黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

13.再会

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「シリィ!」

城に馬車が到着してすぐにライアードはシリィを笑顔で迎えに来た。
それは婚約者を待ちわびていたと言わんばかりの光景で────。

「疲れただろう?すぐに用意した部屋へ案内しよう」
そう言って自ら案内役を買って出て、シリィを案内してくれる。
「ありがとうございます」
シリィは丁寧に礼を述べた後ライアードに手を引かれ歩き始めたが、どのタイミングで姉の件を持ち出そうかと思案していた。
これほど歓迎してくれている王子にまさか突然姉の件を持ち出すわけにもいかない。
(何か糸口は…)

その間ロックウェルがさり気なくライアードの従者によって自分から引き離されていることにも、且つそんな自分をライアードがこっそり楽しげに見ていることにも気づかず、シリィは促されるままその部屋へと足を踏み入れたのだが……。




「え?」
入ってすぐに思いがけず目の前に姉の像が置かれていて、驚愕に目を見開いた。
「美しいだろう?シリィが喜ぶかと思って、彫刻師に頼んで作らせたんだ」
ライアードがそんな風に言ってくるが、そんな事は嘘だとわかっている。
何故ならそれはどこからどう見ても、あの日失われた姉そのものの姿で────。

「姉様!!」

シリィはその彫刻を見た瞬間走り寄り、泣きながらその体にしがみついた。
「うっ…うぅ…」
ずっとずっと探していた姉がこんなところにいた。
(やっと…やっと会えた…)
「姉様……」
そうやって泣くシリィをライアードがそっと労わるように肩を抱きながら包み込む。
「可哀想なシリィ…。これからは私がお前を癒してやろう」
そしてそのまま無理やりその唇へと口づけられ、シリィは頭が真っ白になった。
(え?)
一体自分の身に何が起こったのだろう?
気が付けば姉の前で押し倒され、身動きが取れない状況へと陥っている。

「やっ…!」
足を這いまわる手が気持ち悪くて仕方がない。
そこに至ってやっと自分が置かれている事態を悟り、蒼白になりながらライアードを押しのけようとするがびくともしてくれない。
「大丈夫だ。優しくする」
その笑みに……かつてこれほど恐怖したことなどあっただろうか?
「いやっ!いやぁっ!!」
姉の前で犯人であるこの男に犯されるなど冗談ではなかった。
懸命に声を上げるがライアードは愉悦に満ちた笑みを浮かべるばかり。
いくら足掻いても小柄な自分と大柄な彼の力の差は明らかで、全く逃げられそうにない。
「ロックウェル様!助けて!」
頼るべき上司を思い出し名を呼ぶも、その姿がここにないことに愕然とする。
(そんな…!)
二人揃ってまさか到着してすぐにこんな事態になるとは想定していなかったから油断した。
このままでは自分はこの男のいいようにされてしまう。
(ね、眠りの魔法を…!!)
そう考えるがパニックを起こし過ぎて呪文が上手く唱えられない。
「いやっ…!っ…!ぃやぁっ…!」
胸を揉み上げられながらそのままドレスの背のボタンを引き千切られ絶望的な気持ちになったところで、その声が耳へと飛び込んできた。

「そこまでだ」

そこには待ち焦がれたロックウェルの姿があった。
「ロックウェル様!!」
安堵の息を吐いてそちらを見遣るが、ライアードの余裕の笑みは何故か崩れない。
「おやおや…無粋な輩もいたものだな。ロックウェル」
「シリィを離していただきたい」
「私達は婚約している。何も問題はないだろうに」
そしてライアードが不敵な眼差しで自分の魔道士の名を呼んだ。
「ロイド。彼に丁重にお引き取り願え」
「はっ…」
その言葉と同時にロイドと呼ばれた魔道士が部屋の隅から姿を現し、素早く呪文を唱えてロックウェルの身体を吹き飛ばした。
不意打ちのように攻撃を食らいその勢いのまま壁へと叩きつけられ、思わずロックウェルの口から呻きが漏れる。
「ぐっ…、ごほっ…!」
けれどロックウェルは負けずに呪文を唱え、シリィを救出すべく拘束の魔法をライアードへと向けて放った。
ビシィッ!と音を立てて拘束されたライアードが不快気にロックウェルを睨み付けてくるが構うわけにはいかない。
「シリィ!そこから逃げろ!」
その声に慌てて震える身を奮い立たせ、その場から脱出を図る。
「させるか!」
ライアードがロイドへと目配せし、自身に掛けられた術を無理やり解除させ手を伸ばすが、シリィが逃げる方が早かった。
「シリィ!戻ってこい!」
ロックウェルの方へと走り寄るシリィに、ライアードが声を掛ける。
「ここで逃げたら…姉の命はないぞ?」
その顔が今度は喜悦に歪んだ。

「サシェはまだ生きている」

そんなことは知っている。
けれど…。

「だが…ここでこの水晶像を壊したら…さて、どうなると思う?」

その言葉にシリィの身がカタカタと震えた。
「そ…それは先程ライアード様ご自身が彫刻師に彫らせたと仰ったではありませんか」
一体どう言えばこの場を回避できるのか…シリィは頭をフル回転させるが、どうしていいのか思考が纏まらない。
なんとか思いとどまらせなければ────。

「…ふっ。本当にその言葉を信じているわけではないのだろう?」

わかっていてその言葉を告げてくるライアードが怖くて仕方がなかった。
そんなシリィの隣に回復魔法を掛けたロックウェルがそっと立ち、安心させるように肩を抱く。
「ロックウェル様…」
不安げに見上げると、ロックウェルが諦めるなとばかりにライアードへと向き合った。
「ライアード王子。貴殿はこの国を支える第二王子ではありませんか。そのように自ら国際問題を抱えるのは立場から言っても得策ではないのではありませんか」
「ほう?立場を弁えろと…そう言うのか?」
「ええ。その水晶像は我が国から盗まれた彼女の姉そのもの。その姿を目にしていない彫刻師にそれが彫れるわけがない」
「……」
「それに…例え婚約者としても、ここでシリィに手を掛けるのは早急に過ぎるのではありませんか?」
来てすぐにそのような行動をとったと知れ渡れば、問題なのではないかとロックウェルが告げる。
「今なら何もなかったものとして、その水晶像を引き取ることも可能です。どうか御一考いただけないでしょうか?」
けれど努めて丁寧に話すロックウェルを、ライアードは鼻を鳴らして嘲笑った。
「ふっ…ロックウェル。そうやってシリィの為に身を張るのか?それならばそれでいい。私はここに兵を呼べばよいだけなのだからな」
「……?」
「楽しみだな。傍から見るとシリィの今のその姿はお前に手籠めにされかけたようにしか見えんぞ?ロックウェル」
そして自分はそんな婚約者を助けようとして兵を呼んだとしか映らないだろうとライアードが楽しげに笑う。
「なっ…!」
シリィは慌てて乱れたドレスを整えようとするが、後ろが引き千切られているため上手く着ることができない。
「やっ…。ど、して…っ!」
何故そんな事態にと焦れば焦るほどどうすることもできなくて、シリィは泣きながらドレスを引っ張った。
このままではロックウェルも自分も絶体絶命だ。
「まあ…シリィを大人しく渡せば呼ばずにいてやることもできるがな?」
クスクスと笑いながらこちらを見遣るライアードが憎くて憎くて仕方がなかった。
つまりはロックウェルだけでも助けたければ大人しく自分の元へ来いと…そう言うことなのだろう。

「どうして?!どうしてこんなことを…!」
シリィはどうにもできない悔しさをその言葉に込めてライアードへと投げつける。
けれどライアードはただ心地よさそうにその言葉を受け流した。
「ふふっ…シリィ。私は美しいものが好きなのだよ」
「?」
「君たち姉妹は本当に女神のように美しかった。だから手に入れたいと思ったんだ」
「それなら…!」
こんなに酷いことをするのはそのせいなのかと尋ねたくて口を開いたが、それよりも早くライアードがその言葉を紡いだ。

「まあそれを穢すのはもっと大好きなんだがな」

「……?!」
「…綺麗なもの、美しいものが苦しむ姿はより美しいとは思わないか?私は美しいものを穢す時にこそ、たまらなく気持ちが高揚するんだ。だから…」
そう言いながらサシェの像に抱きつきそのまま舌を這わす。
「お前の前でサシェをこうして穢すのも、サシェの前でお前を犯すのも…どうしようもなく私を高ぶらせる行為でしかないのだ」

(な…何?)

だからこそ自分達を求めるのだと狂気に満ちた目で語るライアードを前に、シリィは背筋が寒くなるのを感じた。
どうあっても彼の考えを理解することができない。
彼は危険だ――――頭の中で逃げろと言う声が鳴り響く。
こんな男に捕まってしまったら一体何をされるのかわかったものではない。
だが姉を見捨てて逃げるわけにもいかない。
カタカタと震えながらただライアードを見つめるしかできない自分が無力で仕方がなかった。

そんなシリィを庇うようにロックウェルが前へと出る。
「…ライアード王子。申し訳ないが、今すぐその像を返していただこう」
怒りに燃える眼差しでロックウェルが攻撃魔法を唱え始めた。
どうやら何かが彼の怒りに触れたようだ。
そんな彼にライアードも気を悪くしたのか、短く魔道士へと命令を出した。
「…ロイド。もう面倒だ。ロックウェルを殺せ」
「は…」
その言葉にシリィがハッと我に返る。
そうだ。自分も王宮魔道士だ。ここで守られてばかりいるわけにはいかない。
ドレスはもうこの際どうでもいい。あとで荷物から別の衣を取ってくれば良いのだ。
「ロックウェル様!私も戦います!」
そう言ってキッと前を向いた自分に、ロックウェルも満足げに頷いた。
「よし!いくぞ!」
二人がかりでロイドへと向き合い、シリィが防御を、ロックウェルが攻撃を請け負い牽制する。
バシバシッ!と各所で閃光が走り、風が渦巻く。
そんな激しい攻防戦が室内で繰り広げられ、相手の息も段々上がってきた。
「……っ!さすがアストラスの魔導士。なかなかの腕だな」
ロイドがそれでもなんとか耐えきり苦しげに口を開く。
「負けない!姉様は私が助けるの!」
そう言いながら頑張るシリィを部屋の隅で状況を見ていたライアードが面白げに見つめ、そっとその言葉を吐いた。

「…ふっ。いいことを考えたぞ。ロイド。もういい。この像を壊せ」

その言葉は三人の動きを凍りつかせるには十分な威力があった。
ロイドでさえ、主の言葉に耳を疑ったほどだ。
「は?」
「聞こえなかったのか?壊していいと言ったんだ」
その言葉にシリィが驚きの目をライアードへと向ける。
「お前のその希望を叩き潰した時の顔を想像してたまらない気持ちになった。絶望したお前をこの腕に抱きたい。シリィ…」
だからもうこの像はいらないと言って妖しく微笑んだライアードの言葉を受けて、ロイドはため息を一つ吐くと、承知したとばかりにその攻撃を水晶像の方へと切り替えた。
「や、やめて────!!」
咄嗟に対応ができなくて慌てて呪文を唱え始めるが到底間に合いそうになかった。
しかし、もうだめかと思われたその時、ロイドの攻撃がバシィ!!と音を立てて弾き飛ばされてしまう。
「…?!」
ロイドが驚きに目を見開くが、それを受けてシリィがホッと安堵の息を吐いた。
(クレイ…)
きっと彼に違いないとどこかで確信した自分がいる。
そう言えば彼は言っていたではないか。
問題は水晶化の魔法を解く時だけだ…と。
思わずこぼれた涙を拭って、シリィはその身に気合を入れ直し、攻撃魔法を唱え始めた。
今の自分にできる最大の攻撃魔法をロイドへと向ける。
けれど彼は簡易的に防御魔法を唱えるとすぐさま大きなため息を吐きながら水晶像へと向けて魔法を唱えた。
(あれは…?)
短い呪文で判別できなかったがあれはもしや────!


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