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56.国際会議㊶

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取り敢えず部屋でゆっくり話そうと言われ、俺は兄とリヒターと共に部屋へと下がる。
因みにカーライルは本来の仕事に戻ると言って既に姿を消しているが、近くにはいるはずだ。

「それで?結局のところどうして俺が攫われたんでしょう?」

まずそこからがわからないので、少しでもわかればいいなと話を振ってみたのだが、何故か聞かれた方は苦々しい顔で口を噤んでしまう。

「兄上?」
「…………言いたくない」
「…?リヒター?」
「…………できれば言いたくありません」
「そうか…。それなら直接アンシャンテ王に聞いてこようか?」

その方が手っ取り早いのではと思い何となくそう口にしたのだが、それを聞いた二人は急に態度を翻し絶対にダメだと言ってきた。

「お前をあの男と二人きりにしてやる気はない!」
「そうです!どうしてわざわざ貴方を攫った相手のところに…!」
「……つまり、アンシャンテ王本人が俺を攫った犯人だったと?」
「…………」

どうやら本当にそうだったらしい。
けれどそうなると一体何が目的なんだろうか?

「ゆっくり三ヵ国事業の話でもしたかったんですかね?」

国として俺と二人で話したいことでもあったのかと思いつつ、それならそれでパーティーの時にでも話しかけてくれればよかったのにと思わないではないが、もしかしたら人が多くて言い出しにくかったのかもしれないと思い直す。
けれどそれならそれで部屋に呼んでもらえれば済む話で、攫うというのもおかしな話だ。
正直言ってアンシャンテ王シャイナーが何をしたいのかがわからなかった。
彼に会った時の印象としてはセドリック王子と同じように優れた才能を持つ若き王といったもので、決して愚かしいことをするようには見えなかったし、こんなことをするからにはそれ相応の理由があるとしか思えないのだが。

「アンシャンテは代替わりしたばかりですし、わざわざこんなことをするからには理由があると思うんですが、何かご存知ですか?」

けれどそれに対して兄がギッとこちらを見ながらイライラしたように言い放ってくる。

「あいつは王の器ではない!愚かにも程がある!!」
「…………」

どうして兄はこんなに怒っているんだろう?
王の器にないのもあっさり攫われるほど愚か者なのもまさに俺の事なので、ブーメランで思いっきり刺さってくるから地味に痛い。

(う~ん…。これを機に兄上に代わってもらうことはできないかな?)

今からでも王の座を降りることは可能だろうか?

(ある意味いい機会だし、名案かもしれないな)

丁度セドリック王子もガヴァムにいることだし、落ち着いたらそれとなく言ってみよう。
まあ8割方またダメだと言われそうではあるが…。
ともあれ、兄が怒っている理由についてはリヒターの次の言葉で理解することができた。

「ロキ陛下。アンシャンテ王はその…ロキ陛下に惚れてしまったらしく、今回抱いてほしくて攫ったということが判明しました」
「……え?」

正直言ってそれは驚きだった。
国の利益の為でも、三ヵ国事業への参入に関する交渉の為でもなく、俺に抱かれたいがためだけに攫ったと?

「ぷっ…」
「陛下?」
「ロキ?」
「ふはっ…!ハハハハハッ!!」

正直言って面白過ぎてたまらない。

「あはっ…あははははっ!お、お腹が痛い…っ!」

一国の王が一国の王を攫った理由がまさかの恋情とは────誰が想像できるだろうか?

「ハハハッ!あ~…もう。本当にたまらなく面白い人ですね。アンシャンテの新王は」
「ロキ…?」
「いいですよ。わかりました。ちょっとこれから行って話してくるので、リヒターだけ借りていってもいいですか?」
「俺も行く!」
「兄上はダメですよ?大丈夫。悪いようにはしませんから」
「でもっ!」
「大丈夫です。俺とリヒターを信じてください」
「…………」
「帰ったらちゃんと安心させてあげますから、他の招待客達の対応をお願いできますか?」

昨日から行方不明になった俺の件できっと国賓である方々を不安にさせてしまっているだろう。
彼らへの適切な対応は兄にしかできない。

「……わかった。その代わり、リヒター。お前は何があってもロキを守れ」
「はっ。この命に代えましても」

真剣にそんなやり取りをする二人には申し訳ないが、多分大丈夫だと思う。
何故なら────アンシャンテの王は俺が思うに、とても可愛い人だと思うから。


***


取り敢えずよっぽどのことがない限り手は出さず任せてほしいとリヒターには言い置いて、コンコンと軽くノックをしてアンシャンテ王のいる客室へと声を掛ける。

「シャイナー陛下。いらっしゃいますか?」
「誰だ?」
「お騒がせしております。ロキですが」

そう言うや否や、勢いよく扉が開かれてそのまま部屋へと引き込まれた。

「無事でよかった!」

そう言いながら切なげな顔で抱き込まれたけど、彼とはそんなに親しい間柄でもないから正直言って驚きを隠せない。
まさかこう来るとは思ってもみなかったので、リヒターまで剣に手を掛けたまま固まってしまっている。

(俺は兄上のものなんだけどな…)

大切そうに抱きしめられはしたけれど、俺は淡々とそんなことを思ってしまった。
でもこれで彼が本当に犯人だったんだと改めて確信することはできた。

「ええと…シャイナー陛下?」
「どうかシャイナーと呼んでほしい」

どこか嬉しそうに甘やかにそう言われ、如何にも恋してますといった感じの表情を向けられているので、とても今回の件を正面から批難する気にはなれない。
それならそれで相手の出方を見ようと様子を窺ってみた。

「今回はうちの者が手荒なことをしてしまって申し訳なかった。逃げられたと聞き、やはり手順を踏むべきだったと深く反省したのだ」
「はあ…そうですか」
「ついうっかり気持ちのままに計画を実行に移してしまったが、恋心故の暴走だったと改めて反省している。その…俺のことを怒っているか?嫌いになってしまっただろうか?」
「いえ。特には。実に可愛らしい方だなとは思いましたが」
「……!そうか!その…そう言ってもらえるのなら、できればでいいのだがこれから…その…俺と親しく付き合っていってはもらえないだろうか?」
「具体的には?」
「お互いに立場というものはあるが、できるだけこちらから足を運ぶので、その…こ、恋人関係になってもらえればと…」

やらかしたとは到底思えないほどうっすら頬を染めて俺を見つめてくるシャイナーに俺は非常に好感を抱いた。
いや、おかしいと言われても仕方がないし、リヒターなんかは物凄く怒ってる上に今にもふざけるなと叫び出しそうな空気をバンバン醸し出しているんだけど…。

(う~ん…やっぱりどうしても憎めそうにないな)

普通に考えれば国際問題だし、多分セドリック王子が同じようなことをされたら国を滅ぼしにかかるだろう。
一国の王を攫うという暴挙に出たのだから、普通は報復されて当然なのだとは思う。
でも話を聞いて俺が思ったのは、俺なんかを本気で攫ってでも欲しがる人がいるんだなぁというある意味感慨にも似たものだった。
具体的にと尋ねた答えに対し、国益を考えた答えではなくストレートに恋人関係を求めてきたことからもわかるように、きっとシャイナーは立場など関係なく『俺』という個人が欲しかったのだろう。
今だってその表情には俺に恋い焦がれるようなものが浮かぶばかりで、悪意などは一切見えない。
そもそも害す気などなかっただろうし、どちらかと言うと俺が逃げて心配していたという感じだった。
その心配は多分ガヴァムの騎士達よりも遥かに大きかったのではないだろうか?

謝りもしなかった騎士団長達とは違い、即謝罪の言葉を口にしてきたことからもそれは明らかだ。
ガヴァムの騎士達よりもずっと誠意が感じられたので、俺からすればリヒターと同じくらい信用に値すると思えた。
まあだから許すという訳ではないのだが……。

「お話は分かりました。ですが今回の件を不問にするのは少々国として問題があるので、ある程度責任は取ってもらいたいと思うのですが」
「……!もちろんだ。できる範囲で償いはしよう」

姿勢を改め、キリッと表情を引き締めて潔く言い切るシャイナーに俺はにこやかに言い放つ。

「では、輸出入の品についてこちらに優遇処置を取らせて頂きたいと思います」
「……え?」
「そちらの品をこちらに輸入させて頂く際の税を一割上乗せ、且つこちらの品をそちらに輸出させて頂く際の税を軽減させて頂きたい」
「…………」
「それと、今三ヵ国事業が進められていますよね?なので、将来的にアンシャンテとガヴァムを繋ぐレールを作るために是非積極的に協力を頂きたい。完成した暁にはそちらの特産品である絹を格安でこちらへと多めに流して頂きたいと思っているので」
「……!!」
「ですが…それを実行に移すにあたっては間にある二国が一筋縄にはいかないと思うんです」
「それはそうだな」

あの二国は実際問題非常に面倒臭いらしい。
馬車で通るにしろ、一々物によって高額な税金をふんだくっていくので、高額商品を取り扱う商人達との間に度々問題を起こしているのだ。
二国間で小競り合いを繰り返していると裏稼業の皆からも話を聞いたことがあって、もし国外追放でそちら方面に捨てられたら一旦自国に戻って自分達を頼れとまで教えられたほど情勢が不安定な国だった。
それもあって本来ならレールをそちらに延ばす気はなかったのだが、もしかしたらこのやり手そうなアンシャンテ王なら交渉は可能かなと思ったので丸投げしてみることにした。

何故急にそんなことをやってみる気になったのかと言うと、そこを上手く経由できればブルーグレイが近くなるからだ。
途中で分岐させゴッドハルト側にレールを敷けば海へと辿り着く。
その海の向こうはすぐブルーグレイだ。
ゴッドハルトを避け海を渡らず馬車だけで向かえばそこそこ時間がかかるブルーグレイだが、ゴッドハルトに新王が即位しこれから国として安定していくことを考えるとそのルートは十分使えるルートだと思えた。
これからブルーグレイとは長い付き合いになりそうだし、これで品をどんどん運べるようになれば市場がとても発展していくだろう。
そうなったらこれまで世話になった裏稼業の者達にもきっと喜んでもらえるはず。
大国とのパイプが繋がれば国庫も少しは潤うだろうし兄も喜ぶだろう。まさに一石二鳥だ。

「ロキ…俺と会いやすくするためにそんなことを言ってくれるなんて…」
「え?違いますけど」

全ては兄の為だ。シャイナーの為ではない。
俺は兄が喜んでくれたらそれでいいのだから。

(まあ少しくらいは自分の為と言えなくもないけど)

流通が増えれば兄に素敵なものを贈る切欠にも繋がるし、俺としても嬉しい。
アンシャンテは絹織物が多彩と聞く。
だからそれが簡単に手に入るようになれば、兄に似合う服を仕立てる楽しみが増える。
そう言った意味では私情に走りすぎだろうか?

ちなみに俺は兄のために好きに動いているだけなので、シャイナー王とどうこうなる気はない。
おかしな憶測はできればやめてほしいものだ。

(まあ…恋をしてると暴走しがちって言うし、今は言うだけ無駄か)

案の定シャイナーはうっとりしながら都合のいいようにとってきた。

「照れることはない。今すぐにでもお前のために動こうではないか。待っていてくれ。このシャイナー。お前の為なら一年以内にアンシャンテとガヴァムを繋ぐレールを完成させて見せよう!」
「はあ…宜しくお願いしますね?」

頑張ってもらえたらブルーグレイへの道が近づくし、俺としても万々歳だしこのまま流そう。

それから暫く話し、そう言えば…と思い出した手法を使い更に追加して笑顔で利を毟り取っておいた。
けれどシャイナーはずっと上機嫌で、最後まで俺に好意的だった。
それもこれもレンバーに教わった手法のお陰だろうか?
今度また金貨でも渡しておこう。




「すごく沢山優遇してもらえてよかった」

部屋を辞し、満足感たっぷりでそう口にすると、立ち会っていたリヒターから低い声で名を呼ばれた。

「…………ロキ陛下?」
「なんだ?リヒター」
「全然罰していないではないですか!!」
「そんなことはない。かなりの経済制裁になっていただろう?その分こちらは相応の利益が得られたし、何の問題もない」
「それは認めますが、凹ませるどころか物凄く喜ばせていたではありませんか!甘すぎます!」
「バカだなリヒター。こういう相手はええと……そうだ、飼い殺しにしてやるもんだってレンバーだったかトーシャスだったかが言っていたぞ?」
「誰ですか、それは!もういいです。陛下は俺やカリン陛下の気持ちなどどうでも良いのですね」
「そんなことはない。今回攫われて、兄上とリヒターにはちゃんと心配をかけて悪かったと謝ろうと思っていたんだ」
「陛下…」
「それで…ちゃんと反省しているから、お前さえよければこれから俺の専属の近衛騎士になってもらえないか?」
「…………」
「ダメか?」
「いえ…いいえ…。喜んでお受けいたします」
「そうか。ありがとう」

そう言って笑ったら泣き笑いのような顔でリヒターは俺に剣を捧げ、一生の忠誠を誓ってくれた。

(心配をかけたことだし、後でリヒターには地下道のことも話しておくか)

信頼のおける相手になら例の場所について話すのはやぶさかではないし、裏稼業の皆には是非リヒターを紹介しておきたいと思う。
顔を繋いでおけばきっとまた今回のようなことが起きた時でも協力してもらえることだろう。
お金はかかるかもしれないが彼らの腕は確かなのだから。

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