冤罪を掛けられそうになったお前への詫びだ。そのまま受け取っておくといい」
「ありがたく頂戴いたします」

そんなやり取りにザワッとその場の空気が動くが、何故かミシェルの息の掛かった者達はそれ以上騒がなかった。
(まだ何か仕掛けてくるかもしれないな)
そう思いはしたが、この場にはもう用はない。
あとは報告書をまとめるために詳細な書類を回収し、王宮へと持ち帰るだけだと踵を返した。




書類を揃え馬車へと積み込み、連行する者達を別の馬車へと押し込んですぐさまその地を出発することにした。
「ロイド。行くぞ」
そう声を掛け、ロイドの意識がこちらへと向いた瞬間だった。
男が二人飛び出してロイドの方へと向かったのを見て、気づけば剣を抜いている自分がいた。

キィンッ!!

一人の短剣を弾き飛ばしはしたが、そこでもう一人の男の凶刃がロイドを狙った。
けれどそちらもロイドの眷属があっという間に取り押さえてしまう。

「ロイド。怪我はないか?」

そう尋ねた自分にロイドがゆっくりと頭を下げる。

「主に剣を抜かせてしまい申し訳ございません」
「いや。たまには実戦経験を積みたいと言っていたのは私だしな。気にすることはない」

主人である自分が狙われた時に動かないお抱え魔道士は大問題だが、その逆は全く構わないと言ってやると、ロイドは『面白い主を持てて幸せです』と笑顔で答えを返した。

「さて、私の魔道士を狙ったこの輩も引き取らせてもらうが構わないな?」

その問い掛けにその場にいた者達が蒼白になりながらコクコクと頷きを落とす。

「では行くぞ」
「はっ…」

どうやら今回は二重でロイドを排斥にかかったようだなとため息を吐いていると、ロイドが馬車へと乗り込みながらクスリと笑った。
「まだまだですよ。後二回は仕掛けてくるはずです」
「……兄上には本当に困ったものだ」
一体どれだけロイドが嫌いなのか……。
「まあいい。道中の暇つぶしにでもしてやってくれ」
「はっ…」
こうしてミシェルの仕掛けてくる手を躱しながら、王城へと向かったのだった。


***


その頃ミシェルは、首尾はどうだろうかと考えながら一人回廊を歩いていた。
今度こそロイドを陥れるか排除できただろうかと報告が来るのを今か今かと待ち侘びつつカツカツと足音高く歩いていると、ふと正面から歩いてきた騎士装束の者が脇へと下がる姿が目に止まった。

(アルバート…!)

それは自分の親友だったジャスティンの弟────アルバートだった。
ジャスティンが亡くなってからずっと距離を置いてきた嘗ての自分の想い人……。
けれど距離は置いてもずっと彼の事は陰ながら気に掛け続けていた。




あれはもう9年近く前になるだろうか────。
ある日親友であるジャスティンが弟を紹介したいと口にした。
今度新しく騎士になったからと。
ジャスティンはかなりなブラコンで、アルバートの事はそれまでも何度も話に聞いていたから今更だと軽く笑ってその話を受けた。
けれど…そんな彼に自分は会って一目で恋に落ちてしまったのだ。
優しいグリーンの瞳とアッシュブラウンの柔らかな髪はジャスティンと同じだったが、その愛くるしい笑顔に胸を射られた。
「初めまして。ミシェル様。兄から色々とお話をお伺いし、お会いできる日を心待ちにしておりました!」
そうして真っ直ぐにキラキラと輝く瞳を向けられて、心が更に彼へと惹きつけられるのを感じた。
「ああ。私も…話には聞いていたから会うのを楽しみにしていた。騎士団に入ったと聞いた。これからの活躍を期待している」
なんとかそれだけを笑顔で伝えられたのは自分としては上出来だったと思う。
それほど自分の中はパニック状態だったのだから……。
それまで自分が男を好きになるなど思ってもみなかったし、その時は既に婚約者候補もいた。
何となくその中から選んで結婚するのだろうなと思っていた。
けれどここに至って本気で恋に落ちて、本当にそれでいいのかと…そう疑問に思った自分がいたのだ。
だから悩んで悩んで……その悩みを抱えきれなくなったところで見兼ねたジャスティンから声を掛けてもらい、どこか救われたような気持ちになった。

「ミシェル様がまさかそれほどアルを好きになってくださるとは思っても見ませんでした」
「……すまない」

その時、申し訳ないと相談した自分にジャスティンは気にしないでほしいと笑ってくれた。
しかも大事な弟を好きになってくれたのが自分で良かったとまで言ってもらえたのだ。

「アルもミシェル様に憧れているようですし、きっと上手くいくはずです。私も協力しますので大船に乗ったつもりでいてください」

そう言って笑顔で請け負ってくれたジャスティン。
それなのに────それからひと月もしないうちに彼は自分を庇い亡くなってしまった。
正直目の前が真っ暗になったと言っても過言ではないだろう。
彼は自分の騎士である職務を全うしたのだと皆に言われた。
けれどそんな言葉が何の慰めになる?
あの日から自分の時間は止まったまま……。


そんな絶望を抱えてほどなく、また自分達の命を狙う輩が現れた。
自分の弟 ライアードと視察へ行った帰りだった。
剣の腕の立つライアードと護衛の騎士達が奮闘するも相手は魔道士。
王宮魔道士達から防御魔法を掛けてもらっていたとはいえ、当然形勢は悪かった。
あまりの劣勢にもうこのままジャスティンの元に行くのも悪くないのではないかと半ば諦めかけたその時、こちらに加勢に入ってきたのがロイドだった。
正直その力の差は自分から見ても歴然なほどで、勝負は一瞬でついてしまった。
こんな子供がたった一人でこれほど沢山の魔道士を倒すことができるのかと驚くほどに────。
その時、これほどまでに簡単に決着がつくのなら……ジャスティンの死はなんだったのかと腹立たしい気持ちでいっぱいになってしまった。
優れた魔道士がいれば護衛騎士など必要ないのではないか?
現に今日も魔道士の刺客達を前に然程役には立たなかったではないか。
もういっそのこと護衛は王宮魔道士に頼むべきなのではないかとさえ思った。

もう誰も死なせたくない────。

だから騎士達を意図的に自分の護衛から外した。
それが反感を買うことだと十分に認識していたが、これは絶対に譲れないと思ったのだ。

ちなみにロイドの事はその頃から好きではなかった。
助けてもらっておいてなんだが、冷静になって考えると王宮魔道士の誰よりも高い魔力を有した子供が怖かったのだ。
だからライアードが『暫く護衛に雇ってみては』と提案してきた時も、こんな得体のしれない子供を傍に置くわけにはいかないと断った。
ロイド一人を雇って騎士を置かなくて良くなるのならそれも良かったのかもしれないが、子供なだけにいつ気まぐれで裏切られるかわかったものではないというのもあった。
何しろ助けに入ってくれた時の理由も『たまたまお腹が空いてたから、助けたら美味しいものでももらえるかと思って』だったのだから────。
けれどその後、意に反してロイドはライアードに上手く取り入りお抱え魔道士になった。
はっきり言って警戒するなと言う方がおかしいだろう。
とは言え目立つことなく大人しくしているようだったから最初は警戒しながらも然程気にすることもなかった。


自分は王になるために仕事だけではなく勉強もしっかりしなければならなかったから、当時は寝る間を惜しんで学んでいた。
自分はライアードのように一度目を通せば事足りると言うような優秀さは持ち合わせていないから、沢山の事を何度も何度も繰り返し学ぶ必要があったのだ。
それもあって視察などの道中馬車に揺られると睡魔に襲われることが多かった。
そう言うこともあり護衛は必須だと言うのも十分わかっていたので、ちょうど似たような時期に自分も一人のお抱え魔道士を雇ってみた。

彼はロイド程ではないが力のある魔道士で、眷属を四体抱えていたし実力はかなりある方だと思う。
けれど彼はロイドと違いすぐに仕事に飽きた。
黒魔道士の特性上、退屈な日々は御免なんですと言われてしまったのだ。
だから彼には一つの仕事を与えてやることにした。
それは魔法国家アストラスの王宮にばれないように上手く紛れ込み、内情を探ってこいというものだった。
その話を聞いた彼は嬉々としてその話に乗ってきた。
自分の元で窮屈に退屈な日々を過ごすよりも、スパイと言う名の面白い仕事を手に入れて黒魔道士らしく生きる方が有意義だとでも思ったのだろう。
それから今でも彼は定期的にあちらの情報をこちらへと報告して来てくれる優秀なスパイとなった。
おちゃらけた性格だが、押さえるところは押さえている有能な黒魔道士だ。
正直彼を送り出した後他に魔道士を雇うことも考えたが、同じような結果になることが容易に想像できたので同じ轍は踏むまいと考え直し現在に至る。

こんな風に普通黒魔道士は一つ所に長くいることは珍しく、そこに何か面白味のある目的でもない限り長くは居ついてくれない。
この時の彼の発言でロイドを疑う気持ちが強まったと言っても過言ではないだろう。
それほど、ロイドが退屈な日々を我慢しているには絶対に裏があるに違いないと確信した出来事だった。
それ故に絶対に弟を誑かすに違いないと目を光らせているのは間違っていないと思う。

ちなみに現在視察など護衛が必要な時は騎士ではなく王宮の魔道士に依頼し頼むようにしているのだが、今のところ特に大きな問題はない。



ジャスティンを失ってからその心の隙間を埋めるべく妃も迎え、子も授かった。
ジャスティンに顔向けできるように、仕事も勉強もより一層力を入れた。
本来なら順風満帆な人生と呼べるはずだ。
けれど自分の中にはずっと燻っている恋心があった。

それとなく気に掛け、こっそりと見守り続けてきたジャスティンの弟 アルバート。
彼は彼なりに兄の死と言う悲しみを乗り越えるために頑張っているようだった。
剣の腕を磨き、がむしゃらに上を目指す。
『きっと兄を超えてみせる』と励んでいるのは見ているだけでよくわかった。
もしかしたら兄よりも強くなって兄のように自分を守りたいと…そう願ってくれているのかもしれない────。
そんな淡い期待がふと頭に浮かんでくるが、そんなことがあるはずはないとふるりと首を振る。
大好きだった兄の命を奪った自分をアルバートが許してくれるはずがないからだ。
だからアルバートの姿を見掛ける度に一喜一憂する自分を戒め、期待はすまいと固く誓い続けた。

そんな最中ばったりとアルバートと遭遇したのだ。
周囲に人はいない。
こんなことは初めてではないだろうか?
意図せずドキドキと胸が高まる。
静かに礼を執るアルバートにそっと視線をやると、立派になった体躯に見惚れてしまう自分がいた。
もうあの頃の可愛い面影はなくなってしまったけれど…それでも改めて好きな気持ちは消えることはないのだと実感してしまった。
だからだろうか?
ふと……久方ぶりに言葉を交わしてみたいと思ったのだ。

けれどそれが切欠でまさかあんな関係になるとは思いもよらなかった────。


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