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32.お話合い Side.聖女
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今日は決戦の日だ。
ひと月ほど前に足を踏み入れた王弟の別邸────。
そこに乗り込むと、王弟自ら満面の笑みで私を出迎えてくれた。
「ようこそ聖女様!」
「……本日は婚約の件でお伺いいたしました」
「そうですか!ではすぐに息子も呼んでまいりますので!」
「いえ。今日は二人でじっくりと話をしてみたいので、私の方から伺いますわ」
「そうですか?では若い二人でゆっくりお話しください」
そう言って王弟は私をあのクソ男のところまで案内してくれた。
「レイモンド。聖女様が来られたよ」
「はい」
そして部屋に入るとあの男が困り果てたような顔で立っていた。
「ではごゆっくり」
ぱたんとドアが閉まると共に、私は部屋に防音の結界魔法を構築し、すぐさま怒鳴りつけた。
「あんた!一体どれだけジェイドを裏切ったら気が済むのよ!!」
シャーッ!!と猫のように威嚇しながら言い放つと、この男は慌てたように弁明し始める。
「違うんだ!婚約の件は父が勝手に勘違いしただけで…!」
「問答無用よ!聖女が癒しの力だけだと思ったら後悔することになるわよ?」
バチバチと音を立てながらホーリーランスを具現化させた私に本気を悟ったのか、蒼白になりながら謝罪の言葉を口にしてきた。
「悪かった!」
「…………」
潔く頭を下げた姿に少しだけこちらも冷静さを取り戻し矛を収める。
「それで?何がどうなって私に婚約の話が?」
「それが……」
レイが話し始めた話を聞くとこうだ。
前回癒しを行って帰った後、色々反省してジェイドとの関係にけじめをつけようと決め、1年後に結婚しようと思いジェイドにもその旨を伝えたのだという。
このあたりはジェイドとの話から聞く限り嘘偽りなくその通りなのだろう。
ただ……タイミングが悪かった。
ジェイドのために持参金のリサーチをしたのに、癒しを行った私にこの男が惚れて結婚したいと思ったのだと王弟が勘違いしてしまったのだとか。
慌てて相手はジェイドだと訂正しようとしたけど、王弟はそれを照れ隠しの冗談だと受け取ってしまったらしく、王位継承権を返上してまで結婚したい相手=聖女という思い込みが加速したのだとか。
目下のところいくら言っても聞いてはもらえないらしく、本人も困り果てていたらしい。
「父は聖女は王太子からの求婚を迷惑に思っていそうだから、押せばいけるだろうと妙に乗り気で……」
「なるほど?」
確かにこの話が普通に進んだなら王太子から逃げることも可能だろう。
でもそもそもこの話自体があり得ないことだ。
「貴方…早急にこの話をなかったことにしなさい」
「…………取り敢えずそちらから断ってもらうのが一番いいと思う」
「まあそうでしょうけど、多分納得しないと思うわよ?」
言っても王弟は典型的な王族だ。
こちらが断ってもレイモンドが望んでいるのだからと暴走しかねない。
やろうとすれば恐らく強引な手でも使ってくることだろう。
王太子もパーティーに誘ってきたことからこれから強引な手に出てきてもおかしくはない。
それでまた争い事に発展したらそれこそジェイドに申し訳ないではないか。
「兎に角!この件に関しては足並みを揃えて慎重に行きましょう」
「わかった」
「取り敢えず、私が断りを入れるから、貴方は想い人はジェイドだって再度言っておきなさい」
「もちろん」
そこはちゃんと伝えるつもりだと真剣な目で言ってはいるが、どうにも危機感が足りないように思う。
ここはひとつ、ちょっと本気になるよう仕向けてやろうかしら?
「言っておくけど、最悪ジェイドは隣国に逃がすから」
「……え?」
「王弟と王太子で私の取り合いでも始まったらジェイドが危険でしょう?」
「それは…まあ……」
「昨日ちょうど隣国の王子がジェイドの家にお世話になる事になってね?多分協力を依頼したらすぐにでも手伝ってもらえると思うの」
「……え?」
「すごくジェイドに懐いてて、素直で可愛い子なのよ。ジェイドも面倒見がいいから気に入ったみたいで」
「そ…それは……っ」
「旅行だって言ったら嬉々としてこの国を離れるでしょうね。ああ、もしかして年下だから大丈夫だと思っているのかしら?ふふ……油断したらあっさり持っていかれるかもね?傍に居ない裏切り者より、懐いて傍に居てくれる可愛い子の方が癒されますもの」
物凄く動揺してるみたいだけど、そんなこと知ったこっちゃないわ。
これくらいの嫌がらせ、して当然でしょう?
それに全部が全部脅しじゃないし、国を出るというのは可能性の一つとしてありうる話ではあるのだから。
(精々必死になって王弟を納得させることね)
「もちろん、私もジェイドを諦める気はないし積極的にいかせてもらうわ。ハーレム満喫しちゃったジェイドが貴方に戻ってきてくれるといいわね?」
手遅れになる前にちゃんと話を通しておくことねと暗に言い放ち、私はそのまま部屋を出た。
***
「ジェイド!ただいま~!」
「おかえりなさい」
ガバッと抱き着こうとしたらまたサッと軽やかに避けられたけど、私はめげないわ!
「おかえりなさい、聖女様!」
そしてクルトが可愛らしく笑顔で出迎えてくれたから今日はダブルで目の保養よ!
特別に私が頭をなでなでしてあげるわ!
王族なんて嫌いだったけど、この子は鑑定しても特におかしなところはないし素直で人懐っこいから思ったよりも気が楽だった。
流石ジェイド。見る目があるわね。
「あ、ジェイド。念のためトランクに荷物を纏めておいてくれないかしら?万が一、パーティーで王太子と揉めたら国を出るのも視野に入れたいのよ」
「え?!ああ…婚約話がこじれたらそうなるかもってことですか?」
どうやら王太子との婚約話と勘違いしているようだけど、概ね合ってるからいいかとサラリと流す。
「そうなの。よろしくね?」
「はいはい。じゃあ俺もついでに自分の荷物を纏めておきますね?」
「え?もしかしてついてきてくれるの?!」
「聖女様、生活力ないでしょう?もしそうなったら滞在先に落ち着くまではご一緒しますよ」
呆れながらも「どうせこの国を出たとしても行き先は教会でしょう?そこまで送ります」と言ってくれたジェイドについ歓喜してしまう。
どうやってついてきてもらおうかと思っていたのに、まさか自主的に言ってきてくれるなんて…。
これでジェイドの安全は半ば確保できたようなものだ。
「ジェイド!愛してるわ!このまま私と結婚して!」
「お断りします。喜んで感謝していただけるなら、給料上げるかレイとの結婚の時に祝福だけください」
にっこり笑ってそんな残酷なことを告げてくるジェイドが憎たらしいけど、やっぱりボロボロのジェイドよりこんな風に笑ってる方がいいわ。
「仕方がないわね。無事にあの男と結婚まで漕ぎつけられたら諦めて祝福してあげるわ」
「ありがとうございます」
「無事に!そこまで漕ぎつけられたらよ?」
「わかってますよ」
そんなやり取りをする私達をクルトは傍でニコニコと見守っていた。
ひと月ほど前に足を踏み入れた王弟の別邸────。
そこに乗り込むと、王弟自ら満面の笑みで私を出迎えてくれた。
「ようこそ聖女様!」
「……本日は婚約の件でお伺いいたしました」
「そうですか!ではすぐに息子も呼んでまいりますので!」
「いえ。今日は二人でじっくりと話をしてみたいので、私の方から伺いますわ」
「そうですか?では若い二人でゆっくりお話しください」
そう言って王弟は私をあのクソ男のところまで案内してくれた。
「レイモンド。聖女様が来られたよ」
「はい」
そして部屋に入るとあの男が困り果てたような顔で立っていた。
「ではごゆっくり」
ぱたんとドアが閉まると共に、私は部屋に防音の結界魔法を構築し、すぐさま怒鳴りつけた。
「あんた!一体どれだけジェイドを裏切ったら気が済むのよ!!」
シャーッ!!と猫のように威嚇しながら言い放つと、この男は慌てたように弁明し始める。
「違うんだ!婚約の件は父が勝手に勘違いしただけで…!」
「問答無用よ!聖女が癒しの力だけだと思ったら後悔することになるわよ?」
バチバチと音を立てながらホーリーランスを具現化させた私に本気を悟ったのか、蒼白になりながら謝罪の言葉を口にしてきた。
「悪かった!」
「…………」
潔く頭を下げた姿に少しだけこちらも冷静さを取り戻し矛を収める。
「それで?何がどうなって私に婚約の話が?」
「それが……」
レイが話し始めた話を聞くとこうだ。
前回癒しを行って帰った後、色々反省してジェイドとの関係にけじめをつけようと決め、1年後に結婚しようと思いジェイドにもその旨を伝えたのだという。
このあたりはジェイドとの話から聞く限り嘘偽りなくその通りなのだろう。
ただ……タイミングが悪かった。
ジェイドのために持参金のリサーチをしたのに、癒しを行った私にこの男が惚れて結婚したいと思ったのだと王弟が勘違いしてしまったのだとか。
慌てて相手はジェイドだと訂正しようとしたけど、王弟はそれを照れ隠しの冗談だと受け取ってしまったらしく、王位継承権を返上してまで結婚したい相手=聖女という思い込みが加速したのだとか。
目下のところいくら言っても聞いてはもらえないらしく、本人も困り果てていたらしい。
「父は聖女は王太子からの求婚を迷惑に思っていそうだから、押せばいけるだろうと妙に乗り気で……」
「なるほど?」
確かにこの話が普通に進んだなら王太子から逃げることも可能だろう。
でもそもそもこの話自体があり得ないことだ。
「貴方…早急にこの話をなかったことにしなさい」
「…………取り敢えずそちらから断ってもらうのが一番いいと思う」
「まあそうでしょうけど、多分納得しないと思うわよ?」
言っても王弟は典型的な王族だ。
こちらが断ってもレイモンドが望んでいるのだからと暴走しかねない。
やろうとすれば恐らく強引な手でも使ってくることだろう。
王太子もパーティーに誘ってきたことからこれから強引な手に出てきてもおかしくはない。
それでまた争い事に発展したらそれこそジェイドに申し訳ないではないか。
「兎に角!この件に関しては足並みを揃えて慎重に行きましょう」
「わかった」
「取り敢えず、私が断りを入れるから、貴方は想い人はジェイドだって再度言っておきなさい」
「もちろん」
そこはちゃんと伝えるつもりだと真剣な目で言ってはいるが、どうにも危機感が足りないように思う。
ここはひとつ、ちょっと本気になるよう仕向けてやろうかしら?
「言っておくけど、最悪ジェイドは隣国に逃がすから」
「……え?」
「王弟と王太子で私の取り合いでも始まったらジェイドが危険でしょう?」
「それは…まあ……」
「昨日ちょうど隣国の王子がジェイドの家にお世話になる事になってね?多分協力を依頼したらすぐにでも手伝ってもらえると思うの」
「……え?」
「すごくジェイドに懐いてて、素直で可愛い子なのよ。ジェイドも面倒見がいいから気に入ったみたいで」
「そ…それは……っ」
「旅行だって言ったら嬉々としてこの国を離れるでしょうね。ああ、もしかして年下だから大丈夫だと思っているのかしら?ふふ……油断したらあっさり持っていかれるかもね?傍に居ない裏切り者より、懐いて傍に居てくれる可愛い子の方が癒されますもの」
物凄く動揺してるみたいだけど、そんなこと知ったこっちゃないわ。
これくらいの嫌がらせ、して当然でしょう?
それに全部が全部脅しじゃないし、国を出るというのは可能性の一つとしてありうる話ではあるのだから。
(精々必死になって王弟を納得させることね)
「もちろん、私もジェイドを諦める気はないし積極的にいかせてもらうわ。ハーレム満喫しちゃったジェイドが貴方に戻ってきてくれるといいわね?」
手遅れになる前にちゃんと話を通しておくことねと暗に言い放ち、私はそのまま部屋を出た。
***
「ジェイド!ただいま~!」
「おかえりなさい」
ガバッと抱き着こうとしたらまたサッと軽やかに避けられたけど、私はめげないわ!
「おかえりなさい、聖女様!」
そしてクルトが可愛らしく笑顔で出迎えてくれたから今日はダブルで目の保養よ!
特別に私が頭をなでなでしてあげるわ!
王族なんて嫌いだったけど、この子は鑑定しても特におかしなところはないし素直で人懐っこいから思ったよりも気が楽だった。
流石ジェイド。見る目があるわね。
「あ、ジェイド。念のためトランクに荷物を纏めておいてくれないかしら?万が一、パーティーで王太子と揉めたら国を出るのも視野に入れたいのよ」
「え?!ああ…婚約話がこじれたらそうなるかもってことですか?」
どうやら王太子との婚約話と勘違いしているようだけど、概ね合ってるからいいかとサラリと流す。
「そうなの。よろしくね?」
「はいはい。じゃあ俺もついでに自分の荷物を纏めておきますね?」
「え?もしかしてついてきてくれるの?!」
「聖女様、生活力ないでしょう?もしそうなったら滞在先に落ち着くまではご一緒しますよ」
呆れながらも「どうせこの国を出たとしても行き先は教会でしょう?そこまで送ります」と言ってくれたジェイドについ歓喜してしまう。
どうやってついてきてもらおうかと思っていたのに、まさか自主的に言ってきてくれるなんて…。
これでジェイドの安全は半ば確保できたようなものだ。
「ジェイド!愛してるわ!このまま私と結婚して!」
「お断りします。喜んで感謝していただけるなら、給料上げるかレイとの結婚の時に祝福だけください」
にっこり笑ってそんな残酷なことを告げてくるジェイドが憎たらしいけど、やっぱりボロボロのジェイドよりこんな風に笑ってる方がいいわ。
「仕方がないわね。無事にあの男と結婚まで漕ぎつけられたら諦めて祝福してあげるわ」
「ありがとうございます」
「無事に!そこまで漕ぎつけられたらよ?」
「わかってますよ」
そんなやり取りをする私達をクルトは傍でニコニコと見守っていた。
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