26 / 51
26.王弟の後悔 Side.王弟
しおりを挟む
赤毛の男からレイモンドの行方を聞き出そうとしていた。
それなのに────自分が鞭打った相手がまさか本人だったなんて……。
目の前で突然髪色を変え、力なくこちらを見るその瞳もまた自分と同じ深緑色へと変化する様子に驚きを隠せない。
何がどうなってそんなことにと思わなくはないが、レイモンドが自衛のために何かしらの方法で身を窶していたのだということが見て取れた。
けれどそれを事実として受け止めると同時に、そのまま力尽きるかのようにぐったりと意識を失ったレイモンドにハッと我に返り慌てて鎖から解き放つ。
「レイモンドッ!レイモンド、死ぬな…!」
本人だと知らなかったとはいえ、自分は何と酷いことをしてしまったのだろう?
レイモンドの身体は自分達の尋問のせいで傷だらけだった。
こんなになるまで鞭打ってしまったなんて────そんな後悔ばかりが込み上げてくる。
「ローラン様。急ぎこちらを」
ブルマンからそっと手渡された上級ポーションを受け取り、急いでレイモンドに飲ませようとするが、気を失っているせいか全く飲んでもらえない。
「レイモンド…!頼む!飲んでくれ!」
必死に何度も何度も飲ませようとするが、ただ口の端からこぼれ落ちていくポーションを為すすべなく見遣ることしかできない。
「すぐにレイモンドを部屋に運べ!ベッドに寝かせ、医師の診察を…!」
ポーションが飲めないのなら外から治療を施すしかない。
「そうだ!それよりも先に城下のポーションをかき集め、ポーション風呂を用意しろ!大至急だ!」
ポーションは傷にかけても効くと聞いたことがある。
外傷はそれでいいとして、頭や内臓の方が心配だった。
ポーション風呂に入れてやったら僅かなりとも効いたりはしないだろうか?
取り敢えずできることは全てやらなければ……。
それから時間が時間だけに少々時間はかかったが、なんとかポーション風呂を用意しレイモンドの身を浸すことができた。
痛々しく腫れあがった顔も優しくポーションを掬っては掛け、掬っては掛けと繰り返しているうちに癒されていく。
けれどどう見ても折れた歯までは治りそうになかった。
「ローラン様。明日、城下にいる聖女に使いを出しましょう。噂によると欠損も治せるそうなので、折れた歯も治るはずです」
「そうか…。ではそのように」
「は……」
レイモンドは自分を恨むだろうか?
ふいに先程鞭打っていた時のことを思い出す。
あの時はただ単に謝罪を口にしていたとしか認識していなかったが……。
あれは何に対する謝罪だったのだろう?
「レイモンド…早くその目を開けて、お前の口から話を聞かせてくれ」
どうか無事に目を覚ましてほしい。
そう願いながら涙を流し続けた。
***
翌日、午前にレイモンドは無事に目を覚ましてくれた。
けれど、目覚めてすぐに飛び起き、そのまま帰ろうとしたので慌てて危険だと言って留め置いた。
するとやはり打った頭や蹴られた内臓が痛むのか、辛そうにしていたので上級ポーションを手渡そうとしたのだが、それには手をつけず自分の荷物を返してほしいと言ってこられた。
これかと思って傍にあったバッグを渡すと、その中から一本のポーションを取り出してそのまま煽った。
「はぁ…」
どうやらそちらも上級ポーションだったようで、すぐに効き目は現れ先程までの辛そうな様子が払拭される。
「レイモンド…すまなかった」
誤解とは言え痛めつけてしまった自分をレイモンドはどう思っているのか…。
そう思いながら謝罪を口にすると、レイモンドはどこか痛々しい目をしながらこちらを見遣り、迷惑をかけて申し訳なかったと詫びてきた。
「……王弟殿下にそのように謝って頂くわけにはいきません」
「レイモンド!」
そんな他人行儀な言葉に胸が痛む。
「何が…何があった?」
あの日、レイモンドに何があったのか。それを教えて欲しいとポツリと溢した自分に、レイモンドは困ったような顔をしてただ一言こう言った。
「味方だと思っていた相手に刺され死の淵を体験した私は…どこを頼ればよかったのでしょう?」
そんなもの、自分を頼ってくれればよかった。
そうは思えども、鞭打った自分をきっとレイモンドは信頼はしてくれないだろうとも思った。
きっとあの赤毛の姿で屋敷に来たとしても自分は追い返していたことだろう。
いや。レイモンドを語る怪しい奴と言って始末しにかかっていたかもしれない。
それが分かるだけに何も言うことはできなかった。
「誰も頼れぬ自分をあの日助けてくれたのは優しい青年でした。素性もわからぬ俺の傷を癒し、温かな食事を用意し、清潔な寝床を譲ってくれました。そればかりか行き場所がないと言った俺をそのままずっと家に置いてくれました。そんな彼に迷惑も心配もかけたくはないのです。どうか俺をあの家に帰していただけませんか?」
その言葉に胸を突かれる。
民にそんな慈愛溢れる者がいるなんてこれまで考えたこともなかったからだ。
殺伐とした王宮しか知らなかった自分にとって、民は搾取され続ける可哀想な者達という認識しかない。
そんなちっぽけな存在にレイモンドが殺されたのではと思って今回暴走してしまったのだが、その点に置いて自分は認識を改めなくてはいけないのだろう。
「帰るのなら…私も一緒に行かせてほしい」
どうか直接礼を伝えさせてほしい。謝らせてほしい。
そう真摯な気持ちで言ったのだが、レイモンドは困った顔をするだけだった。
そうこうしているうちに午後になり、治療のために呼んだ聖女が来たと連絡が入る。
そうして訪れた彼女を見て、その美しさに息を呑んだ。
彼女は確か貴族ではなかったはず。
けれど金の髪に青い瞳の美しい優し気な女性だった。
確かレイモンドと同居していたその命の恩人は彼女の従者ではなかっただろうか?
ふとそう思い、彼は今日はきていないのかと尋ねると、彼女は申し訳なさそうな顔で具合が悪かったので置いてきたのだと口にした。
「なんでも同居人が急にいなくなったそうで、心配して一晩中探し回っていたようなのです」
出勤してきた時にはもう倒れそうな感じだったと聞き、蒼白になる。
まさかそれほどレイモンドのことを心配してくれていたなんて────。
自分は一体どう詫びればいいのだろうか?
「取り敢えず、私をお呼びになったお相手とお話させて頂きたいのですが?」
優しげに笑う彼女に促され、そのままレイモンドの元へ連れて行き歯が折れてしまって…と説明すると、治療をするのでどうぞ別室でお待ちくださいと言われてしまった。
歯の治療は繊細なので気が散っては大変だと言われては無理な同席もできない。
「他にも悪い場所があれば一緒に治しておきますので」
そんな風に言ってくれた彼女の言葉を信頼し、その間にお茶の準備でもさせておこうと部屋を離れた。
それなのに────自分が鞭打った相手がまさか本人だったなんて……。
目の前で突然髪色を変え、力なくこちらを見るその瞳もまた自分と同じ深緑色へと変化する様子に驚きを隠せない。
何がどうなってそんなことにと思わなくはないが、レイモンドが自衛のために何かしらの方法で身を窶していたのだということが見て取れた。
けれどそれを事実として受け止めると同時に、そのまま力尽きるかのようにぐったりと意識を失ったレイモンドにハッと我に返り慌てて鎖から解き放つ。
「レイモンドッ!レイモンド、死ぬな…!」
本人だと知らなかったとはいえ、自分は何と酷いことをしてしまったのだろう?
レイモンドの身体は自分達の尋問のせいで傷だらけだった。
こんなになるまで鞭打ってしまったなんて────そんな後悔ばかりが込み上げてくる。
「ローラン様。急ぎこちらを」
ブルマンからそっと手渡された上級ポーションを受け取り、急いでレイモンドに飲ませようとするが、気を失っているせいか全く飲んでもらえない。
「レイモンド…!頼む!飲んでくれ!」
必死に何度も何度も飲ませようとするが、ただ口の端からこぼれ落ちていくポーションを為すすべなく見遣ることしかできない。
「すぐにレイモンドを部屋に運べ!ベッドに寝かせ、医師の診察を…!」
ポーションが飲めないのなら外から治療を施すしかない。
「そうだ!それよりも先に城下のポーションをかき集め、ポーション風呂を用意しろ!大至急だ!」
ポーションは傷にかけても効くと聞いたことがある。
外傷はそれでいいとして、頭や内臓の方が心配だった。
ポーション風呂に入れてやったら僅かなりとも効いたりはしないだろうか?
取り敢えずできることは全てやらなければ……。
それから時間が時間だけに少々時間はかかったが、なんとかポーション風呂を用意しレイモンドの身を浸すことができた。
痛々しく腫れあがった顔も優しくポーションを掬っては掛け、掬っては掛けと繰り返しているうちに癒されていく。
けれどどう見ても折れた歯までは治りそうになかった。
「ローラン様。明日、城下にいる聖女に使いを出しましょう。噂によると欠損も治せるそうなので、折れた歯も治るはずです」
「そうか…。ではそのように」
「は……」
レイモンドは自分を恨むだろうか?
ふいに先程鞭打っていた時のことを思い出す。
あの時はただ単に謝罪を口にしていたとしか認識していなかったが……。
あれは何に対する謝罪だったのだろう?
「レイモンド…早くその目を開けて、お前の口から話を聞かせてくれ」
どうか無事に目を覚ましてほしい。
そう願いながら涙を流し続けた。
***
翌日、午前にレイモンドは無事に目を覚ましてくれた。
けれど、目覚めてすぐに飛び起き、そのまま帰ろうとしたので慌てて危険だと言って留め置いた。
するとやはり打った頭や蹴られた内臓が痛むのか、辛そうにしていたので上級ポーションを手渡そうとしたのだが、それには手をつけず自分の荷物を返してほしいと言ってこられた。
これかと思って傍にあったバッグを渡すと、その中から一本のポーションを取り出してそのまま煽った。
「はぁ…」
どうやらそちらも上級ポーションだったようで、すぐに効き目は現れ先程までの辛そうな様子が払拭される。
「レイモンド…すまなかった」
誤解とは言え痛めつけてしまった自分をレイモンドはどう思っているのか…。
そう思いながら謝罪を口にすると、レイモンドはどこか痛々しい目をしながらこちらを見遣り、迷惑をかけて申し訳なかったと詫びてきた。
「……王弟殿下にそのように謝って頂くわけにはいきません」
「レイモンド!」
そんな他人行儀な言葉に胸が痛む。
「何が…何があった?」
あの日、レイモンドに何があったのか。それを教えて欲しいとポツリと溢した自分に、レイモンドは困ったような顔をしてただ一言こう言った。
「味方だと思っていた相手に刺され死の淵を体験した私は…どこを頼ればよかったのでしょう?」
そんなもの、自分を頼ってくれればよかった。
そうは思えども、鞭打った自分をきっとレイモンドは信頼はしてくれないだろうとも思った。
きっとあの赤毛の姿で屋敷に来たとしても自分は追い返していたことだろう。
いや。レイモンドを語る怪しい奴と言って始末しにかかっていたかもしれない。
それが分かるだけに何も言うことはできなかった。
「誰も頼れぬ自分をあの日助けてくれたのは優しい青年でした。素性もわからぬ俺の傷を癒し、温かな食事を用意し、清潔な寝床を譲ってくれました。そればかりか行き場所がないと言った俺をそのままずっと家に置いてくれました。そんな彼に迷惑も心配もかけたくはないのです。どうか俺をあの家に帰していただけませんか?」
その言葉に胸を突かれる。
民にそんな慈愛溢れる者がいるなんてこれまで考えたこともなかったからだ。
殺伐とした王宮しか知らなかった自分にとって、民は搾取され続ける可哀想な者達という認識しかない。
そんなちっぽけな存在にレイモンドが殺されたのではと思って今回暴走してしまったのだが、その点に置いて自分は認識を改めなくてはいけないのだろう。
「帰るのなら…私も一緒に行かせてほしい」
どうか直接礼を伝えさせてほしい。謝らせてほしい。
そう真摯な気持ちで言ったのだが、レイモンドは困った顔をするだけだった。
そうこうしているうちに午後になり、治療のために呼んだ聖女が来たと連絡が入る。
そうして訪れた彼女を見て、その美しさに息を呑んだ。
彼女は確か貴族ではなかったはず。
けれど金の髪に青い瞳の美しい優し気な女性だった。
確かレイモンドと同居していたその命の恩人は彼女の従者ではなかっただろうか?
ふとそう思い、彼は今日はきていないのかと尋ねると、彼女は申し訳なさそうな顔で具合が悪かったので置いてきたのだと口にした。
「なんでも同居人が急にいなくなったそうで、心配して一晩中探し回っていたようなのです」
出勤してきた時にはもう倒れそうな感じだったと聞き、蒼白になる。
まさかそれほどレイモンドのことを心配してくれていたなんて────。
自分は一体どう詫びればいいのだろうか?
「取り敢えず、私をお呼びになったお相手とお話させて頂きたいのですが?」
優しげに笑う彼女に促され、そのままレイモンドの元へ連れて行き歯が折れてしまって…と説明すると、治療をするのでどうぞ別室でお待ちくださいと言われてしまった。
歯の治療は繊細なので気が散っては大変だと言われては無理な同席もできない。
「他にも悪い場所があれば一緒に治しておきますので」
そんな風に言ってくれた彼女の言葉を信頼し、その間にお茶の準備でもさせておこうと部屋を離れた。
10
お気に入りに追加
1,689
あなたにおすすめの小説
王道学園のモブ
四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。
私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。
そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました
十夜 篁
BL
初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。
そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。
「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!?
しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」
ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意!
「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」
まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…?
「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」
「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」
健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!?
そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。
《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》
自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?
トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!?
実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。
※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。
こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。
転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…
リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。
乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。
(あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…)
次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり…
前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた…
そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。
それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。
じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。
ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!?
※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる