黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

36.渦巻く暗雲

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時は少し前へと遡る。

「王が黒魔道士を?」
王妃宮でアストラス国王妃は扇を口元にあてながら配下の者からの報告を受けていた。
「はっ…。先日の官吏救出の褒賞をとお呼びになられましたが…どうも妙でして」
「妙と言うと?」
「はっ…。わざわざ身辺を洗った後で呼び出した節があるのです」
「……」
「それに…再三の断りがあったにもかかわらず、勅命を出してまで会いたいと望まれたとか」
「……」
「そのことから、もしやハインツ王子の呪を解くために依頼を考えているのでは…と」
「その黒魔道士はそれほど優秀なの?」
「はい。ロックウェル様のご友人だそうですが、かなりの魔力を有していると聞きました」
「……そう」
そこで王妃は暫し熟考し、やがて口の端をそっと持ち上げた。
「使えそうね。逆に陥れてみようかしら…」
「と仰いますと?」
「これを機にハインツを亡き者にして、犯人をその黒魔道士に仕立ててやればいいわ」
上手く使う事さえできれば多少派手な手で強引に事を為しても自分の仕業だとは疑われず、罪を全てその者に押し付けることができるだろう。
それができれば確実に自分の子が次の王だと王妃はそっと微笑みをこぼした。


王は上の四人の王子には見向きもせず、末子であるハインツばかりを可愛がっている。
それは偏に『紫の瞳を持つ子』だからに他ならない。
そのため王位継承に関して、継承権第一位をハインツと定めてしまった。
けれどハインツが病弱であることから王宮内では様々な憶測が飛び交っている。
口さがない連中はレノバイン王の血が濃い者が王位を継ぐべきとうるさく言うが、そんなことは関係ない。
我が子に魔力がないことなど誰よりも知っているが、妃に魔力のある者を迎えて子を産ませれば問題はないのだ。
魔力のある王がいいと言う者は、そうして黙らせてしまえばいい。
自分が今の立場にいる限り、我が子が王となる可能性はまだ十分にあるのだから。

「すぐにその黒魔道士について調べてきなさい」
「はっ…」

(どれだけ素晴らしかった王であろうとも所詮は過去の亡霊。レノバイン王の血など関係ない。この国を継ぐのは私の子よ…)
王妃の昏い笑みがそっと闇に消えた。


***


謁見後、ショーンは暫し時間を置いた後再度国王に呼ばれ、その胸の内を聞かされた。

「ショーン…。クレイがハインツに力を貸したらしい」
「そうなんですか」
良かったですね♪と実にあっけらかんと答えたが、国王はショーンが何故そんなに楽観的に捉えられるのかが理解できないようで、深刻な顔で心情を吐露する。

「私はクレイが怖い」
「……」

(それは自分の息子かもしれないから?復讐を恐れて?ないと思うけどな~あの人なら)

基本的に王家に近づきたくないと言うスタンスだし、面倒事は嫌いとの情報も得ている。
今回の件に関して言えばハインツ王子の言い分をそのまま信じていいように思うのだが…。

「私のハインツに何かするのではと…」

(それなら放っておいた方が楽だから何もしないと思うけど?あ、でも好意を引き出して何かしようと思えばできるのか。う~ん…)

「そうですね。それなら私がクレイを暫く見張っておきましょうか?」

(面白そうだし♪)

「そうしてくれるか?」
「お任せください」

そう言うと王はホッと安堵したようにショーンに礼を述べた。

「では任せる」
「御意」




カツカツと回廊を行きながらショーンは思考に耽っていた。
(陛下も何をそんなに不安になっているのかは知らないけど…クレイはロックウェル様の情人だし、ラブラブで上手くいってる間は何にもしてこないんじゃないかなぁ…。それよりも…)
ショーンはそこで一度思考を別のものへと切り替える。
(あっちが…きな臭いんだよな)
王妃側に動きがあったと部下から情報が上がってきたのだ。
まだ数年は動かないと思っていたが、ここに来て近々動いてくる可能性が出てきた。
このタイミングでハインツ王子が動けるようになってくれたのは非常にありがたい。
護衛対象が少しでも動ける状態である方が守りやすいからだ。
たまたまではあったが今回のクレイの仕事ぶりには賞賛を贈りたいほどだった。
素直にハインツ王子の依頼を引き受けたと言うことは、恐らく依頼内容が気に入ったのだろう。
(依頼が気に入らなければ絶対に引き受けないと言われていたしな…)
だからこその『良かった』なのだが…。
(そこを陛下に言っても伝わらないんだよな~)
「それにしても本当に仕事の速い御仁だな」
時間を掛けるのが好きではないと聞いてはいたが予想以上の迅速さだ。
「俺もそのうち何か依頼してみようかな~♪」
きっと気に入りさえすれば受けてもらえることだろう。
「あ、でも王宮仕事は基本ロックウェル様経由しか受け付けないんだっけ?」
そう言えば彼は王宮嫌いだった。

「ま、いいか。さぁ急いでお仕事お仕事…」

一先ず今はクレイの見張りを頼まれたのだから今抱えている案件を部下に振り分け、できる分は素早く捌いて街へ向かおうと、急いで自分の職場へと向かう。
まずは顔見知りになって怪しまれないようにしようと、ショーンは楽しげに動き始めた。


***


その日、クレイは食事を摂ろうと街へと繰り出したのだが、そこにロイドの姿を見つけて固まった。
「クレイ!」
しかもそうやって何もなかったかのように自分の方へとにこやかに手を振ってくる。
あんなことをしておいてこの態度とは……。
「…一体どういうつもりだ?」
腹が立って不機嫌に短く問うと、ロイドが楽しげに口を開いた。
「この間は悪かった。でも今日は詫びも込めてお前にいい情報を持ってきたんだ」
「いい情報?」
「まあ座って一緒に呑もう」
「……」
警戒心は消せないが、ロイドの情報がどういったものなのかは興味があった。
黒魔道士繋がりの情報はなかなか有益で面白いものが多いのだ。
するとそこに後ろから声が掛けられる。
「やっと捕まえた♪クレイって貴方ですよね?」
振り向くとそこにはいつかの怪しい男が立っている。
「ここ最近ずっと探してたんですよ」
「……」
彼は確かロイドの話では王の配下の者ではなかっただろうか?
謁見も終わった今、一体何の用で接触してきたのだろう?
「家も聞いて行ってはみたものの、なかなかタイミングが合わなくて残念に思ってたんです。でもまさかこんなところで会えるなんて…。ご一緒しても?」
「…俺の家まで来れたのか?」
「ええ。何度か足を運ばせていただきました」
にこやかに答える男はどう見ても魔道士ではないが…目眩ましの魔法をものともせず家までたどり着けたのなら自分が仕事を受ける最低限の条件は備えていると言うことになる。
それなら一応話を聞く価値はあるだろうとクレイは判断した。

(もしかして例のハインツの呪の件か?)

ハインツ自身にその意思はないようだったが、国王経由で依頼された可能性はある。
それならば断わればいいだけの話だが…。
クレイはその男を見定めるように見た後、そっと息を吐き席を勧めた。
「わかった。座ってくれていい」
「ありがとうございます♪でも今日は依頼じゃないんですよ。あれはもう終わったので」

(…終わった?)

それならば自分の思い過ごしだったのだろうか?
「そうか」
それなら単に探していた相手を見つけて声を掛けたという感じなのかもしれない。
「あ、自己紹介が遅れましたが、ショーンと言います」
そうやってにこやかに話しかけてくる様は実に親しげだ。
「ま、本音を言うと、お連れさんの情報を一緒に聞きたいなと声を掛けさせていただきました」

…少しずうずうしい男のようだが────。

「…随分はっきり言うな。王の犬のくせに」
フッとロイドが妖しく笑うが、ショーンと名乗ったその男は全く気にした様子もなく酒を頼んで一緒に呑み始めた。




「まあ確かに王宮勤めだし、犬と言えば犬ですよね~」
「……」
「結構肩身が狭いんですよ。これでも」
「……」
三人で食事を囲みながら酒を飲む。
一体何が悲しくてこんなメンツで飯を食わなくてはいけないのだろう?
早く帰りたいと思いながらクレイはそっと酒を傾けていた。

「そうそう。黒魔道士の方が興味を持つってどんな話題なのか気になるんですけど、どんなのです?」
ショーンがどこか興味津々といった態で尋ねてくるので、クレイはそう言えばとロイドの方へと視線を移した。
「ああ、そうだ。ロイド。さっき言っていた情報とはなんだ?」
邪魔も入ったことだし、言いたくないことなら言わなくてもいいとクレイがそう話を振ると、ロイドは別に構わないという感じでフッと笑いながら口を開いた。
「ソレーユで質の高い黒曜石が出たからお前に教えてやろうと思って」
「…!!本当か?!」
クレイはその情報に思わず目を輝かせてしまう。
黒曜石は魔力増強やロッドの装飾にも使われる黒魔道士にとっての人気の石ではあるが、とりわけクレイは魔力を込めやすい質のいい黒曜石を集めるのが好きだった。
自分の目で確かめてお気に入りを手にするのが常で、同じように集めている黒魔道士も多い。
「ああ。これはお前が絶対に喜ぶだろうと思ってすぐに知らせに来た」
「そうか。すごく嬉しい」
そんな風に喜びを露わにするクレイに、ロイドも満足げに微笑みを返す。
「お前なら絶対にそう言うと思った。いくつか良さそうなものを見繕っておいたから、近々見に来るといい」
ロイドが選んだ物ならまず間違いなく期待はできそうだとクレイは満面の笑みで即答した。
「絶対に行く」
「待ってる」




そんな二人の姿を見ながらショーンはゆっくりと酒を傾けていた。
二人の黒魔道士の会話はそのまま黒曜石の話題で弾んでいるようだ。
最初二人を目にした時、一瞬剣呑な空気を感じたから二人の間に何かあったのかと思い声を掛けてみたのだが、蓋を開けてみれば随分親しそうな感じで驚いた。

(ロイド…ね)

クレイの交流関係リストになかったその名をこっそり追加する。
「それで?詫びと言うからには情報料はいらないのか?」
「もちろんと言いたいところだが、お前が気に入りそうな物を確保しておいたと言うところは評価してもらいたいものだな」
クレイの問いかけにフッと意味深に笑うロイドが気になったが、クレイは少し悩んでから幾らかと尋ねた。
どうやら情報料を払う気があるらしい。

(随分良い情報みたいだったしな)

それもそうかとショーンはのんびりそれを横目に聞いていたのだが、ロイドの次の言葉に思わず目を丸くしてしまった。
「わかっているだろう?」
「…魔力交流か?欲求不満かお前は」
「お前との口づけが忘れられなくてな」
そうやって誘うように言ってくるロイドに驚きを隠せない。
クレイはロックウェルの情人だ。
こんな風に堂々と粉を掛けてくる奴がいるとは思いもよらなかった。
もしかして知らないだけなのだろうか?

「まぁいい。今日は特別にサービスしてやる」

けれど、そう言って立ち上がったクレイに驚くと共に、してやったりと嬉しそうにするロイドを見てこれは大丈夫なのかと心配になった。
「じゃあショーン。悪いが俺達はここで」
「あ、あのっ?!」
そう呼び止めはしたが二人は踵を返してさっさと行ってしまった。
慌てて追いかけようとしたが二人は影渡りでクレイの家へ行ってしまったようで、その姿はもうどこにも見えない。
今から追い掛けても情事に突入されていたら自分ではどうしようもない。
(…どうしよう)
そう思っているところにロックウェルの姿が見えたものだから、難儀だなと思いつつももう身分を明かして事情を話してしまおうと開き直ることにした。
(どうか間に合いますように…)
そう思いながら────。


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