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36.同居人 Side.レイモンド
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父の元から飛び出してジェイドの家に帰ると、ジェイドはまだ仕事から帰っていないようだったので、家の中で待たせてもらうことにした。
以前と変わらずきっちりと片付いた綺麗な家。
ここに来ると帰ってきたという気持ちになって、凄くホッとしてしまう。
そうして感慨に耽っていると、バタバタとした足音が聞こえてきて勢いよく家の扉が開かれた。
「レイ…!」
こちらの姿を確認し全身で嬉しいと言ってくれているジェイドに愛しさが込み上げて、俺はおかえりと言って飛び込んできてくれたジェイドの身体を受け止めた。
帰ってきてよかった。素直にそう思う。
もっと早くこうしていればよかったと、すぐに動かなかった自分が悔やまれた。
どうして俺はジェイドよりも父を優先してしまったのだろうか?
こんなにも自分を待っていてくれたジェイドを放って。
聖女が怒るのも無理もない話だ。
そんなことをつらつらと考えながらジェイドを抱きしめていると、ジェイドの後ろから申し訳なさそうな声が割り込んできて、その声を聞くや否やジェイドは飛び上がるようにして俺の腕から脱出してしまった。
残念だ。
折角向こうから申告してくれたのだから宿に泊まらせてくれればよかったのに…。
「レイ、こっちは昨日から同居してる隣国の王子で聖女様の従者見習い中のクルト」
「クルトです。よろしくお願いします」
そうしてジェイドから紹介されたのは聖女から聞いていた通りの新しい同居人だった。
見る限り自分よりも若い。15、16才くらいだろうか?
深い藍色の髪にサファイアのような鮮やかなブルーの瞳を持つ、可愛らしい雰囲気の少年だ。
身長はジェイドよりも少し低く、ダボッとした服を着ているせいか華奢で痩せた体型に見える。
一見すると人畜無害な少年と言えるだろう。
けれど、無邪気なその笑顔の目の奥では俺を品定めしているようなものが含まれているように思えてならない。
まあこの程度は王族なら当然と言えば当然だろう。
逆に王族に生まれて相手を見極めようとしない方がおかしいと言えた。
だから────特におかしなところはない。そう判断し普通に握手を求めたのに、何を思ったのかその手はすぐさま離され、突然痛いなどと言い出されたので驚いてしまった。
誓って言うが、別に特別強く力を込めてはいない。
それなのに如何にもこちらが悪いように言われて気を悪くしてしまう。
しかもその後ジェイドの関心を自分に向けさせ話し始めたので、それが目的だったのかとイラッとしてしまった。
「大丈夫か?クルト」
「はい。平気です。それよりもしかしてこの方がジェイド師匠の婚約者なんですか?」
「ああ」
「そうですか。ちょっと思っていた方と違って驚きました」
「そう?」
「ええ。師匠のお相手ならこう…もっと頼りなくて、守ってあげなくちゃ的な可愛らしい方なのかと思っていたので意外だなって」
「え?」
「だって師匠って何でもできるじゃないですか。家事全般得意ですし、ポーション作りも凄いし、優しくて気も利いて本当に凄く頼りになって…」
「そうかな?」
「そうですよ!あの聖女様がべた惚れなんですよ?僕だって師匠の事、この二日で大好きになりました!」
「そっか。そう言ってもらえたら嬉しいな」
「えへへ。師匠ならお相手選びたい放題ですよね」
そんな会話に更にイライラが増す。
まるでお前なんかいなくてもジェイドの相手はいくらでもいるんだよと言われたようなものだったからだ。
聖女と結託しているのか個人的感情からなのかは判断できないが、どうやらこのクルトという奴のお眼鏡に俺は適わなかったらしい。
気にくわないと言わんばかりの態度に、俺の中でこの男が敵認定された瞬間だった。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、ジェイドは全く気にした様子もなくサラリと俺を選んでくれる。
「ありがとう。まあ、レイに出会えて選んでもらえたから俺としては満足かな」
ジェイドは俺が選んだと言うがそれは少し違う。お互いに惹かれ合っただけだ。
そしてそれは今も何も変わらない。
それが凄く伝わってきて…ちょっと荒みそうになっていた心はあっさり癒され、愛しさが増してしまう。
だからつい抱きしめたくなってその気持ちのまま腕の中へと抱き込んだ。
「ジェイド…」
「えっと…レイ?クルトの前であんまりイチャイチャするのはちょっと…」
口ではそう言いながらも嫌がっていないのは明らかで、さり気なくキッチンで二人きりになろうと誘ってもらえたのも嬉しかった。
久方ぶりの甘い時間を満喫したい。
そんな気持ちでジェイドを見つめていると、またしてもそこに邪魔が入った。
「お料理ですか?僕も手伝いますよ!」
無邪気に笑いながらジェイドの腕にしがみ付いてきたそのさまに、また苛立ちが込み上げてならない。
どれだけ邪魔をすれば気が済むのだろう?
ジェイドは気にした様子もなく「じゃあクッキー作りを頼もうかな」と言ってくれたけど、向こうがジェイドに構ってほしいのは見え見えで、何度も何度もジェイドを呼びつけてきた。
とてもじゃないが二人でイチャイチャできる状態ではなくなって、仕方なくこちらも料理に集中する羽目になってしまう。
そんな中行ったり来たりしているジェイドは一番忙しいはずなのに、俺が作った三品以外の七品をきっちり仕上げながらフォローをこなしていた。
正直その器用さ加減はとても真似できないと思ったほどだ。
そんな感じで料理を作り終え久しぶりのジェイドの料理を堪能したのだが、食べた瞬間胸が温かくなって嬉しい気持ちが込み上げてきてしまった。
温かくて優しいジェイドの料理はどれもこれも俺の好きなものばかりだ。
狙って作ってくれたのならこれほど嬉しいことはない。
俺の隣にジェイドが居て、幸せそうに笑ってくれているこの瞬間が幸せ過ぎてたまらなかった。
今夜は久しぶりにジェイドを抱きしめて眠りたい。
そんな気持ちで満たされながら、以前のように食後の皿洗いを申し出て、ジェイドと一緒にキッチンに行ってゆっくり話そうと思っていた矢先────その邪魔者は俺達の間に再度割り込んできた。
「師匠!見てください。上手に焼けたでしょう?味見をお願いします!」
味見くらい自分ですればいいものをわざわざこちらへとやってきて、しかもそのまま有無を言わさずジェイドに食べさせたのだ。
それはいわゆる「あ~ん」というやつで、ジェイドも咄嗟に受け入れざるを得なかったのだろうが、目の前で見せつけられるように仲良くされて正直ショックを隠せなかった。
「どうですか?美味しいですか?」
「ん。美味しい」
「やった!師匠が丁寧に教えてくれたので僕でも上手に作れました。ありがとうございます」
「クルトが頑張ったからだよ」
ジェイドが優しくその男の頭を撫で、クルトの方も嬉しそうにそれを受け入れる。
そんな光景に胸がズキズキと痛んでたまらなかった。
(やはり……家を出てでもここに来てよかった)
聖女の言葉を信じるのならこの男はまだ昨日ここに来たばかりだ。
昨日今日でこの近さなら、まず間違いなくこの先ライバルになりえただろう。
聖女の存在だけでもジェイドを取られないかと心配していたのに……この無邪気を装った小悪魔ならあっさりとジェイドの懐に入り込み、信頼を勝ち取って俺達の仲を裂く相手になっていたことだろう。
けれど今ならまだ間に合う。
俺を想ってくれているジェイドを、俺だけに引き留めしっかりと繋ぎ止めることができるはず。
(お前にはやらない…)
そんな思いで思い切り睨みつけてやるとサッとジェイドの後ろに隠れてしまったが、俺はしっかりと見たんだぞ?
お前がジェイドの後ろで一瞬二ッと挑発的に笑った姿を。
「その…レイ?誤解のないように言っておくけど、クルトとは同居人以上の何かがあるわけじゃないからな?」
「……わかってる」
ジェイドが色々フォローを入れてくれるが、そんなことはわかっているんだ。
問題なのは、その後ろに隠れている男が俺からジェイドを奪おうとしているということ。
そして一見そう見えないことがまた問題なのだ。
聖女のようにわかりやすければよかった。
でもこの男は違う。
本音を晒さずさり気なく手に入れてくるタイプだ。
そしてここぞというタイミングを外さず、一気に自分のものにしてしまう怖い相手でもある。
自分より年下だからと言って、油断していたらあっという間にジェイドは奪われてしまうだろう。
だからこそ、二人の間の絆が確かなうちに俺はジェイドをしっかり捕まえておかないといけない。
もう…誤魔化しも何もなく、全てをジェイドに明かしてしまわなければいけない。
誠意を見せて、これからのことをしっかりと話し合って、ジェイドの気持ちを確実に俺にだけ向けさせたかった。
そんな俺の決意をまるで後押ししてくれるかのように、ジェイドがクルトを宿へと送り出す。
すんなり頷き素直に宿に向かったクルトには訝し気な視線を送らざるを得なかったが、有難かったのは確かなのでそのまま特に何も言わずにジェイドと話をすることになった。
(もう隠し事はしない)
俺の身分も現状も全部全部話して、それでもジェイドが好きなのだと伝えよう。
きっと大丈夫────そう信じて。
以前と変わらずきっちりと片付いた綺麗な家。
ここに来ると帰ってきたという気持ちになって、凄くホッとしてしまう。
そうして感慨に耽っていると、バタバタとした足音が聞こえてきて勢いよく家の扉が開かれた。
「レイ…!」
こちらの姿を確認し全身で嬉しいと言ってくれているジェイドに愛しさが込み上げて、俺はおかえりと言って飛び込んできてくれたジェイドの身体を受け止めた。
帰ってきてよかった。素直にそう思う。
もっと早くこうしていればよかったと、すぐに動かなかった自分が悔やまれた。
どうして俺はジェイドよりも父を優先してしまったのだろうか?
こんなにも自分を待っていてくれたジェイドを放って。
聖女が怒るのも無理もない話だ。
そんなことをつらつらと考えながらジェイドを抱きしめていると、ジェイドの後ろから申し訳なさそうな声が割り込んできて、その声を聞くや否やジェイドは飛び上がるようにして俺の腕から脱出してしまった。
残念だ。
折角向こうから申告してくれたのだから宿に泊まらせてくれればよかったのに…。
「レイ、こっちは昨日から同居してる隣国の王子で聖女様の従者見習い中のクルト」
「クルトです。よろしくお願いします」
そうしてジェイドから紹介されたのは聖女から聞いていた通りの新しい同居人だった。
見る限り自分よりも若い。15、16才くらいだろうか?
深い藍色の髪にサファイアのような鮮やかなブルーの瞳を持つ、可愛らしい雰囲気の少年だ。
身長はジェイドよりも少し低く、ダボッとした服を着ているせいか華奢で痩せた体型に見える。
一見すると人畜無害な少年と言えるだろう。
けれど、無邪気なその笑顔の目の奥では俺を品定めしているようなものが含まれているように思えてならない。
まあこの程度は王族なら当然と言えば当然だろう。
逆に王族に生まれて相手を見極めようとしない方がおかしいと言えた。
だから────特におかしなところはない。そう判断し普通に握手を求めたのに、何を思ったのかその手はすぐさま離され、突然痛いなどと言い出されたので驚いてしまった。
誓って言うが、別に特別強く力を込めてはいない。
それなのに如何にもこちらが悪いように言われて気を悪くしてしまう。
しかもその後ジェイドの関心を自分に向けさせ話し始めたので、それが目的だったのかとイラッとしてしまった。
「大丈夫か?クルト」
「はい。平気です。それよりもしかしてこの方がジェイド師匠の婚約者なんですか?」
「ああ」
「そうですか。ちょっと思っていた方と違って驚きました」
「そう?」
「ええ。師匠のお相手ならこう…もっと頼りなくて、守ってあげなくちゃ的な可愛らしい方なのかと思っていたので意外だなって」
「え?」
「だって師匠って何でもできるじゃないですか。家事全般得意ですし、ポーション作りも凄いし、優しくて気も利いて本当に凄く頼りになって…」
「そうかな?」
「そうですよ!あの聖女様がべた惚れなんですよ?僕だって師匠の事、この二日で大好きになりました!」
「そっか。そう言ってもらえたら嬉しいな」
「えへへ。師匠ならお相手選びたい放題ですよね」
そんな会話に更にイライラが増す。
まるでお前なんかいなくてもジェイドの相手はいくらでもいるんだよと言われたようなものだったからだ。
聖女と結託しているのか個人的感情からなのかは判断できないが、どうやらこのクルトという奴のお眼鏡に俺は適わなかったらしい。
気にくわないと言わんばかりの態度に、俺の中でこの男が敵認定された瞬間だった。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、ジェイドは全く気にした様子もなくサラリと俺を選んでくれる。
「ありがとう。まあ、レイに出会えて選んでもらえたから俺としては満足かな」
ジェイドは俺が選んだと言うがそれは少し違う。お互いに惹かれ合っただけだ。
そしてそれは今も何も変わらない。
それが凄く伝わってきて…ちょっと荒みそうになっていた心はあっさり癒され、愛しさが増してしまう。
だからつい抱きしめたくなってその気持ちのまま腕の中へと抱き込んだ。
「ジェイド…」
「えっと…レイ?クルトの前であんまりイチャイチャするのはちょっと…」
口ではそう言いながらも嫌がっていないのは明らかで、さり気なくキッチンで二人きりになろうと誘ってもらえたのも嬉しかった。
久方ぶりの甘い時間を満喫したい。
そんな気持ちでジェイドを見つめていると、またしてもそこに邪魔が入った。
「お料理ですか?僕も手伝いますよ!」
無邪気に笑いながらジェイドの腕にしがみ付いてきたそのさまに、また苛立ちが込み上げてならない。
どれだけ邪魔をすれば気が済むのだろう?
ジェイドは気にした様子もなく「じゃあクッキー作りを頼もうかな」と言ってくれたけど、向こうがジェイドに構ってほしいのは見え見えで、何度も何度もジェイドを呼びつけてきた。
とてもじゃないが二人でイチャイチャできる状態ではなくなって、仕方なくこちらも料理に集中する羽目になってしまう。
そんな中行ったり来たりしているジェイドは一番忙しいはずなのに、俺が作った三品以外の七品をきっちり仕上げながらフォローをこなしていた。
正直その器用さ加減はとても真似できないと思ったほどだ。
そんな感じで料理を作り終え久しぶりのジェイドの料理を堪能したのだが、食べた瞬間胸が温かくなって嬉しい気持ちが込み上げてきてしまった。
温かくて優しいジェイドの料理はどれもこれも俺の好きなものばかりだ。
狙って作ってくれたのならこれほど嬉しいことはない。
俺の隣にジェイドが居て、幸せそうに笑ってくれているこの瞬間が幸せ過ぎてたまらなかった。
今夜は久しぶりにジェイドを抱きしめて眠りたい。
そんな気持ちで満たされながら、以前のように食後の皿洗いを申し出て、ジェイドと一緒にキッチンに行ってゆっくり話そうと思っていた矢先────その邪魔者は俺達の間に再度割り込んできた。
「師匠!見てください。上手に焼けたでしょう?味見をお願いします!」
味見くらい自分ですればいいものをわざわざこちらへとやってきて、しかもそのまま有無を言わさずジェイドに食べさせたのだ。
それはいわゆる「あ~ん」というやつで、ジェイドも咄嗟に受け入れざるを得なかったのだろうが、目の前で見せつけられるように仲良くされて正直ショックを隠せなかった。
「どうですか?美味しいですか?」
「ん。美味しい」
「やった!師匠が丁寧に教えてくれたので僕でも上手に作れました。ありがとうございます」
「クルトが頑張ったからだよ」
ジェイドが優しくその男の頭を撫で、クルトの方も嬉しそうにそれを受け入れる。
そんな光景に胸がズキズキと痛んでたまらなかった。
(やはり……家を出てでもここに来てよかった)
聖女の言葉を信じるのならこの男はまだ昨日ここに来たばかりだ。
昨日今日でこの近さなら、まず間違いなくこの先ライバルになりえただろう。
聖女の存在だけでもジェイドを取られないかと心配していたのに……この無邪気を装った小悪魔ならあっさりとジェイドの懐に入り込み、信頼を勝ち取って俺達の仲を裂く相手になっていたことだろう。
けれど今ならまだ間に合う。
俺を想ってくれているジェイドを、俺だけに引き留めしっかりと繋ぎ止めることができるはず。
(お前にはやらない…)
そんな思いで思い切り睨みつけてやるとサッとジェイドの後ろに隠れてしまったが、俺はしっかりと見たんだぞ?
お前がジェイドの後ろで一瞬二ッと挑発的に笑った姿を。
「その…レイ?誤解のないように言っておくけど、クルトとは同居人以上の何かがあるわけじゃないからな?」
「……わかってる」
ジェイドが色々フォローを入れてくれるが、そんなことはわかっているんだ。
問題なのは、その後ろに隠れている男が俺からジェイドを奪おうとしているということ。
そして一見そう見えないことがまた問題なのだ。
聖女のようにわかりやすければよかった。
でもこの男は違う。
本音を晒さずさり気なく手に入れてくるタイプだ。
そしてここぞというタイミングを外さず、一気に自分のものにしてしまう怖い相手でもある。
自分より年下だからと言って、油断していたらあっという間にジェイドは奪われてしまうだろう。
だからこそ、二人の間の絆が確かなうちに俺はジェイドをしっかり捕まえておかないといけない。
もう…誤魔化しも何もなく、全てをジェイドに明かしてしまわなければいけない。
誠意を見せて、これからのことをしっかりと話し合って、ジェイドの気持ちを確実に俺にだけ向けさせたかった。
そんな俺の決意をまるで後押ししてくれるかのように、ジェイドがクルトを宿へと送り出す。
すんなり頷き素直に宿に向かったクルトには訝し気な視線を送らざるを得なかったが、有難かったのは確かなのでそのまま特に何も言わずにジェイドと話をすることになった。
(もう隠し事はしない)
俺の身分も現状も全部全部話して、それでもジェイドが好きなのだと伝えよう。
きっと大丈夫────そう信じて。
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