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86.呼び出し

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ガヴァムまで送ってもらうと兄が泣きそうな顔で抱きついてきて、無事で良かったと震えながら言ってきた。
どうやらセドリック王子に殺されたらどうしようと思い詰めていたらしい。

「大丈夫ですよ。セドリック王子は最初は怒ってましたけど、こちらの事情を汲んでくれましたし」
「……え?」

あの冷酷王子が?!と兄が驚いたように目を瞠るけど、そんなに驚かなくても。
話せばわかる人なのに。

「シャイナーにもリヒターに見守ってもらいながらちゃんと躾をし直して、今後セドリック王子にも迷惑はかけないよう教え込んでおいたので、兄上が心配するような事態にはならないと思いますよ?」
「そうか…それなら良かった」

また俺が変な事に巻き込まれてセドリック王子に殺されたらと気が気でなかっただろう兄を安心させてあげて、ギュッとそのまま抱きしめた。




それから数日後、俺の所に二通の手紙が届けられた。
一通はアンシャンテの宰相からで、今回の件で相談があるので時間を取ってもらいたいとのことだった。
そしてもう一通はブルーグレイの国王からのもので、セドリック王子の友人として是非歓待したいので、時間を作って来て欲しいとの事だった。
正直言ってどちらも気乗りしない。

「兄上…断ってもいいですか?」

面倒臭い。
兄との時間が減る。
だってどちらを選んでも兄はきっと着いてきてはくれないだろう。
政務が滞るし、一人で送り出されるのは明白だ。
しかも山を挟んですぐのアンシャンテなら兎も角、ブルーグレイは距離がある。
往復の日数を考えるとちょっと遠慮しておきたい。
ワイバーン移動で片道最速二日、普通に行けば四日もかかるのだ。
向こうでの滞在を思えば行きたくないのも当然だろう。

「……どちらも受けざるを得ないだろう」

兄も気乗りはしないようだったが、この場合どちらも断れないという事のようだ。
アンシャンテの方は国王御乱心とばかりの事態が起こったせいで、今後の話がしたいのだろうし、ブルーグレイについても迷惑をかけただけに断り辛い。
好意的なだけまだマシだから、今の内に話を受けた方が印象はいいだろうとのこと。

アンシャンテもこのまま放置してまた余計に厄介な事態になるよりは、宰相と話しておくべきと兄は考えたのだと思う。

「はぁ…わかりました。両方受けます」

その代わりアンシャンテの宰相とは内密に話をするという事で話をつけた。
シャイナーに黙ってガヴァムに来るのは難しいらしいので、俺が護衛連れでこっそり行く形となる。

「あれで行くか…」

手持ちの暗殺者御用達の服────。
隠し通路がなんらかの事情で使えなくなった時城から抜け出す用にと裏稼業の者から渡された非常時用の服だ。
城の者が役立たずだから緊急時に使えと俺と兄、リヒターとカーライルの四人分もらった物。
こういう時に使うのはありだろう。
下手に変装して行くより目立たないはず。

「ワイバーンで直接城に行くのではなく、近くの街に降り立ってそこから馬車で王都に入り、手紙で迎えに来てもらうのがいいでしょうね」
「そうだな」
「万が一の時は俺に任せてください!内部には詳しいので」

頼りになる意見をくれたリヒターだけではなく、カーライルも心強い笑みでそうして請け負ってくれた。
いずれにせよまずは山の麓の街まで馬車で移動してそこからワイバーンとなる。

(うちもアンシャンテやミラルカのようにワイバーンを城で飼うべきか?)

これまでは必要ないと思っていたけど、こう次々と利用する機会があるとそれも考えるべきかと思えて、つい溜め息を吐いてしまったのだった。


***


アンシャンテに行くのは初めてのこと。
街並みはガヴァムともブルーグレイともまた違うが、人々の顔は明るい。
ついでにシャイナーの評判でも聞いておこうかと思い立ち、二人の協力のもと聞き込みを行うと、前王よりも良くなったとなかなかの評判だった。

「シャイナー陛下には弟君もいらっしゃるけど…」
「ああ、あちらよりも断然シャイナー陛下の方が民にお優しいね」

どうやら詳しく聞くと弟の方は優秀だけど好戦的な性格らしく、ちょっと厄介そうな印象を受けた。
それを受けてカーライルにも詳しく聞くと、王弟はシャイナーと違い既に結婚して子供までいるらしい。

「でき婚ってやつであっという間に結婚したんですよ。でも産まれた子を随分放任で育ててるとかで、周囲が甘やかして碌なもんじゃない子になってるそうですよ」

それもあってシャイナー自身が結婚して子供を作って欲しいと願っている者が大半なのだとか。

「それなら結婚を促してこっちから目をそらせる形に持っていきたいな」
「それは名案ですね」
「でもそう上手くいきますかね?」

できれば上手くいってほしいけど、もしかしたらダメかもしれないし、可能性の一つくらいに考えておこうと思った。

そして秘密裏に王都まで移動し、ここでも情報収集を行ってから宿で宰相宛に手紙を出した。
『明日伺います』と。
なんなら宿まで来てくれた方がありがたいとも書いたが、さてどうなることか。




翌日、密やかに手配されてやってきた馬車に乗り城の裏手から中へと入る。
やはり向こうから宿まで来るのは難しかったらしい。
暗殺され放題なシチュエーションだなとは思ったが、カーライル曰く悪意も殺意も感じられないから今のところ大丈夫だろうとの事。
このまま何事もなく終わってもらえたらそれに越したことはないし、面倒事はさっさと終わらせてしまおう。

そして案内されるがままに応接間らしき部屋へと入ると、中には宰相と外務大臣、内務大臣の三人が揃って待っていた。
確かにこの三人が揃って城を開けるのは無理だったろうなと納得がいく。

「ロキ陛下。わざわざのお運び恐縮の極み」
「いえ。どうぞ顔を上げてください」
「シャイナー陛下の無礼もどうかお許しください」

一斉に頭を下げられ辟易してしまう。
腰掛同然の王にそこまでしてくれなくてもいいのだが。

「まあ兄上の冤罪が晴れたのならそれで構いません」
「カリン陛下には本当に申し訳ないことをしてしまいました。こちら、せめてものお詫びの品でございます」
「確認しても?」
「はい」

中を確認すると兄に似合いそうな装飾品一式と兄が好みそうな嗜好品の類などが収められていた。
どうやら早急に兄について調べてすぐさま最高級品を揃えてくれたようだ。
俺が兄を溺愛しているのをわかっているが故の配慮だろう。悪くはない。

「……こちら、有難く受け取らせて頂きます」
「はっ。ありがとうございます」
「それで?今後のお話と言うのは?」
「はい。その…シャイナー陛下なのですが、ブルーグレイから帰ってから少しは落ち着かれたものの、昼は政務に励まれるものの夜はその…ずっと泣き伏しておりまして…」
「そうですか」
「試しにロキ陛下を忘れられるよう誰か夜伽の相手をと差し向けてはみたのですが…」
「失敗したと?」
「はい」

それによると、女性は出ていけと冷たく部屋から追い出され、ならばと男性も差し向けては見たもののそちらも追い出されてしまったらしい。
俺以外の相手なんていらないと激怒されたらしい。
それでほとほと困って俺を呼んでなんとか言い聞かせてもらえないかと頼みに来たと。
ここで責任取って愛人になれと言ってこないだけここの者達は良識的な者達だと思った。
ガヴァムの大臣達ならきっと同じ状況になったら当然のようにそちらを口にしていただろう。
このあたりシャイナーは恵まれていて少々羨ましく思う。
これなら譲歩しても構わないだろう。

「わかりました。ではそれを踏まえた上で話しましょうか」

そう言って俺はまず城下で聞いた話を口にしてみた。

「アンシャンテの民達にシャイナー陛下の評判なども訊いてみたのですが、どうも王弟である方よりも支持されている様子」
「はい。シャイナー陛下は前王のように強攻策をとることなく上手く政務を回し、無駄を極力省いて予算を抑えつつ効率的に民のために動かれておりましたので、あれだけのガヴァムへの支払いにあたっても税金も上げることなく済んでおります。加えてブルーグレイの王妃も強制送還してくださりましたし、謀反を企む貴族達への粛清まで行って国の膿も出してくださいました。まさに賢王として国を支えてくださっている偉大なお方です」

そんな偉大な王を快楽堕ちさせてすみませんとは思ったが、ここでそんなことは当然口にしない。

「そんなシャイナー陛下と比べますと王弟であるレイニー様はその…少々狡猾で利己的なお方でして…」
「なるほど」

どうやらそのせいで余計に皆シャイナーの方が王に相応しいと思ってしまうのだろう。

「正直ここでレイニー様がシャイナー陛下の代わりに王位に就いてしまうとガヴァムへの支払いが滞るばかりではなく税が上がり民も困窮してしまいます。国の衰退は免れず、折角参加をお許しいただけた三ヵ国事業も恐らく頓挫してしまうでしょう」

それは流石に双方にとってマイナスでしかない。

「では、やはりここはシャイナー陛下の退位ではなく継続という形で考えて、結婚を促してみると言うのは如何でしょう?」
「ご結婚…ですか?」
「はい」
「ですが先程申しましたように、シャイナー陛下は今自暴自棄になっておられるので…」

それは難しいのではと宰相達は恐る恐る口にしてくる。

「そこは俺が上手く伝えてみます」
「ロキ陛下自らですか?」
「こうなってしまっては仕方ないでしょう」

本当に良いのかと顔色を窺われるが、仕方ないではないか。
シャイナーの代わりがいないのであれば、このままでいてもらわなければ困る。
結婚でもしてシャイナーを傍で支えてくれる相手ができれば気持ちも落ち着くだろう。

「では…」
「ええ。呼んできて頂けますか?」
「……!!感謝いたします!」

そしてすぐさま宰相は控えていた侍従に声を掛け、シャイナーを呼びに行かせたのだった。


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