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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
2.歪んだ恋心
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※このお話は第一部『11.接触』とリンクしています。
────────────────
例の鳥の一件から自分の中で何かが変わったような気がした。
いや。目を背けていたことを受け入れたと言ってもいいのかもしれない。
美しいものを自らの手で穢す────。
それに対して湧きおこる感覚は甘美の一言でしかなかった。
自分は羽をもがれた鳥のようだと思っていたが、自分が羽をもぐ側になれば良いのではないか?
そんな考えに取り憑かれる。
そんな自分をロイドがため息を吐きつつ眺めているのは知っていたが、彼は特に何も言わなかった。
きっとそれにより自分の退屈な日常が退屈でなくなったというのが大きかったのだろう。
主人に忠実な黒衣の魔道士はただそっと傍らで自分を見守ってくれていた。
そんなある日のこと……。
父王から呼び出され、隣国であるアストラスへと挨拶がわりに書簡を届けに向かってほしいと言われた。
アストラスにはまだ行った事がなかったため正直興味があった。
それにそこに行くことによって今の退屈な日常が何か変わるような気がしたのだ。
「喜んで向かわせていただきます」
そして嬉々としてアストラスへと向かったのだが────。
「本日ライアード様のご案内をさせていただきます、王宮魔道士第一部隊所属シリィと申します」
そこで出会った少女はとても小柄で愛くるしく美しい少女だった。
その笑顔に思わず魅せられて反応が暫し遅れてしまう。
「あ…ああ。私はソレーユの第二王子ライアードだ。よろしく頼む」
そう言って挨拶をすると少女はまた可憐に微笑んだ。
こんなにも心弾む相手に出会ったのは初めてだと思いながら彼女の案内で城内を見て回る。
それは穏やかで心地良い時間だった。
けれどそれは一人の女官吏と引き合わされたところで歪みを生んだ。
「ライアード様。姉のサシェでございます」
そう言って引き合わされたシリィの姉は一言で言えば『完璧な美女』だった。
凛とした佇まいの麗しの美女は柔らかく微笑み、その美しい顔(かんばせ)を惜しみなくこちらへと向けてくる。
その姿を一目見た時に自分の中で何かがザワッとざわめいた。
それはシリィに感じたものとは全く別種のもの────。
ここ最近の『美しいものを穢したい欲求』が湧きおこったのだ。
二人並び立つ姿はまさに一服の絵画の様に美しく目を楽しませる。
それと同時に手に入れたい衝動と穢してやりたい衝動の双方が身の内を駆け巡った。
何としてでもこの二人を手に入れたい────そう思ってすぐさま頭の中でその算段を練り始めてしまう自分がいたのだ。
けれど普通に考えたらそれはそう容易なことではない。
ここは自国ではなく友好国であるアストラス王国────事を荒立てるのは得策ではないことくらい重々承知している。
けれどそう思ったところで、ふとその考えが頭に浮かぶ。
(そうだ…私には優秀な魔道士がついているではないか…)
きっと彼に言えばすぐにでもこの二人を手に入れることは可能だろう。
そう思い至ったところで、まずはこの目の前の美女ではなく妹のシリィの方から手に入れてやろうと思った。
幸い色恋沙汰には疎そうな年若い少女。
甘い言葉で絡め取りつつ婚約にまでこぎつければ後はなし崩しだろうと踏む。
王族からの申し出であれば早々断られることはないだろう。
こうしてまずはシリィとの婚約を取りつけた。
それからロイドに相談をし、姉のサシェの方を水晶化させソレーユへと奪い去った。
美しいものは水晶化しても尚その美しさを損なうことはなく、目を楽しませるには十分なものだった。
「さて…この美しい姉をどう穢してやろうか…」
綺麗な人形のような彫像でしかないそれを見ながら、どうしてやろうかと考えるのは至福の時だった。
心配していたアストラス王宮の動向の方もロイドが見てくれているが、今の所こちらの仕業だとは全く考えてもいないようだ。
「さすがだな。ロイド」
「お褒めに預かり光栄でございます」
どうやら魔法国家であるアストラスの王宮魔道士でさえロイドの魔力の前ではなすすべもないらしい。
「ハハッ…!ハハハハハッ!!」
(これほど…これほど簡単なものなのか…)
ソレーユと言いアストラスと言い、どうしてどこもかしこもこれほど無力で愚かなのだろう?
皆が皆ゴミのように思えて仕方がなかった。
何故自分がそんなゴミのような者達を前に縮こまる必要があったのか……。
何故…自分は思うように行動してはいけないのだろう?
自分が持つ才を如何なく発揮する場が与えられない現状が自分をどんどんと歪ませていく。
「おかしいと思わないか?ロイド」
何もかもが全てもうどうでもよいような錯覚へと堕ちていく。
もういっそ全てを壊してしまいたかった。
美しいものも、完璧なものも、型にはめられた全てのものを────壊してやりたいと思った。
「ああ…楽しみだな」
シリィは…この姉の姿を見たらどんな顔をするだろう?
あの綺麗な可愛らしい顔を歪めて自分を罵るだろうか?
それとも助けてくれと懇願するのだろうか?
けれどそれさえも一時の甘美な時間に過ぎない。
彼女を手に入れてもきっとこれからも何も変わることはないのだ。
自分はまたつまらない時を延々と過ごす羽目になる……。
一体この埋まらない胸の飢餓感はいつまで自分を苛むのだろうか?
「……すべて壊れてしまえばいいのに」
思わず呟かれたその言葉はただただ空しく夜闇へと吸い込まれていった────。
***
それから一年────。
婚約者であるシリィとの逢瀬は続く。
彼女は姉が水晶化し姿を消してから必死にその行方を追っているようだった。
最初は絶対に見つけてみせると意気込みも見せてはいたが、段々と月日が経つにつれそれすらも次第に弱まっていく。
辛そうにする彼女の姿を見ながら表面上は痛々しげに労わり慰めるが、心の中はどこか虚ろで昏い歓喜を感じ取っていた。
ジワリジワリと心が闇へと囚われていく────。
彼女の心痛める姿に高揚するなど間違っているとどこかではわかっているはずなのに、自分で自分を止めることができない。
「シリィ…可哀想に」
そうやって白々しく慰める自分の声をどこか他人事のように見つめる自分がいた。
もうこのまま自分は壊れていくのだろう────そう思っていた日々はある日突然終わりを告げることになる。
サシェを水晶化して一年ほどが過ぎた頃、シリィから手紙が届いた。
それは珍しくシリィの方から会いたいというような内容だったのだが、その手紙は素直に嬉しいと感じられた。
いつもは自分から日時を指定し会いに行くだけだったのに……。
サシェの件があるから仕方がないとばかり思っていたのだが、あれから一年だ。
もしかしたらアストラスの方で動きがあったのかもしれない。
恐らくは『捜索が打ち切られた』────そういったものだろう。
それなら彼女の目がやっとこちらを向いてくれるチャンスとも言えた。
これまでは捜索の方にばかり目がいっていた彼女がやっとこちらを向いてくれるのだ。
この手紙はその先触れとも思えるもので、正直やっとかという思いと、これでこの甘美な時間は終わりを迎えてしまうのだという僅かな憂いが胸を占めた。
満たされない思いはこのままどこへ向かうのか……。
そんな思いを抱えながらアストラスへと向かったのだが、そこで聞いた話はやはりというものだった。
捜索は打ち切りと言うことを小耳に挟んで思わず笑みが零れそうになった。
最早すべて策はなったのだ。
もうアストラスが犯人を捜すことはない。
後はシリィを手に入れて思う存分本能の赴くままに穢してやればよいのだ。
(結婚を促すか…)
これはまさにそれをするに適した状況でしかなかった。
姉を取り戻せないとわかったシリィの弱った心につけ込んで一気に結婚までこぎつけて、そのまま手中にしてみせよう。
そしてシリィの目の前で大好きな姉を穢し、絶望の中彼女を抱くのだ。
それはどれだけ自分の心を満たしてくれるだろう?
この歪にゆがんだ心を彼女は少しくらいは満たしてくれるだろうか?
生まれて初めて見惚れた彼女になら…それが可能であるかのように思われた。
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例の鳥の一件から自分の中で何かが変わったような気がした。
いや。目を背けていたことを受け入れたと言ってもいいのかもしれない。
美しいものを自らの手で穢す────。
それに対して湧きおこる感覚は甘美の一言でしかなかった。
自分は羽をもがれた鳥のようだと思っていたが、自分が羽をもぐ側になれば良いのではないか?
そんな考えに取り憑かれる。
そんな自分をロイドがため息を吐きつつ眺めているのは知っていたが、彼は特に何も言わなかった。
きっとそれにより自分の退屈な日常が退屈でなくなったというのが大きかったのだろう。
主人に忠実な黒衣の魔道士はただそっと傍らで自分を見守ってくれていた。
そんなある日のこと……。
父王から呼び出され、隣国であるアストラスへと挨拶がわりに書簡を届けに向かってほしいと言われた。
アストラスにはまだ行った事がなかったため正直興味があった。
それにそこに行くことによって今の退屈な日常が何か変わるような気がしたのだ。
「喜んで向かわせていただきます」
そして嬉々としてアストラスへと向かったのだが────。
「本日ライアード様のご案内をさせていただきます、王宮魔道士第一部隊所属シリィと申します」
そこで出会った少女はとても小柄で愛くるしく美しい少女だった。
その笑顔に思わず魅せられて反応が暫し遅れてしまう。
「あ…ああ。私はソレーユの第二王子ライアードだ。よろしく頼む」
そう言って挨拶をすると少女はまた可憐に微笑んだ。
こんなにも心弾む相手に出会ったのは初めてだと思いながら彼女の案内で城内を見て回る。
それは穏やかで心地良い時間だった。
けれどそれは一人の女官吏と引き合わされたところで歪みを生んだ。
「ライアード様。姉のサシェでございます」
そう言って引き合わされたシリィの姉は一言で言えば『完璧な美女』だった。
凛とした佇まいの麗しの美女は柔らかく微笑み、その美しい顔(かんばせ)を惜しみなくこちらへと向けてくる。
その姿を一目見た時に自分の中で何かがザワッとざわめいた。
それはシリィに感じたものとは全く別種のもの────。
ここ最近の『美しいものを穢したい欲求』が湧きおこったのだ。
二人並び立つ姿はまさに一服の絵画の様に美しく目を楽しませる。
それと同時に手に入れたい衝動と穢してやりたい衝動の双方が身の内を駆け巡った。
何としてでもこの二人を手に入れたい────そう思ってすぐさま頭の中でその算段を練り始めてしまう自分がいたのだ。
けれど普通に考えたらそれはそう容易なことではない。
ここは自国ではなく友好国であるアストラス王国────事を荒立てるのは得策ではないことくらい重々承知している。
けれどそう思ったところで、ふとその考えが頭に浮かぶ。
(そうだ…私には優秀な魔道士がついているではないか…)
きっと彼に言えばすぐにでもこの二人を手に入れることは可能だろう。
そう思い至ったところで、まずはこの目の前の美女ではなく妹のシリィの方から手に入れてやろうと思った。
幸い色恋沙汰には疎そうな年若い少女。
甘い言葉で絡め取りつつ婚約にまでこぎつければ後はなし崩しだろうと踏む。
王族からの申し出であれば早々断られることはないだろう。
こうしてまずはシリィとの婚約を取りつけた。
それからロイドに相談をし、姉のサシェの方を水晶化させソレーユへと奪い去った。
美しいものは水晶化しても尚その美しさを損なうことはなく、目を楽しませるには十分なものだった。
「さて…この美しい姉をどう穢してやろうか…」
綺麗な人形のような彫像でしかないそれを見ながら、どうしてやろうかと考えるのは至福の時だった。
心配していたアストラス王宮の動向の方もロイドが見てくれているが、今の所こちらの仕業だとは全く考えてもいないようだ。
「さすがだな。ロイド」
「お褒めに預かり光栄でございます」
どうやら魔法国家であるアストラスの王宮魔道士でさえロイドの魔力の前ではなすすべもないらしい。
「ハハッ…!ハハハハハッ!!」
(これほど…これほど簡単なものなのか…)
ソレーユと言いアストラスと言い、どうしてどこもかしこもこれほど無力で愚かなのだろう?
皆が皆ゴミのように思えて仕方がなかった。
何故自分がそんなゴミのような者達を前に縮こまる必要があったのか……。
何故…自分は思うように行動してはいけないのだろう?
自分が持つ才を如何なく発揮する場が与えられない現状が自分をどんどんと歪ませていく。
「おかしいと思わないか?ロイド」
何もかもが全てもうどうでもよいような錯覚へと堕ちていく。
もういっそ全てを壊してしまいたかった。
美しいものも、完璧なものも、型にはめられた全てのものを────壊してやりたいと思った。
「ああ…楽しみだな」
シリィは…この姉の姿を見たらどんな顔をするだろう?
あの綺麗な可愛らしい顔を歪めて自分を罵るだろうか?
それとも助けてくれと懇願するのだろうか?
けれどそれさえも一時の甘美な時間に過ぎない。
彼女を手に入れてもきっとこれからも何も変わることはないのだ。
自分はまたつまらない時を延々と過ごす羽目になる……。
一体この埋まらない胸の飢餓感はいつまで自分を苛むのだろうか?
「……すべて壊れてしまえばいいのに」
思わず呟かれたその言葉はただただ空しく夜闇へと吸い込まれていった────。
***
それから一年────。
婚約者であるシリィとの逢瀬は続く。
彼女は姉が水晶化し姿を消してから必死にその行方を追っているようだった。
最初は絶対に見つけてみせると意気込みも見せてはいたが、段々と月日が経つにつれそれすらも次第に弱まっていく。
辛そうにする彼女の姿を見ながら表面上は痛々しげに労わり慰めるが、心の中はどこか虚ろで昏い歓喜を感じ取っていた。
ジワリジワリと心が闇へと囚われていく────。
彼女の心痛める姿に高揚するなど間違っているとどこかではわかっているはずなのに、自分で自分を止めることができない。
「シリィ…可哀想に」
そうやって白々しく慰める自分の声をどこか他人事のように見つめる自分がいた。
もうこのまま自分は壊れていくのだろう────そう思っていた日々はある日突然終わりを告げることになる。
サシェを水晶化して一年ほどが過ぎた頃、シリィから手紙が届いた。
それは珍しくシリィの方から会いたいというような内容だったのだが、その手紙は素直に嬉しいと感じられた。
いつもは自分から日時を指定し会いに行くだけだったのに……。
サシェの件があるから仕方がないとばかり思っていたのだが、あれから一年だ。
もしかしたらアストラスの方で動きがあったのかもしれない。
恐らくは『捜索が打ち切られた』────そういったものだろう。
それなら彼女の目がやっとこちらを向いてくれるチャンスとも言えた。
これまでは捜索の方にばかり目がいっていた彼女がやっとこちらを向いてくれるのだ。
この手紙はその先触れとも思えるもので、正直やっとかという思いと、これでこの甘美な時間は終わりを迎えてしまうのだという僅かな憂いが胸を占めた。
満たされない思いはこのままどこへ向かうのか……。
そんな思いを抱えながらアストラスへと向かったのだが、そこで聞いた話はやはりというものだった。
捜索は打ち切りと言うことを小耳に挟んで思わず笑みが零れそうになった。
最早すべて策はなったのだ。
もうアストラスが犯人を捜すことはない。
後はシリィを手に入れて思う存分本能の赴くままに穢してやればよいのだ。
(結婚を促すか…)
これはまさにそれをするに適した状況でしかなかった。
姉を取り戻せないとわかったシリィの弱った心につけ込んで一気に結婚までこぎつけて、そのまま手中にしてみせよう。
そしてシリィの目の前で大好きな姉を穢し、絶望の中彼女を抱くのだ。
それはどれだけ自分の心を満たしてくれるだろう?
この歪にゆがんだ心を彼女は少しくらいは満たしてくれるだろうか?
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