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60.恋に身を焦がして② Side.ジードリオ

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「それで?わざわざ俺に相談したいことって?」

場所を移し、騎士団の中にある応接室の一室へと案内し腰を落ち着けたところで俺はマリオン王子にそう切り出した。

(何か失敗したかな?)

ここで相談されることがあるとしたら確実に自分のやらかしたことだろうし、真剣に聞く姿勢を取った。
けれどマリオン王子の口から出た言葉は意外なもので、ある意味俺のやらかしと言えなくもない内容だった。

「…その、ルルから貴方の事を聞いたので、一度話してみたくて」
「え?!」
「騎士団での遠征で魔物を討伐する事もあるんですよね?以前ルルがジードリオ王子から実戦は大事だと聞いたと教えてくれたので」
「…っ!あ、ああ!なるほど。それで俺のところへ」

なるほど。納得がいった。
そういうことなら確かに何もおかしくはない。
某カフェでうっかり素で口にしてしまったことがまさか回りまわってこうくるとは思ってもみなかったが、大事なことではあるし、マリオン王子的に気になっていたのだろう。
晩餐の席にずっと俺の姿がなかったからこれまで聞けなかったと、きっとそういうことなんだろう。

俺はホッと息を吐くと、ジードリオとしてマリオン王子に向かい合い、嬉々として自分が知っていることを話してあげた。
万が一魔物と遭遇した時の参考にしてもらえたらこれほど嬉しいことはない。
これはルルナスではなく俺にしか教えてやれないことだ。
だからこそしっかり教えてやりたい。
ついでに効率のいい鍛錬法なんかも教えてあげよう。
実際に剣を振りながら横で教えるのが本当は一番いいのだけど、あまりやり過ぎるのも良くないかもしれないし、そちらは機会があればといったところか。

「色々教えていただきありがとうございます。とても有意義な時間が過ごせました」
「参考にしてもらえたら嬉しい」
「良かったらまた教えてください」
「ああ。いつでも聞いてくれ」

そんな有意義で充実した時間はあっという間に過ぎ、ジードリオとして一緒に居られる時間は終わりを迎える。

「この後は?」
「そうですね。ルルに会って、お茶でもしながらジードリオ王子に色々教えてもらったと話したいと思ってます」

それは予想できる答えではあったし、当然と言えば当然の答えでもあった。
俺からすればまだマリオン王子との時間を堪能できる嬉しい時間。
でもそれはあくまでも弟として…だ。
その事実だけが辛かった。
けれどそんな気持ちに蓋をして、好きな人と過ごせる時間なのだからとポジティブに気持ちを切り替える。

「そ、そうか。えっと…それじゃあ俺が言っておくよ」
「では今日はテラスでと」
「わかった。伝えておく」

笑顔で去っていくマリオン王子の背を見送り、俺はギュッと胸の前で拳を握りしめた。


***


「ルル!」
「リオ」

しばらく時間を置き、テラスで待つマリオン王子の元へとやってくる。
ルルナスに会えた喜びからか、いつも通り嬉しそうに輝く笑顔。
今はそれが凄く切なくて、胸が苦しい。

「今日はどうしてたんだ?」

何か聞かれる前にと先手を打ってそう尋ねると、マリオン王子は笑顔で俺と先程あった話を口にしてきた。

「今日はジードリオ王子に会ってきた」
「そうか。えっと…珍しいな?何の用で?」

言葉が上手く見つからない。
こんな感じで大丈夫だろうか?

「この間ルルが話していた件について」

そう言いながらそっと俺の方へと手を伸ばし、そっと指先で髪をクルリと弄び始めるマリオン王子。
その瞳はとても優しいけれど、どこかこちらの反応を期待しているように見えるのは気のせいだろうか?

(もしかして嫉妬狙いか?)

いやでも兄に対して嫉妬狙いというのもおかしいだろう。
これはやっぱり『珍しいな』と笑うルルナスの表情を見たいとか?
それとも驚いた表情をするところが見たかったとかかもしれない。
きっとルルナスがどういった反応をするのか楽しみにしていたんだと思う。

でも俺は正直今、そこまで頭が回らない。
ルルナスがどんな表情をするのか考えてリアクションしないといけないのに、どんどん甘みを帯びていくマリオン王子の眼差しと、楽し気にクルクル髪を弄ってくる指先に恥ずかしさの方が勝ってしまったからだ。

「リ、リオ…」
「ん?」
「は、恥ずかしい…」

だから素直にそう言ってやめてもらおうと思ったのに、何故か幸せそうに微笑まれて、『もうちょっと』なんて言われてしまった。

(甘い!甘過ぎる!)

勝手に顔に熱が集まって、きっと今の俺は真っ赤になってしまっていることだろう。
だからなんとかこの場を切り抜けようと、俺は誤魔化すように手元のケーキへと目をやって、一口分をフォークに乗せるとそのままマリオン王子の口元へと差し出した。

「リオ。あんまり揶揄わないでくれ」
「すまない。ルルが可愛くて」

フッと笑いながら俺から手を離し、嬉しそうにパクッとケーキを食べるマリオン王子。

(キラキラキラキラ…綺麗だな)

文句なしにカッコいいマリオン王子に思わず見惚れてしまう。
白金色の髪も蜂蜜色の瞳もどちらもとても綺麗だし、端正に整った顔にも目を奪われる。
騎士に負けるとも劣らぬ鍛えられた身体もとても魅力的だ。
筋肉の付きにくい自分とは大違いで羨ましい限りでもある。
きっと国に帰ればいくらでも相手はいるのだろうし、男女問わずモテるだろう。
なのに一途にルルナスだけを想い続けているなんて本当に凄いと思う。

「ルル?」

『どうした?』と聞いてくるマリオン王子にハッと我に返り、慌てて取り繕うように言葉を口にする。

「わ、悪い!つい見惚れてっ…!いやっ、リオがカッコよくて…っ!あれっ?!」

最早墓穴に墓穴を掘りまくって収拾がつかない。
しかも何故かマリオン王子は笑ってる?!

(照れるでもなく笑うってどういうことだ?!)

もしかして俺の慌てっぷりがツボに入ったんだろうか?
頼むから忘れてほしい。

「リオは意地悪だ」
「すまない。ルルが…俺に見惚れてくれて嬉しいよ」

そう言って愛おしそうにこちらを見つめ、そのままゆっくり口づけてくるマリオン王子にうっとりしながら酔わされる。
好きだという気持ちが膨らんで、もっととねだるように舌を自分から絡めてしまう。
俺はただの身代わりで、弟が帰ってきたらお役御免になってしまう存在でしかないけれど、今だけでいいから好きな相手とキスがしたかった。

(狡い男だな。俺は)

傷心の相手を利用して、騙して、欲を優先させて…ひと時の夢に浸る。
こんな汚い自分なんて、知らなかった。

「リオ…」

キスだけじゃ足りない。

「抱きしめてくれないか?」

抱いてくれとは言わない。
でもせめてその腕の中で温もりを堪能したかった。
そんな俺の我儘をリオは笑顔で受け入れてくれる。

「ルル。おいで」

嬉しそうに俺をその腕の中へと迎え入れて、またキスをしてくれるリオ。
愛しくて切なくて…胸が苦しい。

俺は初めての恋心を持て余しながら、複雑な心境で弟の婚約者と口づけを続けたのだった。


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