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10.恋しくて Side.レイモンド

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このひと月、冒険者ギルドで依頼を受け特定ダンジョンであるデネフの森で魔物を狩りそれらの収入を溜めておいた。
武器の手入れや常備品の購入費を考慮したとしてもお金はそこそこ溜まってきたし、倒した魔物のレベルがそこそこ高かったから素材も高く売れ、ランクもFからEへと上げてもらえた。
この調子でいけばこれからの収入はどんどん上がっていく一方だろう。
そんな俺にギルドの受付嬢が満面の笑みでエールを送ってくれたけど、他の冒険者みたいにそれで浮かれるほど俺は馬鹿じゃない。

ダンジョンの森は常に危険と隣り合わせだし、決して油断なんてできない場所だ。
今は一人で行動しているから以前よりももっと警戒を強めて依頼をこなさなければならない。
裏切りが怖くてパーティーが組めないのは地味に痛かった。
けれどこればかりは仕方のないことだ。
今は多少無理をしてでもジェイドのために頑張って稼ぎたかった。

幸い兄達の手の者達には遭遇してはいないから、まだ俺が生きているということはバレてはいないのだろう。
このまま忘れてもらえたらいいのにと最近は強く思うようになった。
それだけジェイドとの生活は心地よくて、このままずっと一緒に暮らしたいなと思ってしまったからだ。
勿論そんなことができるわけがないとわかってはいるけれど、このひと月でジェイドを想う気持ちがどんどん増していっている。
美味しい食事に居心地のいい家。
そこにはこれまで自分には与えられなかった温かな愛情がある気がして、ずっとここにいたいと願ってしまったのだ。
正に自分の夢がここにあったと言っても過言ではないだろう。

(ジェイド……)

どうかこのまま兄達から逃げきれますように────。
この日もそんなことを思いながら眠りについた。




そんな深夜の事。夜中にトイレに立つとソファで気持ちよさそうに眠るジェイドの姿が目に留まった。
自分がずっとベッドを占領しているせいでジェイドは同居が始まってからずっとここで寝てくれている。
このソファを買い替えるという話を聞いてもっと早くお金を渡しておけばよかったと後悔した。
ずっとここで耐えてくれていたのを思うとなんだか物凄く申し訳なくて、不甲斐ない自分が情けなくなってしまう。
冒険者としての活動も軌道に乗ってきたし、本当はここから出ていくのが一番いいのだろう。
でも……今の自分にこの幸せな日々を手放す勇気はなかった。

(ジェイド…絶対この恩は返すから)

どうかそれまで狡い自分を許して欲しい────。
そう思いながらそっと床に落ちていた掛け布を手に取りジェイドへと被せた。




それから用を足して部屋に戻ろうとジェイドの傍を通りかかったら、目の前でジェイドが寝返りを打つのが見えて慌ててしまう。

「危なっ…!」

間一髪で落ちる寸前のその身体を受け止め、ホッとしたのも束の間、ジェイドがもそもそと動きながら唸りをあげた。

「う~ん……」

そのまま目が覚めるかと思ったが、意外にもジェイドは気持ちよさそうに眠ったままだ。
もしかしてこれまでも何度か落ちたことがあるんじゃないかと心配になってしまった。
やっぱりベッドを明け渡した方がいいのではないかとさえ思って、そのままそっとジェイドを抱き上げた。

けれど────抱き上げた瞬間ふわりと香ったジェイドの香りに理性が揺らぐのを感じてしまう。
自分の腕の中にいる温かなその身体は無防備で、ほんのちょっとだけ疚しい気持ちが生まれてしまったのだ。

(キス────したら怒られるかな?)

「ジェイド…」
「ん……」
「起きないのか?」
「…………」
「そんなに無防備にしてたら危ないぞ?」

ここに自分に惚れている男がいるなんてジェイドは全然気づいていないだろう。
全く危機感のない寝顔にクスリと苦笑してしまう。
そう言えば助けてもらった時にこの唇が何度も自分の唇と重なったのだと思い出し、ドキドキと弾む気持ちのままそっと唇を重ねてしまう。
しかも、触れるだけの軽いキス────そのはずだったのに、何故か気づけば深く口づけその唇を味わってしまっている自分がいた。

(甘くて気持ちいい……)

ジェイドとのキスは思っていた以上に気持ちが良くて、離れがたい魔力があるように自分を夢中にさせる。

「ジェイド…もっと……」

そしてそっとベッドまで運んで舌を絡めとるようにキスしていると、最初は反応がなかったジェイドがそれを追うように舌を動かし始めた。

「んっ…んぅ……」

それが嬉しくて思うさまジェイドを堪能していると、暫くしてうっすらとジェイドが目を開け不思議そうに口を開いた。

「……レイ?」
「……ッ!ゴメン!」
「ん~…?」

どうやら寝惚けているようで、状況が上手く把握できていないらしい。

「ん…どうかしたのか?」
「いや、ソファから落ちかけてたから受け止めたんだけど…」
「そっか…ありがと」

そしてジェイドは寝惚けながらもふわっと俺に笑ってくれた。
そんな笑顔が不意打ちのように俺の胸を撃ち抜いて、気持ちを暴走させてしまう。

「ジェイド…その……キス、してもいいか?」
「え?」
「ジェイドに……キスしたい」
「ん~…うん?うん。別にいいけど……」

そうやって寝惚けながらでもOKがもらえたのが嬉しくて、俺はそっとジェイドの唇を塞いだ。
寝ているジェイドにキスした時よりも、起きているジェイドにキスできる方がずっと嬉しい。

「んっ…レイ、キス上手い……」
「本当に?」
「ん~…。俺、これ好き……」

そう言ってへにゃっと笑って、ジェイドはまたスヤスヤと寝入ってしまった。

────これはどう受け取ったらいいんだろう?
自分とのキスが好きだと言ってくれたのなら嬉しいけれど、もしそうではなかったら?
単純にキスが好きってことなのだろうか?
ジェイドは俺よりも年上だし、もしかしたらキスくらいは誰かともう何度もしたことがあるのかもしれない。
そもそも人命救助とは言えあんなに何度も口移しで水を飲ませてくれたのだ。
経験だって豊富なのかもしれないと思ってしまった。

「ジェイド…」

ジェイドはもう誰かのものになってるのだろうか?
そう考えると胸が切なく痛んだ。




それからそのままジェイドと一緒にベッドで眠ったのだが、朝起きた時にもまだ腕の中にいてくれたのが嬉しくてついそのままギュッと抱きしめてしまった。
好きな人が横で寝ている朝というのは何とも言えない気持ちになるものだ。
まだ…誰かのものでなければいい────そんな思いでそっとその名を口にしてみる。

「ジェイド…」

そうやって声を掛けたら、ジェイドがビクッとしてこちらを見てきた。

「レ…イ?」
「…うん。おはよう?」

取り敢えずこの状況をどう言い訳しようかと考えていると、ジェイドが慌てたように起き上がり、勢いよく謝ってきた。

「ゴメン!もしかして俺、やらかした?!夜中に寝惚けてベッドに潜り込んだかも?!」
「え?いや、違うっ!違うから!」
「でも、俺ソファで寝たはずなのに…」
「う……その、ゴメン」

流石にこの状況では言い訳のしようがないし、観念するしかないだろう。
そして挙動不審になりながらもちゃんと昨夜のことを話して謝ることにした。

「その…夜中にトイレに行ったらジェイドが寝返りを打った拍子に落ちそうになってて…」
「うん」
「慌てて受け止めたら…その、ずっと抑えてた気持ちが暴走してしまって……」
「…うん?」
「その……調子に乗ってキス…を……。ゴメン!!」
「……え?レイから?」
「え?うん」
「俺が誘ったんじゃなく?」
「……え?」
「なんだ。良かった~…。俺、レイの事いいなって思ってたからついうっかり寝惚けてやらかしたのかと…んっ」

(それって……?)

もしかして────少しは自惚れていいのだろうか?

そんな気持ちが込み上げてきて、思わずジェイドの唇を奪ってしまう。

「ジェイド…本当に?嫌じゃないか?」
「んっ…別に嫌なんかじゃ……」
「それじゃあ…もっとさせて…?」

そして信じられない気持ちを抱えながらも、暫く二人で甘く唇を重ね合わせた。


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