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117.薔薇の棘⑤

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「ロ…」
「ロ?」
「ロキのバカ!」

止める間もなく兄が踵を返して部屋から飛び出て行って、何の騒ぎだとばかりに令嬢達もやってくる。

「きゃぁあああっ!」

令嬢達は状況を確認するなりすぐに目を隠して恥じらったが、母はこちらを蔑むように見遣ってこう言った。

「やっぱり仮病だったじゃないの。男を部屋に連れ込むなんて…本当に色事しか頭にないのね。穢らわしい」

別に自分で連れ込んだわけじゃないんだけど、母に言っても仕方がないだろう。

「行きましょう、皆さん。こんな場にいたら私達まで穢れてしまいますわ」

そう言ってすぐに去ってくれてホッと息を吐いた。
胸がジクジクと痛む気がするけど気のせいだとなんとか無理矢理抑え込む。

次に入ってきたのはリヒターだ。
リヒターにも誤解されてしまうだろうか?
流石にそうなったら大ダメージが入りそうなんだけど…。

「ロキ陛下。頬が腫れています。もしかしてぶたれたのですか?」
「ああ。そこの男にレイプされた時に…」

そう言ったらリヒターが目にも留まらぬ速さで剣を一閃し男を処分してしまった。
これには正直凄く驚いてしまう。

「リヒター…」
「大丈夫です。すぐに他の部屋に行ってシャワーを浴びましょう」

頬もちゃんと冷やしましょうねと優しく声を掛けられて、なんだか凄く安心してしまった。

「強がらなくていいですよ。ちゃんと反撃もされたんでしょう?頑張りましたね」
「リヒター」
「寝込みを襲われて頬をぶたれて怖くないはずがありません。あまりご自身を過信して痛みに慣れないでください」

平気なつもりだったし、ちゃんと反撃だってできた。
それなのに……どうして涙が滲むのだろう?

「貴方はわかっていないかもしれませんが、虐待された心の傷はちょっとしたことでまた開いてしまうんですよ」
「…………」
「心を殺さなくていいので、今は泣いてください」

その言葉に俺はちょっとだけ泣いた。
子供の頃にリヒターが側にいたらまた違っていたのかなと、そう思いながら────。




「そうだ。兄上が…」

一頻り泣いて落ち着いたところでリヒターにそう言うと、リヒターは大丈夫だからと返し『取り敢えずこの場を離れましょう』と俺を自分の部屋へと連れて行ってくれた。
そして冷たいタオルで頬を冷やしてくれて、その後シャワーも勧めてくれる。

「一人で大丈夫ですか?」
「ああ。中には出されないように上手くやったから、普通に浴びるだけで済むし」
「そうですか。では何かあれば呼んでください」
「ありがとう」

そして俺はリヒターに感謝しながらそっとバスルームへと入った。


***


【Side.カーライル】

(こ、怖ぇぇええっ!)

嘗てない程リヒターが怒っている。
それはそうだ。
大事な主人がちょっと目を離した隙にレイプされていたんだから。

ロキ様の為に帰ろうとした矢先の出来事だ。
俺だって怒り心頭だった。
とは言え俺はまだ『男を尋問して主犯を聞き出してやる!』くらいの理性はあった。
でもリヒターは即殺すくらいブチ切れてしまった。
それくらい許せなかったのだろう。

「カーライル。絶対にロキ陛下を一人にするな」
「わかってる」

(めちゃくちゃ目が座ってるし…!)

落ち着けと言ってやっても、リヒターはこちらを睨みつけ『これが落ち着いていられるか』と言わんばかりだった。

「折角これから沢山幸せになれるはずだったのに…」

ボソリと呟くリヒターに俺は掛ける言葉が見つからない。

「そ、そこはほら、カリン陛下に期待するのがいいんじゃないか?」
「この状況で…抱き締めもせずバカと叫んで走り去ったのに?」

リヒターの声が怒りからか凄く低く場に響く。

「あ~…何か誤解してたな」

浮気者と叫ばなかっただけマシかもしれないけど、あれは酷い。

心配して『今すぐ帰ろう』と言いに来たタイミングだったからこそショックだったんだと思うけど、ちょっと冷静に考えたらちゃんと何故そうなったのかわかったはずなのに。

(まあ確かにロキ様の方が主導権握ってたのは握ってたけど…)

それはロキ様が頑張って反撃したんだと思う。
そこは流石だ。

とは言えロキ様は明らかにいつもとは様子が違っていた。
頬が腫れてちょっと目が虚ろだったし、危う過ぎて俺でも一目でいつもと違うとわかったのに…。

(カリン陛下ってパッと状況だけ見て行動するところがあるからなぁ…)

仕事自体はできる人のはずなのにどこかロキ様に対してポンコツ対応をしてしまうのはいい加減どうにかしてほしい。
ロキ様はそこがギャップ萌えで可愛いと言うけれど、正直あばたもえくぼというやつじゃないだろうか?

普段の『嫉妬から割って入る』などという行動は可愛いものだが、事ここに至ってカリン陛下はマイナスの行動しかしていない。

どうしてこういう時こそロキ様を抱き締めるという行動ができないんだろう?
もっと言えば、そこはロキ様の手を取って男から引き離し、自分に引き寄せて「帰るぞ」の一言でも良かった。
それだけでロキ様は安心したと思う。

(それができないって…ガヴァムの王族教育は一体どうなってんだ?)

思い遣りとか、労わりとか、そういったものを学んだりしなかったんだろうか?
ロキ様も可哀想に。
これでは踏んだり蹴ったりだ。
好きな相手に誤解されて傷ついていないはずがない。
だからリヒターが怒るのも当然と言えば当然だった。

「……今はカリン陛下に怒りしかない」
「気持ちはわかる」
「カリン陛下が戻ってこなかったら俺が添い寝する」
「俺もしようか?」
「…ありがたいが、流石にあのベッドで三人はキツイな」
「確かに」

リヒター的には二人での添い寝はありのようだったが、一騎士に与えられた部屋のベッドは男三人で横になるには狭すぎる。
よっぽど密着しないと難しいだろう。

「リヒター」

そこでちょうどロキ様がシャワーから出てきたので、リヒターが素早くそちらへと向かった。

「ロキ陛下。髪が濡れてますよ?」

タオルを受け取り優しく慈しむように水気を拭っていくリヒターは本当にロキ様が大事なんだなと実感する。
リヒターがロキ様命なのはわかり切ったことだし、俺だって同じだ。
だからこそ…たまに胸が痛むのかもしれない。
俺もこんな主従になりたい。ついそう思ってしまった。
主人にもっと沢山頼ってもらうにはどうしたらいいんだろう?
距離をもっと近づけたいのに、俺はいつもリヒターよりも遠いのだ。

「お腹は空いていませんか?」
「大丈夫だ」
「……食欲がないのは仕方ありません。もう今日は休みましょうか」

そっと不安げにリヒターを見遣るロキ様は酷く頼りなげで、俺まで庇護欲が唆られてしまうほど。
リヒターじゃなくてもあれは絶対放っておけないだろう。

「心配しなくても俺がちゃんとお側でお守りしますから」
「ロキ様!リヒターだけじゃ不安なら俺も同衾しますよ!」

だから気づけばいつもより大胆な行動に出ていたのだと思う。
俺だってロキ様と距離を近づけたい。
信用してもらいたい。
その気持ちのままに行動する。

「カーク…」
「いやぁ…一度でいいからロキ様と同衾してみたかったんですよね」

そう言いながらイソイソとベッドに入って壁に背をつけポンポンと隣を叩いてみせた。

「ほらほらロキ様!こっちこっち!」

いつもなら冷たくお断りされただろうけど、今日は全く拒否されなかった。
もうそれだけでいつも通りでないのは明白だ。

そして三人で寄り添いあって眠ったんだけど、流石に狭すぎたのか、起きたら身体が固まっていた。

(でもまあいっか…)

ロキ様が俺に抱きついて寝てくれていたし。


****************

※位置的にリヒターがロキの背中から抱き締めつつ寝ていて、ロキが正面からカーライルに抱きついて寝てました。
狭いのでこうなりました。

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