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26.王弟の後悔 Side.王弟

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赤毛の男からレイモンドの行方を聞き出そうとしていた。
それなのに────自分が鞭打った相手がまさか本人だったなんて……。

目の前で突然髪色を変え、力なくこちらを見るその瞳もまた自分と同じ深緑色へと変化する様子に驚きを隠せない。
何がどうなってそんなことにと思わなくはないが、レイモンドが自衛のために何かしらの方法で身を窶していたのだということが見て取れた。
けれどそれを事実として受け止めると同時に、そのまま力尽きるかのようにぐったりと意識を失ったレイモンドにハッと我に返り慌てて鎖から解き放つ。

「レイモンドッ!レイモンド、死ぬな…!」

本人だと知らなかったとはいえ、自分は何と酷いことをしてしまったのだろう?
レイモンドの身体は自分達の尋問のせいで傷だらけだった。
こんなになるまで鞭打ってしまったなんて────そんな後悔ばかりが込み上げてくる。

「ローラン様。急ぎこちらを」

ブルマンからそっと手渡された上級ポーションを受け取り、急いでレイモンドに飲ませようとするが、気を失っているせいか全く飲んでもらえない。

「レイモンド…!頼む!飲んでくれ!」

必死に何度も何度も飲ませようとするが、ただ口の端からこぼれ落ちていくポーションを為すすべなく見遣ることしかできない。

「すぐにレイモンドを部屋に運べ!ベッドに寝かせ、医師の診察を…!」

ポーションが飲めないのなら外から治療を施すしかない。

「そうだ!それよりも先に城下のポーションをかき集め、ポーション風呂を用意しろ!大至急だ!」

ポーションは傷にかけても効くと聞いたことがある。
外傷はそれでいいとして、頭や内臓の方が心配だった。
ポーション風呂に入れてやったら僅かなりとも効いたりはしないだろうか?
取り敢えずできることは全てやらなければ……。

それから時間が時間だけに少々時間はかかったが、なんとかポーション風呂を用意しレイモンドの身を浸すことができた。
痛々しく腫れあがった顔も優しくポーションを掬っては掛け、掬っては掛けと繰り返しているうちに癒されていく。
けれどどう見ても折れた歯までは治りそうになかった。

「ローラン様。明日、城下にいる聖女に使いを出しましょう。噂によると欠損も治せるそうなので、折れた歯も治るはずです」
「そうか…。ではそのように」
「は……」

レイモンドは自分を恨むだろうか?
ふいに先程鞭打っていた時のことを思い出す。
あの時はただ単に謝罪を口にしていたとしか認識していなかったが……。
あれは何に対する謝罪だったのだろう?

「レイモンド…早くその目を開けて、お前の口から話を聞かせてくれ」

どうか無事に目を覚ましてほしい。
そう願いながら涙を流し続けた。


***


翌日、午前にレイモンドは無事に目を覚ましてくれた。
けれど、目覚めてすぐに飛び起き、そのまま帰ろうとしたので慌てて危険だと言って留め置いた。
するとやはり打った頭や蹴られた内臓が痛むのか、辛そうにしていたので上級ポーションを手渡そうとしたのだが、それには手をつけず自分の荷物を返してほしいと言ってこられた。
これかと思って傍にあったバッグを渡すと、その中から一本のポーションを取り出してそのまま煽った。

「はぁ…」

どうやらそちらも上級ポーションだったようで、すぐに効き目は現れ先程までの辛そうな様子が払拭される。

「レイモンド…すまなかった」

誤解とは言え痛めつけてしまった自分をレイモンドはどう思っているのか…。
そう思いながら謝罪を口にすると、レイモンドはどこか痛々しい目をしながらこちらを見遣り、迷惑をかけて申し訳なかったと詫びてきた。

「……王弟殿下にそのように謝って頂くわけにはいきません」
「レイモンド!」

そんな他人行儀な言葉に胸が痛む。

「何が…何があった?」

あの日、レイモンドに何があったのか。それを教えて欲しいとポツリと溢した自分に、レイモンドは困ったような顔をしてただ一言こう言った。

「味方だと思っていた相手に刺され死の淵を体験した私は…どこを頼ればよかったのでしょう?」

そんなもの、自分を頼ってくれればよかった。
そうは思えども、鞭打った自分をきっとレイモンドは信頼はしてくれないだろうとも思った。
きっとあの赤毛の姿で屋敷に来たとしても自分は追い返していたことだろう。
いや。レイモンドを語る怪しい奴と言って始末しにかかっていたかもしれない。
それが分かるだけに何も言うことはできなかった。

「誰も頼れぬ自分をあの日助けてくれたのは優しい青年でした。素性もわからぬ俺の傷を癒し、温かな食事を用意し、清潔な寝床を譲ってくれました。そればかりか行き場所がないと言った俺をそのままずっと家に置いてくれました。そんな彼に迷惑も心配もかけたくはないのです。どうか俺をあの家に帰していただけませんか?」

その言葉に胸を突かれる。
民にそんな慈愛溢れる者がいるなんてこれまで考えたこともなかったからだ。
殺伐とした王宮しか知らなかった自分にとって、民は搾取され続ける可哀想な者達という認識しかない。
そんなちっぽけな存在にレイモンドが殺されたのではと思って今回暴走してしまったのだが、その点に置いて自分は認識を改めなくてはいけないのだろう。

「帰るのなら…私も一緒に行かせてほしい」

どうか直接礼を伝えさせてほしい。謝らせてほしい。
そう真摯な気持ちで言ったのだが、レイモンドは困った顔をするだけだった。

そうこうしているうちに午後になり、治療のために呼んだ聖女が来たと連絡が入る。
そうして訪れた彼女を見て、その美しさに息を呑んだ。
彼女は確か貴族ではなかったはず。
けれど金の髪に青い瞳の美しい優し気な女性だった。

確かレイモンドと同居していたその命の恩人は彼女の従者ではなかっただろうか?
ふとそう思い、彼は今日はきていないのかと尋ねると、彼女は申し訳なさそうな顔で具合が悪かったので置いてきたのだと口にした。

「なんでも同居人が急にいなくなったそうで、心配して一晩中探し回っていたようなのです」

出勤してきた時にはもう倒れそうな感じだったと聞き、蒼白になる。
まさかそれほどレイモンドのことを心配してくれていたなんて────。
自分は一体どう詫びればいいのだろうか?

「取り敢えず、私をお呼びになったお相手とお話させて頂きたいのですが?」

優しげに笑う彼女に促され、そのままレイモンドの元へ連れて行き歯が折れてしまって…と説明すると、治療をするのでどうぞ別室でお待ちくださいと言われてしまった。
歯の治療は繊細なので気が散っては大変だと言われては無理な同席もできない。

「他にも悪い場所があれば一緒に治しておきますので」

そんな風に言ってくれた彼女の言葉を信頼し、その間にお茶の準備でもさせておこうと部屋を離れた。


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